編集部怪談6「怒り稲荷」ー女の怪談 Vol.12ー

女の怪談

怪異が続く編集部ではお祓いを決行することになる。
やり方は実際、とても単純だった。
人型に切った白い紙で自分の体を三回撫でる。
それを3人でまわしてやって、近くの川に流してくるというもの。
この編集部からなら、那珂川が妥当だろう。
「ただし、人型を流すまで絶対に振り返っちゃいけないし、声を出してもいけない」
最後に告げられた条件に、佳奈はめまいがしそうだった。
とても簡単そうに見えて、実際は簡単ではないことが明白だ。きっと邪魔されるだろう。
「……やるしかないんですよね」
佳奈の言葉に編集長は苦笑を浮かべて頷く。
「黙って川に流せば終わりでしょ。簡単じゃない」
天野さんが嬉しそうに言った。
「じゃあ、早速始めましょう」
編集長がパンと手を叩いたのを合図に、私たちは動きだす。

三越側からイムズ側へと道路を渡り、中央公園へ。
イルミネーションが街を着飾っている。
まさかその真ん中をお祓いをする一行が、人ごみにまぎれて進んでいるとは誰も思わないだろう。
恋人たちが散在する公園を突き抜けて、洋館の前を通り過ぎれば、もうすぐ冷たい風が吹く川辺だ。
みんなを代表して佳奈が白い人型を持っている。
もちろん川が見えるところまで、誰もしゃべっていない。
誰の心の中にも、あと少しあと少しという思いがあった。自然と急ぎ足になる。

ようやく腕を伸ばせば川へと届く距離の淵まで来た。
ここまで後ろを振り返ることはなかったはずだ。
誰も一言も言葉を発していない。後は人型の紙を流せば、すべてが終わる。
この一連の流れの中でも、耳鳴りのようにあの鼻歌は耳元で常に鳴っていた。
ふと佳奈は、この鼻歌の主は誰だろう……と思い立つ。
今までただの怪異現象と思っていたから、誰の者だなんて考えたことはなかった。
けれど、ここに来て、知っている人の声に思えてきたのだ。
後少しなんだから考えないようにしないとと、佳奈は必死に歩くことに集中する。
そして、いよいよ人型を川に流そうとしたとき、いきなりぐいっと肩を掴まれたのだ。
その細い指先には爪が一つもついていない。
振り返ったときに佳奈の目に飛び込んできたのは、ガリガリに痩せた女の青白い顔。
「……雪原さん……」
インターンを途中で止めた彼女は、とても嬉しそうに声をあげてゲラゲラと笑う。

――こうしてお祓いは失敗に終わった。

その後、霊能者の指導により、何とか編集部は存続している。
とりたくなかったもう一つの方法を選択したのだ。
それは、打ち捨てられた稲荷社を他の会社の屋上へと、こっそり運ぶこと。
同じようにガラクタが積み上げられているようなビルが選ばれ、そこへと移動させた。

それでも災いは残るそうなので、霊能者から時限つきの結界を貼ってもらう。
後二年で引っ越さないと保障はないらしい。
こうして二年の間の約束ごととして、編集部には新たなルールが設けられた。

決して鼻歌を歌わないこと。

それが呪歌となり、移動させたお狐様にこの場所を見つけだされてしまうそうだ。
とりあえず新人が入ったら伝えることが増えた。

「ひとりごとを言わないことと、鼻歌を歌わないこと」

あなたの会社には、おかしなルールがありませんか?
もしかしたら、それは……。

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作者:日野光里のプロフィール

written by 日野光里