藤沢 久美さん/経営や投資を通じて、豊かな未来を提案したい。

藤沢 久美(ふじさわ くみ)さん
シンクタンク・ソフィアバンク副代表
1996年、日本初の投資信託評価会社を起業。1999年同社を世界的格付け会社『スタンダード&プアーズ社』に売却後、『シンクタンク・ソフィアバンク』の設立に参画。NHK教育テレビ「21世紀ビジネス塾」のキャスターを務めながら、多くのテレビ・ラジオ・雑誌等を通じて、800社を超える日本の企業と経営者を取材。現在も、ネットラジオ「藤沢久美の社長Talk」などを通じて、全国の元気な企業の経営者の姿を取材し発信し続けている。

経営や投資を通じて、豊かな未来を提案したい。

テレビの経済キャスター、政府の審議委員、大学講師など、多くの顔を持つ藤沢久美さん。世界中を飛び回り、個人の投資活動へアドバイスを続ける彼女だが「もともと、投資の世界に関心があったわけではなかったんです」と話す。
「大学生の就職活動の時期に、年齢も性別も関係なく、やればやるだけ評価される会社は、自分で作るしかないと考え『30歳までに起業しよう』と決めたんです。でも、どんな仕事で起業するのかは考えていませんでした」。

未来は自分自身の手で造るもの
「まずは、自分が興味を持てる仕事をしてみよう」と、就職情報誌をめくっていた藤沢さんの目に「世界の未来を予測する証券アナリスト」という文字が飛び込んできた。「私、昔から、とにかく未来を知りたくて仕方がない子どもだったんです」。 
大学卒業後に上京し、投資信託会社で働き始めたが、配属されたのは希望する調査部ではなく企画部。そこで「社長になるための勉強をしよう」と、一日一度は社長室に顔を出し、何か一つは会社のためになる提案をするようになった。そのうち、実際に提案したプロジェクトを任されるようになったものの、起業のアイデアはなかなか浮かばなかった。社内結婚を機に退社し、外資系の投資信託会社へと転職。待遇は向上したが、起業のあてはなく「早く起業しなくては」と焦りはじめていた27歳の頃。ふと目にした資料が、起業への道を開いてくれた。
「大蔵省(現在の財務省)が出した資料に『投資信託を評価する事業を、日本にも根付かせなくてはならない』と、書いてあったんです。その瞬間『これだ!』と思いました」。 
そして同僚と共に退職し、日本初の投資信託評価会社を起業した。しかし大手の会社は「〝若者〞 が設立した評価会社」にデータを簡単に預けてはくれず、『投資信託協会』に出向いて9,000件もの公開データを毎月手書きで写す過酷な状況に陥ってしまう。「その時は、目標が遠くに見えていたから、そこに向かって歩き続けるしかなかったんです」。 
一年後、小さな媒体に取り上げられたことがきっかけになって、藤沢さんらの評価情報が売れはじめると、それに呼応して、大手の投資信託会社が、次々に評価会社を立ち上げはじめた。「名もない若者が小さな会社を設立しただけで、業界全体が動いた。私は、ずっと『未来を知りたい』と思ってきましたが、この経験から『未来は自分で創るもの』だと知ったんです」。

日本の経営のあり方を世界に伝えたい
その後、藤沢さんは世界的格付会社に会社を売却し『シンクタンク・ソフィアバンク』の立ち上げに関わった。NHKの経済キャスターに抜擢され、番組を通じて中小企業やベンチャーの経営者を多く取材をし、新しい発見をしたという。
「日本の小さな企業が現場で命をかけて1ミリずつ未来を切り開いていく姿に、感銘を受けました」。番組が終わった後も独自で取材を続けながら、日本の企業が未来を生み出す姿や姿勢を伝え続けてきた。
「今、世界は混沌とし、経営の仕方や社会秩序の作り方に迷いが生じていますが、これらを解決する鍵が、日本にあると思うんです。地域や人を大切にしながら、経済活動を続ける日本の経営者の姿や考え方を、海外の経営者や投資家にも伝えていきたいですね」。 
彼女は今日も世界中を飛び回りながら、個人、会社、社会…すべてが豊かになれる未来を提案し続けている。

written by 編集部