地域は人の手で変わる

働く女性は旅が好き!
私たちが何気なく訪れている旅先には、
実は想像以上に多くの人が関わっていることを知っていましたか?
長い月日をかけて人々が作り上げてきたもの。
その地域の裏側を探ってみました。

アヴァンティ読者の旅事情

まずは、アヴァンティ読者の旅事情を見てみよう。女性達はどれくらいの頻度で旅をして、どんな旅を求めている?

誰でも参加できるまちづくり

最近では、テレビや雑誌で特集され、まちおこしを目指したイベントが盛んに行われるなど、地方が盛り上がりを見せています。それは、都心に住む人や若者がゆとりや癒しを求めて、田舎や地方に魅力を見出しはじめたこともありますが、実際に「まちおこし」や「まちづくり」に力を入れる地域が増えてきたという背景もあります。その動きは、1960年代くらいからの住民運動や行政の働きかけに端を発します。当初は、行政のトップダウンではなく、住民が主体的にまちの計画づくりに参加できるようにとの意図があったのですが、その活動や思いは徐々に広がり、観光や福祉、教育など、様々な分野で多種多様な人が主体的に関わる活動へと展開していったのです。

正確には「まちおこし」と「まちづくり」では意味合いが異なります。前者は経済的な活性化を目指す意味合いが強く、後者は住民の生活基盤である教育や福祉までを創ることだと考えられています。近年では、人口減少が顕著な地方が増加しており、観光による一時的な来訪から「移住」へと、IターンやUターン等の施策を積極的に推進する動きが盛んになってきました。つまり、地方での取り組みは、一時的な「まちおこし」から長期的な「まちづくり」へと意識を変える必要が出てきているとも言えます。

地域に重要なのは“人”。

「まちおこし」や「まちづくり」の方法として、住民たちが自らの手で取り組む場合と、外部の人が通いながら、あるいは移住して取り組む場合があります。いずれにしても、重要なのはやはり“人”。ある温泉地の場合、施設の不備や広報不足など多くの問題が指摘されていましたが、実は昔ながらの人間関係が町の衰退化に大きな影響を与えていたといいます。そのような場合は、外部の人が間に入り、問題提起をしたり、今まで行政に届かなかった女性たちや若者の声を吸い上げたりして、地元住民と密にコミュニケーションを取りながら、まちを変えていく処方箋が効果を発揮します。

どんなときでも町が元気な状態が続くのが理想ですが、やはり時代の移り変わりに町は変動されるもの。だからこそ、その時代の変化に柔軟に対応できる、“人”の関わりが重要なのだといえるのです。

では、実際に地域の方たちはどんな努力をしているの?地域の人々の努力にせまる!
地域資源を活かして広げ、地域ブランド再構築!
住民自らまちを元気にする「オンパク手法」成功の秘密。

現在、全国約40カ所の地域が地域活性のために取り組む「オンパク手法」は、別府の観光危機から生まれたものでした。その成功の秘密と「オンパク」について『NPO法人ハットウ・オンパク』代表理事である鶴田浩一郎さんに話を伺いました。

「オンパク」とは…?

オンパクとは「温泉泊覧会」の略で、地域の魅力を地域のみんなで再発見する、体験交流型イベント。プログラム開発からイベント告知、顧客管理システムなどのノウハウを「オンパク手法」として確立。

【代表的なプログラム】
・共同風呂体験
・温泉ピラティス&ヨガ 
・内成エリア(棚田)歩き など

20年前の別府の観光事情を教えてください。

別府はもともと東の熱海、西の別府といわれるほど大型温泉地で、関東や関西のエージェントがプロモーションを担っていました。当時の観光は団体客がほとんどで、大きな観光バスがまちを走っていることが、「まちが栄えている証拠」でした。バブル崩壊後の1990年代に、旅行客が団体から個人へ変わったとき、「みんながほどほどに楽しめる」これまでの観光地では魅力を感じなくなり、個人客は“わざわざ”旅行先に別府を選ばなくなりました。そうして、長い衰退期に入っていきました。

衰退期に入った別府の再生方法は?

観光が産業として確立していなかった時代ですので、衰退期に入って、観光客相手の商店などは次々と店を閉めていく状況。そのような衰退期が続くと、地元の人たちの中に「どうにか別府を元気にしたい」という人たちが出てくるんですね。町歩きやヘルスツーリズムを始めたり、別府温泉を活性化したりと小さなグループがいくつかできて、別府再生のために動きはじめました。しかし、一つの企業や一部の人たちがいくらがんばっても、その地域として発展するのはとてもむずかしいものです。そこで、そのグループごとに体験交流型プログラムを作り、別府(地域)のイベントとして一定期間に行ったのが「温泉泊覧会」(=オンパク)なんです。

「オンパク」の成功要因を教えてください。

いきなり県外や関東からの旅行客を呼ぶのではなく、まずは地元の人に別府を知って好きになってもらうことが大切だと考えました。なにも遠くからお客様を呼ぶことだけが、観光ではないと、地元の人がいいと思う別府文化や素材をより知ってもらえる100以上のプログラムを考えていきました。このプログラム開発では、女性の活躍が欠かせません。旅や観光に関しての決定権を持つのは女性だからです。実際、オンパクの参加者の8割は女性。当時は「マーケット調査」も手探り状態だったのですが、これがのちにとても重要だということもわかりました。

このような体験交流型のプログラムでは、主催者と参加者との交流が生まれやすく、参加者が翌年プログラムを提供する側になることも少なくありません。次第に、温泉だけでなく別府の文化を含めて「地域」として注目され始め、県外にもクチコミで情報が広がりました。その結果、九州内や関東からも観光客が戻ってくるようになりました。

バブル時代は団体客向けに観光商品が作られていたので、地域の人がまちを語る必要がなかったのですが、現在は、「いかに地域の人が自分たちのまちを語ることができるか」だと思います。このように人々の交流が盛んに行われ、少ない予算で始められることが、「オンパク」が成功した理由だと思います。

 

written by 編集部