市原 幹也さん/人と人とが温かく繋がり、 個と全体が響き合う世界を創る。

市原 幹也(いちはら みきや)さん
『のこされ劇場≡』主宰/演出家
1978年生まれ、山口県出身。2003年『劇団 のこされ劇場≡』を北九州市で旗揚げ。2010年から3年間『枝光本町商店街アイアンシアター』の芸術監督を務める。まちの営みから着想を得て、作品の日常性と関係性を重視する演劇作品が特徴。近年では国際的な演劇祭に出品。ワークショップ活動を通じて小学生や高齢者と創る作品も多数。平成24年度北九州市民文化奨励賞受賞。

市原さんへ3つの質問

Q. この仕事に向いている人は?
A. 誰とでも仲良くなれる人、人の懐に入れる人、集団に対する意識が図れる人。

Q. あなたのバイブルは?
A. 三島由紀夫「近代能楽集」、宮沢賢治「農民芸術概論」

Q. あなたのメンターは?
A. 枝光本町商店街の人たち。人との接し方、商売の仕方など多くのことを学びました。

人と人とが温かく繋がり、
個と全体が響き合う世界を創る。

北九州を拠点に、全国を飛び回る演出家・市原幹也さん。演劇のノウハウを活かし、教育や福祉、まちづくりなど活動の場を広げている。「演出家の仕事は、とある集団のよりよい部分を引き出すこと。演劇の手法ってどこでも有効なんですよ」と語る。

ひきこもりから演劇の世界へ

大学進学を機に、北九州で暮らし始めた。将来は公務員になるだろうと、法学部を選んだ。学生生活は順調だったが、ある日を境に急転する。1年生の春休み、実家で不意に告げられた祖母の死。おばあちゃん子の市原さんを思い、祖母の遺志で数カ月間伏せられていたのだ。心の整理がつかず、泣いている自分だけが違う世界にいるような感じがした。「何かがズレたんですよ。ぐわんって。それから人が怖くなった。人とつながりたい、本当のことが知りたい気持ちが強すぎて、その反動で動けなくなったんでしょうね」。

北九州に戻ると部屋から出られなくなり、本ばかり読んで過ごした。そんな中で三島由紀夫の戯曲集と出合う。未知の分野に惹かれ、美輪明宏主演の福岡公演を観に行った。舞台の上には、小説にはない刺激と鮮やかな世界があり、人間が演じる躍動感がみなぎっていた。「人間ってなんだろう?」というテーマが、舞台の向こうに見えた。この日から、図書館通いが劇場通いに変わる。東京で舞台を観た後、俳優になることを決意し、21歳で北九州の劇団に入団した。

演劇をみんなに届けたい

劇団に入って4年後、北九州芸術劇場オープンに向けて、東京や大阪の演出家と地元俳優との創作活動が始まった。演出家や異分野のクリエイターと知り合い、市原さんは創る仕事に魅力を感じるようになる。25歳で劇団『のこされ劇場≡』を立ち上げ、俳優から演出家に転向。大小様々な舞台を経験し、作品と人を活かす演出技法を身につけた。

2009年、劇団は商店街に拠点を移し、八幡東区の空きテナントを劇場「枝光本町商店街アイアンシアター」として再生。商店街や自治体と共同し、地域密着型の演劇活動を行った。「えだみつ演劇フェスティバル」は、作品を観るだけではなく、体験できるプログラムを兼ね備え、日本最大級の演劇フェスティバルに発展した。

昨年で同シアターの芸術監督の職を終え、さらに地域を超えて活躍している市原さん。「今の時代、演劇という装置は有効だと僕は信じています。人が温かいものを交換し、作品創りを通して大きな喜びを得る。演劇をみんなの手に届け、生活に活かしてもらえるようにするのが僕の役割です」。日常に息づく芸術こそが、共生の世界に繋がることを夢見て。

written by 編集部