第八回【大学生編】コヨオミ、僕の生い立ち

皆さま、こんにちは!株式会社ケセラセラジャパン

日本初・LGBT集客コンサルタントをしております、松岡暦臣(マツオカ コヨオミ)です!


5月も末に差し掛かり、たまにじめっとした日があるのは、梅雨が近づいている兆候でしょうか?(^^)

 

前回、【高校生編】コヨオミ、僕の幼少期につづき、

(それぞれの記事へリンクしています。)

 

第七回目となる今日は、【大学生編】ですね!

 

前回、東京の大学を志し、18歳から7年弱東京都に住んでおりました。

念願の一人暮らし。
親と一緒に暮らすことで、自分自身が生きていること自体に罪悪感があったため、離れていると気が楽ではありました。
しかし、根本的な問題に変化はなし。

 

自分は、人と違う。
どうやら、レズビアン(女性として女性が好き)のようだ。
僕は、おかしい・・・。

 

実際のところ、僕はレズビアンではありません。
性別違和(女性の体を身にまとったを男子)だったのですが、その頃は今よりセクシュアリティに関する
情報は少なく、調べる気にもならず、違いがわかりませんでした。
そして、セクシュアルマイノリティである自分を認めたくない僕が心を支配していた時期でもあります。

 

僕は、「普通」になりたい。
毎晩一人で枕を濡らしていました。

 

そして、大学1年生の時に僕がとってみた行動。
「女として生きてみよう。その方が親が楽かも。」
1年生はそのスタンスで頑張りました。あまり覚えてないけれど、化粧品を買ってみたこともあると思います。
自分がされて嬉しいことを言ってみたり、やってみたりした所、男の子に好意を寄せられたこともありました。

 

またここから変化もありました。
「ザ・自暴自棄」の時代です。

 

2年生の末あたりから、我慢が限界に来たのか、自然の成り行きだったのか・・・
ある変化が出始めました。
むやみにボディピアスを増やしたり、髪の毛を金やブラックブルー、部分的に赤に染めるなどしてみたり。

 

あの状況が何だったのかよくわかりませんが、今思うとピアスはある種、
自傷行為に近かったのではないかと思います。
この頃、女性らしさを無理して演じることもやめました。疲れ果てたのだと思います。

 

そんな時、大学の論文検索の関係でパソコンも触るようになり(PCに触るのは遅かったです)
見つけたのがネット掲示板。
色々な単語で検索すると、知らない世界が出てきました。
どうやら今度、新宿2丁目で「オフ会」というものがあるという情報や、
セクシュアルマイノリティの野球チーム練習」というのもやっているらしいという情報を手に入れました。

 

あまり外に出て活動するパワーがなかった時期ですが、この時は率先して書き込みをし、
オフ会や野球練習に参加することに。

 

まずはオフ会
新宿二丁目で4人のレズビアンの女性と飲みに行きました。
しかし、正直思っていたものではなく、何も楽しくありませんでした。
恋愛観も語れる仲間を探しに出かけたはずが、自分となんだか話がかみ合わないのです。
まだレズビアンとトランスジェンダーの違いがわかっていなかったこともあり、
そこはモヤモヤとした気持ちで立ち去りました。

 

そして野球
あるチームの練習に参加した時のこと。最初にセクシュアリティを尋ねられました。
「セクシュアリティは?」と聞かれて、なんと答えていいかわからなかった僕。
引っ込み思案だったため、聞くこともできず、周りに合わせることに。
周りの人たちは、「バイです」「ネコです(夜の営みで攻められる方)」「リバです(リバーシブル:攻めも受けもできる)」「タチです(攻め)」「トランス(トランスジェンダー)です」などと答えていました。
僕は、前者3つはわかったのですが、唯一「トランス」が何を指すのかわかりませんでした
しかし、自分と似たような格好、似たような空気感の子は皆「トランスです」と答えています。
迷った挙句、周りに合わせ「トランスです」と答えたのを今でも覚えています。
結局、その野球も行かなくなってしまったのですが、その時初めて、トランスという言葉を知りました。

 

後から調べてはみて、自分はきっとこれなんだろうな・・・と思ったのは確か。

 

ザ・自暴自棄の時代がプラスに働いたことも、ありました。
「どうせ普通じゃないなら好きな子に告白しちゃえばいいじゃん」
「どうせなら嫌われたっていいじゃん」
「このままなら親に言って悲しまれても、別にいいじゃん」
この思考への転換期。ある意味、これは長い目で見れば、前向きへの第一歩だったのだと思います。
まずは母親にカミングアウト。反応やら何やらはあまり覚えていません。

 

そして、好きな子への告白
不思議なことに、付き合うこともできていました。このころ付き合ったのはすべて、ストレートの女の子
つまり、男性が好きな女性でした。ここで、ストレートの女性との恋愛が一番しっくりくることに気づきます。

 

そんなとき、もう一つ頭を悩ませることがありました。
それは、就職活動
リクルートスーツを着て活動する友人たちを見るたびに、自分が就職活動をするところを想像して
鳥肌をたてていました。

 

スーツを見ると、思い出すのは制服
制服・スーツこそ、性に対する苦痛のひとつでした。
なぜ面接時の座り方まで決められているのか、なぜしたくもない化粧を
「マナー」という理由で強制されるルールがあるのか・・・
納得できる理由が何一つ見つかりませんでした。

 

夢などない。
けれど、就職しないといけない。
心は闇の中にはあったし、消えてしまいたいとばかり考えてはいたけれど、
今客観的に見ると、この頃の僕は、未来にある光を探して迷子になっていたのでしょう。

 

面接の練習もせず、周りにならって就職活動をしてみました。
なんとなく興味があった広告会社の営業。そこを受け、そのまま内定を貰いました。
周りからすれば「1社目で内定まで取ってしまって、ラッキーなやつ」という感じだったかもしれません。

 

しかし、僕は何も嬉しくなかった。
先に明るい未来もなければ、やりたいこともなく、
残り短いか長いかもわからない命を「こなして」いかなければならないのか?という
疑問と絶望感だけが日々付きまとっていたからです。

 

そうそう、お付き合いをした女性たちとは結果、うまくいきませんでした。
「結婚したいからという理由で別れを切り出されたときが一番ショックでしたね。

 

「どうしようもないじゃないか・・・」
と、この頃の僕は、世の中全てを恨んでいました。
暗黒時代は中盤といったところでしょうか。

 

残念ながら、手元にこの時の写真はありません。
引越しを繰り返す中で、手元に置いておきたいものではなかったのです。
今でもあの頃の僕は色んな意味で痛々しいですから(^^;)(笑)

 

さて、次回は女性営業経験編。23歳の短い期間ではありましたが、貴重な経験でした。

 

今読んでくださっている方で「こんな人もいるんだ」と思ってくださる方もいるかもしれません。
ただ、この頃の悩みを抱えている若者は実はたーくさんいるんです。
だからこそ、僕は伝えたいのです。
人は、必ず光を見つけるときがくるということを。

 

皆様、いつも長文にお付き合いいただきありがとうございます!

 

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written by コヨオミ