第七回【高校生編】コヨオミ、僕の幼少期

皆さま、こんにちは!株式会社ケセラセラジャパン

日本初・LGBT集客コンサルタントをしております、松岡暦臣(マツオカ コヨオミ)です!

なんだか5月は過ぎ行くのが早い!!・・・と感じているのはわたくしだけでしょうか??!!

 

前回、【中学校編】コヨオミ、僕の幼少期 につづき、

(それぞれの記事へリンクしています。)

 

第七回目となる今日は、【高校生編】ですね!

 

前回、
「精神的に無理をし「始めた」のがこの頃ですね。
高校になって、その「言い聞かせ」が限界を迎え、崖が崩れるかのごとく、
壊れる時が来ます。」
 
という意味深な終わり方をしておりますが、これは本当です。高校時代は物心がついて挫折の始まりでもある時期なので、やや長文になりますがお付き合いいただけると幸いです。
わたくし、高校2年生から、「ご飯がまともに食えない・鬱・環境不適応」という時期がありました。
大学を出て就職し、アメリカに行くまでの7年近く、軽い重いの波はあったかもしれないけれど、この恐怖とは
戦い続けていました。今から6〜7年前くらいまではこの恐怖があったということですね。

 

引き金になったキッカケが3つあったのは事実。

 

1つ目は、部活。 女子ハンド部のキャプテンだった僕。

同級生のチームメイトや後輩にも彼氏が出来始め、女子トーク?に花が咲き始めるお年頃です。

僕は、運動に打ち込むことでそういった性的なことを忘れる時間を増やしたかったし、つまりは必死に練習をしたかったのです。

けれど、同級生たちは「 勝つ 」よりも、「 みんなでワイワイ」がしたかったのです。

言うても、そこまで運動の盛んな高校ではなく一般的な公立の普通科の学校でしたし、

女子高校生ライフを送りたいチームメイトの気持ちも、おかしなことではありません。

結果的に、発散の場は無くなりました。

 

2つ目は、「彼氏」になりきれなかったこと。

さきほど話した部活動では、後輩は非常によく慕ってくれていました。

悩みはあれども、明るく振舞っており、自分にとっては、この頃が一番のモテキでした。

運動ができ、ボーイッシュだったからか、なぜかファンという子がいて、手紙をもらったり。

今思うと不思議な環境でしたね。共学だったのですから。

しかし、ファンという子が「愛して」くれているわけではなく、

「疑似恋愛」もしくは「憧れ」で黄色い声を上げてくれていることもわかっていました。

なぜって?

純粋な「男」ではないことに、気付いていたからです。

 

周りにはカップルが次々とできます。

男子たちは性的な話に花を咲かせます。

しかし、僕はどうしていいかわかりませんでした。

胸に興奮する男子たち。

それは僕も同じ。

けれど、僕にも胸がある。そして、男性器がない。

 

好きになった子もいて、はたから見たら付き合っているような形になっている子もいました。

それなりにカップルっぽいこともして、その子といるときは、自分の性を忘れることができました。

僕とクラスが別になるだけで号泣してくれるその子が、僕は大好きでした。

ただ、どれだけカップルがするようなことをしても、最後の一線は越えられなかった。

「女」というカテゴリにおり、「女」の体を認めることができなかったから。

越えたいと思う瞬間に、自分の肉体が邪魔をする。

その繰り返しでした。

心と体が、不釣り合いになり、自分でもどう処理していいのかわからない状態にありました。

告白したいけど、・・・できない。 苦しかった記憶があります。

そんなある日、突然、その子が言ったのです。

「わたし、○○くんと付き合うことにしたよ」

混乱しました。

言っている意味はわかりましたし、それがあり得ることだとは、実はずっと、わかっていたように思います。

自分は本気で好きだったけれど、その子からしたら、「恋愛ごっこ」だったのかもしれません。

ただただ、人が信じられなくなりました。

そして結果的には、その子と一緒にいることもきつくなり、突き放してしまいました。

この時は、性同一性障害という言葉もそこまで普及しておらず、「僕はきっとレズビアンなんだろうな」

と思い始めていました。

高校時代 暦臣 コヨオミ ケセラセラジャパン コンサルタント FTM LGBT

※高校時代、明るく振舞いつつも悩んでいた頃の僕

 

最後に、3つ目。

たまたま、上の2つが重なって、苦しくて飯がのどを通らなかった時があり、体重が4キロ〜5キロ減りました。

すると、中学時代から望んでいた、筋肉質な体に近づいたのです。

皮下脂肪が落ち、男性的な体に少しではありますが、近づいたように感じました。

別に体重自体は重かろうが軽かろうが、そんなのどうでも良かったのですが、

『痩せることで「女子らしさ」から遠ざかれるなら、飯は食わん。』と決めたのです。

 

それが、高校時代〜大学を卒業してアメリカに行くまで、まともにご飯を食べられなかった原因です。

食べたら太る・・・という感覚ではなく、食べたら女子に近づくという恐怖が、僕を襲っていました。

 

そんなこんなを繰り返していたら、勉強高校2年の頃はほぼ勉強をしていませんでした。

周りは「名古屋大学だ」「京都大だ」「立命館だ」「同志社大だ」などの大学を目指して頑張っている様子でしたが、

僕はどこの大学にも入れないほどの学力になっていたように思います。

なんとなくではありますが、せめても大学に進まないと・・・という気持ちがわいて

3年生になってからは、「勉強以外しない人」になりました。

 

半年間で高校1年〜2年の勉強を洗いざらいやって、明治大学の模試がA~B判定までにはなることができました。

なぜ明治大学か?

実家に居たくなかったからです。 学校名に深い理由はなく、ただ東京で知っていたから一つの基準として、

毎回志望校に明治大学を書いていました。

農学部は名古屋にはあまりないので、そこを目指せば他県に出られると思ったように記憶しています。(※)

東京に行けば何か新しい世界が待っていて、変われるのではないか

それだけが僕の生きる希望でした。

(※思ったように記憶しています・・・と記す理由は、

正直この時の記憶が相当薄いからです。不思議なくらい記憶がありません)

 

さて、ただ、飯もろくに食わず、肉体的にも精神的にもフラフラだった僕

先生方も心配をして、受験のストレスだと思ったらしく、推薦受験をお勧めしてくださいました。

ぶっちゃけ、東京であればこだわりはなかった僕。

ありがたく、推薦をしてもらうことにいたしました。そこで進むことになったのが、玉川大学の農学部です。

 

僕の高校時代は、上京に希望をかけ、幕を閉じました。

 

いや〜・・・今から思うとありえなく暗いと思います(^^;)

けれど、今があるのはこの時があったから。

周りや親には本当に心配をかけたのですが、この時代は今の僕を支えてくれる大事なバックボーンだと

今は思っています。

 

次の記事は大学時代。

初新宿二丁目での体験だったり、レズビアンだと思っていた時期、女子を演じてみたときのことなど、

書かせていただこうと思います。

 

高校時代は相当書くのに相当〜〜〜な、パワーを使いました(^^;)

 

皆様、長文にお付き合いいただきありがとうございます!

 

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written by コヨオミ