漆原 朗子さん/学んだことを社会に還元したい。

漆原 朗子(うるしばら さえこ)さん
公立大学法人北九州市立大学教授  副学長
1961年東京都生まれ。上智大学外国語学部英語学科、同大学院外国語学研究科で言語学を専攻し、文学修士を取得。1994年2月ブランダイズ大学大学院博士課程修了(Ph.D.(言語学・認知科学))。同年4月北九州大学(当時)専任講師となる。2006年同大学基盤教育センター教授、副センター長を経て2008年から2013年3月までセンター長。2013年4月副学長に就任。趣味は7歳から始めた能楽・仕舞(宝生流)。

学んだことを社会に還元したい。

北九州市立大学で教鞭を執って20年、副学長として大学運営にも関わる漆原朗子さん。専門は言語学。日本語の諸方言や外国語を分析し、具体例を交えて特徴をわかりやすく伝える。論理的で爽快な口調が心地よい。「九州の方言はおもしろい。例えば『読まれん・読めん・読みきらん』は微妙に意味が違いますが、東京方言では『読めない』だけ。表現が豊かなんですよ」。研究者の視点で、何気なく使っている言葉に新しい光を当てる。

言語の美しい規則性

生まれも育ちも東京。初等科から高等科まで学習院に通い、当時は9割以上が学習院大学、あるいは学習院女子短大に進む中、未知の世界を求めて他の大学を受験した。大学4年生のときに受けた理論言語学の授業に惹かれ、研究者の道を歩み始めた。理論言語学は、英語教育、社会言語学などの応用言語学の基礎となる、音韻、単語や文法など言語そのものを研究する分野。一般的に理論は難しいと敬遠されがちだったが、新鮮な魅力を感じた。

「きちんとした知識を持って、言葉を分析してみたいと思ったんです。調べていくと意外な事実や美しい規則性が見つかる。それを実証していくことが楽しいのです」。

博士課程に進んだ年、大学がアメリカの著名な言語学者を招いて講演会を開催した。スタッフを務めた漆原さんは、講師と直接話す機会に恵まれる。この出会いに触発され、「やっぱりアメリカで学びたい!」と留学を決意。何校か合格した大学の中から、言語学の傑出した教授が揃っていたブランダイズ大学に入学した。留学中の学費は奨学金で免除され、ティーチングアシスタント(授業の助手)を務めて生活費に充てた。

29歳のとき、同じ研究者の日本人男性とアメリカで結婚。妊娠中に博士論文を書き、出産2週間前に論文審査が行われた。夫は福岡大学に就職が決まり、漆原さんより先に帰国。出産から4カ月後、福岡市に移り住んだ。

グローバルとは複眼的な思考力

縁もゆかりもない九州に住むことになり、「当時はかなり落ち込んだ」という漆原さん。留学していたボストンは先進的な都市で、女性研究者が活躍できる風土だった。子どもを育てながら、東京出身の自分がやっていけるのだろうか…。不安で押しつぶされそうだったが、すぐに北九州大学(当時)の公募に応募、出産後11カ月で講師に着任した。

漆原さんには忘れられない言葉がある。高校生のとき、受験や研究についてアドバイスをしてくれた教授が、最後に「東大にも女子学生がいますが、結局はインテリ主婦で終わる人が多いんですよね」と半ばシニカルにつぶやいた。このときの衝撃が、出産後のスピード就職につながった。

「ブランクが長ければ就職は厳しくなる。奨学金をいただいて研究をしてきたし、受けたものは社会に返したいという思いがありました」。現在、北九州市立大学では「グローバル人材育成推進事業」が進められている。漆原さんが考えるグローバルとは、「複眼的思考」だという。

「海外に行くことや英語ができることよりも、いろいろな視点で物事を見たり、相手の立場に立って考えたりできることだと思います」。

将来の抱負は「研究三昧の生活」と笑う漆原さん。人間特有の能力である言語は、どこまでも追求したい魅力あるテーマなのだ。

written by 編集部