信濃 康博さん/世界が認めた、リノベ文化の先駆者。 時代をリードする彼の“ リノベ論”。

信濃 康博(しなの やすひろ)さん
信濃設計研究所/nano Architects 所長
1965年新潟県生まれ。宇都宮大学建築工学科修士課程修了後、福岡の『株式会社葉デザイン事務所』入社。その後独立し、1994年『信濃設計研究所』埼玉事務所、1999年福岡事務所設立。それまで一般共通認識であった“新築”を価値の頂点とする業界主導の“リフォーム文化”を脱し、個人の“感性”による多様な価値を主軸とした大衆が主役の「リノベーション」を福岡でいち早く手がける。2012年に設計を手がけた「時代移植」が今年、建築のための世界最大の表彰プログラムとも呼ばれる「The Architizer A+ Awards 2014」で1500以上のエントリーの中から住宅インテリア部門で審査員賞を受賞。『NPO法人福岡ビルストック研究会』副理事長。
http://www.nano-architects.com

信濃さんへ3つの質問

Q. この仕事に向いている人は?
A. 時代をアップデートしたい人。

Q. あなたのバイブルは?
A. 「シミュレーショニズム」(椹木野衣著・ちくま学芸文庫)

Q. あなたのメンターは?
A.“我以外皆我師”。大衆文化時代の主役は“みんな” ですね。

世界が認めた、リノベ文化の先駆者。 時代をリードする彼の“ リノベ論”。

リノベーション文化の先駆けが、福岡にいる。『信濃設計研究所』所長・信濃康博さん。彼がリノベーションをはじめたのは2004年。まだ福岡では「リノベ」のリの字も浸透していない頃だ。時代の先をいく彼の軌跡を追った。 ものづくりを職にしたいと夢を抱き、気づけば“ 建築” を目指していた。憧れの建築家・葉祥栄氏に師事し、まさに“ 修行” ともいえる怒涛の4年間を過ごした後、28歳で独立。建築というツールで自分は社会に何を伝えたいのか? そう模索する日々が続いた。時はバブル崩壊後の経済低迷期。それまでの「豊かさとはお金、モノ」という価値観が徐々に崩れ、「質」を求める声が出始めた頃だ。「人が、社会が変わり始めた」。そう肌で感じるなかで出合ったのが福岡でいち早くビル経営にリノベーションを導入した不動産管理会社『吉原住宅』が始動した「山王マンション」リノベーションプロジェクトだった。「昭和時代の日本の建築は新しいものだけに価値を置く“ 新築” 文化。しかし、大量生産、大量消費の時代が終わりを告げ、古い空き家や空き部屋が増えるのを街で見るたびに、建築にも新たな価値観が必要とされていると痛感していました。そこで、このプロジェクトを通して、古くなった建物が持つ魅力を“再編集”し、新しい価値を生み出したいと考えました」。当時、築40年で廃墟寸前まで老朽化したマンションの1室が、彼の設計によって誰も見たこともないような、それでいて懐かしさを感じるデザインへと再生。その斬新さには賛否が寄せられたが、「こんな部屋に住みたかった!」と入居を希望する若者たちも続々と現れ、山王マンションはかつての活気を取り戻した。リノベーションが、人を集めたのだ。

人とのつながり、コミュニティ…デザインしたいのは文化

これまでの昭和時代の文化を一から見直し、次の時代に来るべき新しい価値観を建築で表現し続けてきた信濃さん。ついに今年、建築界の国際的評価を得た。「リノベーションが文化として根づいている欧米で一定の評価をいただいたことには、とても大きな意義を感じています。居住空間に“ 自分らしさ” や“ コミュニティ” をよりいっそう求められるようになった今の日本で、私のできることは何か、それを常に追及していきたいですね。リノベーションって、まずそのデザインに注目されがちなんですが、それはあくまでおまけ的なもの。その空間を使って、コミュニティや社会を形作ることに注力したいと思っています」。そう話す彼の手がけた山王マンションの空間には、今も新たな住民が集い、住民や地域の人々を巻き込んだ新たなイベントが開催されている。まさにコミュニティの拠点として機能し始めているのだ。建築、というフィルターを通して、社会を、文化をデザインする。彼のこれからに、ますます目が離せない。

written by 編集部