前田 真紀さん/今の自分が好きになれるよう、進化する。

前田 真紀(まえだ まき)さん
前田調剤薬局グループ 代表取締役・薬剤師
1970年生まれ、北九州市戸畑区出身。第一薬科大学を卒業した1993年、家業である『(有)夜宮調剤薬局』に薬剤師として入社。先代社長の実父が急逝し2002年代表取締役就任。慣れない社長業に葛藤しつつ独自の会社作りに取り組み、調剤薬局7店舗の社長を務めながら薬局窓口の業務もこなす。2013年11月、予防医学の見識を活かしたスムージーcafe「Green+(グリーンプラス)」をオープン。

今の自分が好きになれるよう、進化する。

「環境や時間がなくても、自分が変わればいいんです。やる気次第で経験も学びもできるのだから」。

社長業と薬剤師業を精力的にこなす前田真紀さん。しかしもともと薬剤師になりたかったわけではなく、薬局を経営する家の一人娘という立場上、否応なく進んだ道だった。大学時代は優等生とはほど遠く、もっと遊んで社会勉強をしたかったが卒業と同時に実家の薬局へ連れ戻された。仕事への興味もやる気もなく退屈だった。

経験も知識もないまま空回りの連続

「どうせ働くなら、楽しく仕事ができる会社にしたい」。前田さんは25歳の頃、組織の変革を訴えた。当時の社内は年功序列に縛られ、薬剤師と事務員の間にも理不尽なほどの格差があった。「世代やキャリアに関係なく、アイディアや改善策を自由に出し合えるフラットな会社に変えたかったのです」。だが、意見は受け入れられなかった。「社長になって分かりましたが、当時の私は会社への思いはあるものの、理解不足なまま無責任な意見をぶつけていましたね」。

いらだちからイギリス留学を計画するも、妊娠が分かり結婚。留学は頓挫し、出産後間もなく社長だった実父の病気が発覚した。余命半年の本人には告知せず、母と夫3人だけの秘密にして陰で泣きながら看病と仕事、子育てを続けた苦しい日々。32歳で父の跡を継いだものの、今度は社長として何を為すべきか会社への責任感で、悲しみよりも不安に押し潰されそうだった。また、組織運営を巡って一部の従業員と心の溝が広がり、誤解もされた。人間関係の確執に疲れた前田さんが薬剤師の親友に愚痴をこぼすと、「その人を非難する前に、自分がどう思っているのかを伝えるのが先じゃないの? 相手の懐に飛び込んでみたら?」その言葉に背中を押され、前田さんはすぐに行動した。

人々の健康に役立つ存在でいたい

まずは複数ある薬局に毎日赴き、スタッフと肩を並べて働き始めた。「肩書きは社長だけど、父と違いカリスマ性のない自分は共感してもらえるポジションでいかなければダメだと思ったんです」。いろんな話をしながら距離を狭め、理解し合ううちに「どうすれば楽しい職場が作れるのだろう?」と考えるようになった。スタッフが辞めたくないと思う会社にしたい。それは、働きながら成長できる環境や、スタッフ同士の仲がいいこと、自己表現ができる仕事かもしれない。ならば、とスタッフが気軽に悩みを相談できる体制を整えた。また、小グループの勉強会で先輩の知識と新人の感性が融合し、互いのスキルアップや密なコミュニケーションも図れるように工夫した。

薬剤師も事務員も一緒に意見を交わせる今の状況は、20年前と比べたら想像もできない進化だが、前田さんは既に薬局の未来へ思いを馳せる。医療費の削減が叫ばれるなか、病気をして薬を飲むのではなく病気をしないために薬局ができること、予防医学の知見を形にしたスムージーカフェを昨年オープンしたのだ。野菜とフルーツたっぷりの美味しいスムージーを気軽に楽しめるこのカフェは、安全な食のセレクトショップも兼ねている。

「薬も食も、何でも安心して相談できる薬局にしたい。みんなが健康でいてもらうために役立つ自分、役立つ会社であり続けたいんです」。

自分の思いといつも真摯に向き合ってきた彼女は業界の枠組も軽やかに飛び越えて、人々の健康を支える経営者として大きな翼を広げている。

written by 編集部