編集部怪談3「うつる」ー女の怪談 Vol.9ー

編集部怪談3

「同じ話を知ってるって、メールがきてますよ」
雪原さんに話しかけられ、次号のゲラチェックをしていた佳奈は顔をあげた。
オフィスにはまだ人が残っていて、入稿前の慌ただしさに気ぜわしい雰囲気だ。
「同じ話って怪談……?」
「そうです」
「怪談なんて、似たりよったりの話がいっぱいでしょ。いちいちとりあわなくても」
「そうじゃなくて……同じような怖い目にあってるから助けてくれって」
「それ、どの話?」
「銀杏の匂いがする話です」
それを聞いて、佳奈はああと小さく吐息をついた。
実は佳奈も友達から、似たような話を聞いていたのだ。

「幻臭がするの……」
そうぽつりと呟いたのは大学の同期の真理恵。
久々にふたりで呑んだときに言われた。真理恵も佳奈の編集部が連載している怪談を読んでくれていた。
「銀杏の?」
怪談の話題からのその流れだと、あの話しかない。小さく頷く彼女。
「季節柄じゃない? 金木犀が咲く時期だって、あちこちから匂うし……」
佳奈のフォローにそうかなと真理恵は苦笑を浮かべた。
その顔がとても寂しそうで、佳奈は気になっていたのだが……。

ぼんやりと真理恵のことを考えていると、雪原さんの眉が困ったように寄せられている。
「うつるんでしょうか?」
「え?」
佳奈の頭の中では、写ると変換されており、原稿のことかと手元を見下ろした。
「怪談ってうつるんでしょうか?」
移るの方だと気づいて首を傾げる。雪原さんの口元がわずかにわなないた。
「同じようなメールが他にも来ているんです。銀杏の匂いがするって。それに……」
「それに?」
「……わたしも嗅ぎました。この編集部のトイレで……」
編集部のトイレには窓がない。どこからか銀杏の臭いが滑りこんでくるはずはない。
「気にしすぎだよ」
佳奈が最後まで笑い飛ばせなかったのは、さっき自分がトイレに行ったときも銀杏の匂いを嗅いだせいだ。
ただそれを不思議とは、さっきまで思ってなかった。
だけど――。

気づいたときから、怪異は立ち上がる。

「ああ、また……」
佳奈はトイレの後に手を洗いながら、声に出していた。
銀杏の匂いが鼻をかすめたのだ。
雪原さんにはトイレは排水の関係で、臭いがもれることがあると言ったものの、説明になってないことを知っている。
季節はもうとうに木枯らし巻く冬を迎えていた。
外を歩いても銀杏の落ちた実を見ることはない。ましてここは天神のイチョウ並木からは離れている。
なのに銀杏の匂いがするというメールは、落ちない墨染みのように、まだぽつぽつ届いていた。
そして、編集部ではトイレだけじゃなく、パソコンの前に座っていても最近は匂うことがあるのだ。
けれど佳奈は、やがてそれにも慣れるだろうと思っている。
編集部のあちこちに自主的に置かれ始めたアロマや芳香剤に、人の逞しさを見たから……。

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作者:日野光里のプロフィール

written by 日野光里