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アヴァンティでは「27歳」を人生のひとつのターニングポイントと捉えています。社会人になって数年、自分の人生はこれでいいのか、もっと他の道がないのかと模索の真っ最中。この頃、悩んだり、一生懸命何かをしたことが、その後の人生につながっていると仮定して、福岡で活躍する女性たちに「私が27歳の頃」をテーマにインタビューしています。

 

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松岡恭子さん / 建築界の未来を見据えて。社会へコミットする使命。

松岡恭子さん
まつおかきょうこさん/福岡市出身。九州大学工学部建築学科卒業後、東京都立大学大学院修士課程、コロンビア大学大学院修士課程修了。92年ニューヨークで『マツオカ・ワン・アーキテクツ』を設立し、アメリカ、日本、台湾で活動。2000年より福岡に拠点を移し、02年『スピングラス・アーキテクツ』に改称。07年には、東京電機大学未来科学部建築学科准教授就任。05年グッドデザイン賞、08年福岡県文化賞などを受賞。

(左写真)「いつ飛行機が落ちて死んでもいいです」と笑う彼女には、自分の人生に少しの後悔も見られない。2003年に竣工した大名の商業ビルにて。

松岡恭子さんには、第14回アヴァンティ福岡トークライブにパネリストとしてご登場いただきます。
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建築界の未来を見据えて。社会へコミットする使命。

 建築家・松岡恭子は言う。「建築は総合芸術であり、社会性の高い学問だ」と。
 新北九州空港連絡橋、大名の商業施設、福岡アイランドシティ中央公園の中の休憩施設など、彼女の手がけた建築物を街で目にする機会は多い。そんな彼女にここ数年で新たな使命が加わった。それは建築家としての声を社会へ発すること。海外にも及ぶ各地での講演やイベントの運営、そして教育。「建築の分野から社会へどのようにコミットしていくか」が彼女の最大のテーマだ。

林田 七恵さん / とことん考え抜く、そこに答えが見つかる。

林田 七恵さん
はやしだ ななえさん/株式会社JIMOS執行役員。東京都生まれ。立教大学法学部卒業後、新卒採用で東京の企業に就職をするも、福岡の企業へ転職。その会社のメンバー小村富士夫氏と仲間とともに1998年株式会社JIMOSを設立。2004年にJASDAQへ上場を果たし、急成長を支える屋台骨でもある。

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「20代の頃、お手本のない業務に終われる中、毎月届くアヴァンティのこの記事を読んで勇気をもらっていたんです」と明かしてくれた。

とことん考え抜く、そこに答えが見つかる。

 消費者は、正直だ。
 だからこそ本当にいい商品は売れ、そうでないものは淘汰される。創業6年目で年商100億円を突破し、多くの女性から支持される『株式会社JIMOS』。創業メンバーの一人、執行役員林田七恵さんをたずねた。

 東京と福岡を行き来する多忙さにも関わらず疲れを感じさせない柔和な笑顔の持ち主。彼女の雰囲気に、大手通販会社の役員と聞いて硬くなっていた肩の力がほろっと抜ける。

渕田 直美さん / 仲間とともに育み、女性がきらりと輝けるステージを。

渕田 直美さん

渕田 直美さん
ふちだ なおみさん/高校卒業後、NTTに入社。現在、NTT西日本九州事業本部で営業戦略を担当。ワークライフバランスの実現や、女性のスキルアップを目的として社内に結成された『VIC(ビック)』に所属し、精力的に活動中。今年で勤続25年目。2児の母でもある。

(写真)
会社の上司や同僚など理解してくれる周囲の人には、常に感謝の気持ちを忘れない。特に両親には感謝しているそう。

仲間とともに育み、
女性がきらりと輝けるステージを。

「VICはともに成長するために、ひらめき思ったことをストレートに口にできる雰囲気。その人自身やその人が置かれている環境を考え、よりよくなると思えば、相手にはっきりと言葉をぶつけることもあります。お互い刺激しあえる、すてきな仲間なんですよ」。

