WEB小説「角を曲がれば」episode 6

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仕事、恋愛、結婚、これからの暮らし。
シングル女子の前に現れる人生の曲がり角。
この角を曲がった先にはどんな未来が待っている?

episode 6

この出会い、運命かも?

 数年ぶりに再会した元カレ・建斗は、混雑した駅の改札で自動ドアにせき止められて立ち往生していた。何度もICカードをかざしてはそのたびに警告音が鳴り響く。やがて駅員が駆け寄って建斗が手にしているカードケースを一瞥し、あきれたように言った。
「お客さん、これ会社のIDカードじゃないの?」

 三十代も半ばになろうかというのに、浮世離れした所は相変わらずのようだった。
「何やってんのよ、この迷惑男」
「いやぁカードってみんな似てるよなぁ。ICカードとIDカードなんて1文字しか違わないし、間違えるのも無理ないよ」

 久しぶりに再会した元恋人同士の会話がこれか。
「優衣から聞いたよ。九南大の研究所に派遣されるって」
「うん、3年間の期限付きで。勤務は来月からだけど、今回は前任からの引き継ぎとかいろいろ」
「そうなんだ」
「これからバスで実家。最終便だから乗り遅れるとマズイんで、俺行くわ」
「うん、気をつけて」

 建斗の実家は高速バスで3時間の小さな町だ。建斗はキャリーケースを引いてバスセンターの方へ歩きかけ、ふと振り向いて大声で言った。
「じゃあ、また!」

  建斗の背中が雑踏にまぎれ、あっけなく消えた。
 なんだかまっすぐ家に帰る気になれず、私は思わず地下鉄に乗って大濠公園駅まで行ってしまった。あの頃、よくデートした場所だ。

 建斗は駅近くの古いアパートに住んでいて、よくこの界隈をふたりで歩いたものだった。お金がない時は大濠公園をぶらぶらして過ごした。公園内には大きな池がありその周辺をジョギングしている人や遊びにきている家族がいる。柳の木陰にはベンチもあって、風景や人を見ているだけでも飽きないのんびりした場所。敷地が広いので空も広く、遠くの高層ビルも見える。福岡の街のスケールに田舎から出てきたばかりの私は感動したものだった。

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 久しぶりに歩くと、懐かしさと新しさが入り混じってくる。
 本好きな建斗が好きだった古書店。建斗の友達がバイトしていた焼き鳥屋。新しいスーパーやコンビニ。あの頃なかったおしゃれなカフェ。宝探しをするような気分でうきうき歩いていると、サーフボードのイラストがおしゃれなサインが目に入った。
 店の名は「HILO COFFEE & BAR」。最近できた店らしく、見ているそばから女性客がひっきりなしに出入りしている。ちょっと歩き疲れたことだし、入ってみようか。

 ドアを開けて中へ入った途端、私はあっと声をあげそうになった。昔、ここに来たことがある……!
 飴色になるまで磨き込まれたカウンターとレンガ壁。天井の吊棚に並んだアンティークのコーヒーミル。壁に掛けられた古い振り子時計。ここは当時すでに30年以上は経っていた喫茶店だったはずだ。調度品はそのまま残っているけれど、どうやら今はハワイのコーヒ豆を扱ったコーヒースタンド&バーになっているらしい。日に焼けた爽やかな男性が、てきぱきとオーダーをこなしている。私はコナコーヒーとドーナツをオーダーして、空いた席に座った。

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 記憶の蓋が開いてくる。私と建斗は木の椅子に向き合って座り、それぞれ本を読んでいた。物静かなママが丁寧に淹れたコーヒーは苦くて甘かった。ふたりの間に会話はほとんどなく、別々の本の世界に没入していたけれど、あの時私たちは、幸福な時間をともに生きていた。

 別々の道を選んだ私たちは、もうあの頃には戻れない。けれど、あの幸福な時間は私の中にも、きっと建斗の中にも確かに積み重なっていて、簡単に失われたりはしない。あの喫茶店で積み重なった時間が飴色に染まった空間を作り上げ、このコーヒースタンドでちゃんと生きているように。

 この街で積み重なった時間が、ひどく愛おしく感じた。建斗と別れて以来訪れることを避けていたこの街が、両手を広げて迎えてくれたような気がした。

 よし、家に帰ろう。そして「私が幸せになれるマンション」を探そう。
 コーヒーを飲み干して、私は店を出た。店の少し先は分譲マンションの建設中らしく、白い覆いが掛けられている。春には桜がきれいな並木通り沿いだ。

 もしもこのマンションに住んだら──地下鉄の駅に向かいながら、私は想像を巡らせた。会社の最寄駅までわずか1駅。うっかり寝坊したってドア・トゥ・ドアで5分くらいじゃない? 天気が良い日なら歩いて通勤したっていいし、通勤時間が短くなれば朝活や大濠公園をジョギングなんていう素敵な生活もできそうだ。週末には近くのお店で食事やお酒を楽しんだり、休日にはコーヒーをテイクアウトしてあの時のように大濠公園を散歩したり。ショッピングやネイルにもぶらぶら歩いていける。一駅先には総合病院もあるし、福岡ドームや新しい商業施設も近い位置にある。

 滑り込んできた地下鉄に乗り込んだ私はスマホを取り出し、白い覆いの上に記されていたマンションの名称を打ち込んだ。
「デュオヴェール 大濠公園」
 トップヒットした公式ページを表示すると、物件コンセプトが目に飛び込んできた。
「はたらく女性のための都市型コンパクトマンション」
 ……この出会い、運命かも?
 好きな人に初めてメールを送るような上ずった気分で、モデルルームの「来場予約」ボタンをタップした。

to be continued…

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