『Value Increase Committee』、通称ビックと呼ばれるこの社内組織は、NTT西日本グループの女性社員31人からなる “価値向上委員会”。社員が働きやすい環境づくりと、仲間とともにスキルアップを目指す。渕田さんは、そのVICメンバーの一員だ。

井上るみさん / 「男女が共に」を押し付けるのではなく、共感してもらえるように

井上るみさん

井上 るみさん
いのうえ るみさん/大学卒業後、福岡市役所に入庁。区役所市民税課を皮切りに、26歳で総務局人事部人事課へ異動。その後、監査事務局へ異動し、30歳で結婚。民生局保険年金課年金係長、総務企画局人事部人事課管理係長、(財)福岡市市民福祉サービス公社総務課長、保健福祉局子ども部子ども企画課初代課長、こども未来局こども部長、早良区保健福祉センター副所長(福祉事務所長)など、数々の役職を歴任。2010年4月、福岡市市民局男女共同参画部長兼福岡市男女共同参画推進センター・アミカス館長に就任。2人の子どもを持つ働くママでもある。

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「新しい部署に来たからには、そこでがんばりたい。仕事は楽しく前向きに、がモットーです」と柔らかなまなざしで語ってくれた井上さん。

「男女が共に」を押し付けるのではなく、共感してもらえるように

「どうして公務員を選んだの?」との問いに、採用試験の面接で井上るみさんは、こう答えた。「男性も女性も関係なく、一緒に働ける場所だから」。あれから約30年。彼女は今、男女が共に力を発揮する社会の実現を目指す福岡市男女共同参画推進センター・アミカスの館長だ。「でも『男女が平等であれ!』というのを押しつけがましく標榜しようとは思っていないんです」とほほ笑んで話す井上さん。これまでの半生を、穏やかに語り始めた。

堤 かなめさん / 強い信念が、希望を実現へ導いてくれる。

堤 かなめさん

堤 かなめさん
つつみ かなめさん/福岡県育ち。九州大学英文科卒業、KDD国際電信電話株式会社勤務を経て、九州大学大学院で社会学を学ぶ。専門学校、短期大学の非常勤講師を経て、1993年?2005年九州国際大学、2005年?2008年九州女子大学教授として教鞭をとる。またアジア女性センター、NPO法人福岡ジェンダー研究所を友人たちと立ち上げるなど、社会活動も行う。2006年にはフェアトレードカフェアニパニをオープンする。
http://www.kaname2010.org/

(写真左)柔らかい堤さんの雰囲気から想像もできないほど、強い信念が彼女を突き動かしている。

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強い信念が、希望を実現へ導いてくれる。
 昨年、18年ぶりに復活した「ゼロゼロワンダフル」の名CMで馴染みのある企業、国際電話のKDD(現KDDI)に、福岡育ちの堤かなめさんは就職し、上京した。
「学んだ英語が活かせる仕事がしたくて」と選んだ仕事だったが、女性社員が担当するのはコールセンターの仕事。このままでいいのかな、と感じながらも真面目に仕事に取り組み、入社3年後に業務成績優良賞を受賞した。その後、社史編纂プロジェクトメンバーに抜擢される。その社史の編纂の功績により、KDD社長賞を受賞した。「がんばっていたら、誰かが見ていてくれる、そう感じられてうれしかったです。このプロジェクトで社会調査や、取材インタビュー、編集を体験し、社会学って面白そう! もっと学んでみたい! と感じていました」。

中野 幹子さん / 「自分が納得できる自分」でいたい。

中野 幹子さん

中野 幹子さん
なかの みきこさん/九州旅客鉄道株式会社(JR九州)営業部販売二課課長。北九州市黒崎出身。お茶の水女子大学卒業後、1991年にJR九州入社。1996年にはJRで初めて採用されたMBA制度を利用し、アメリカ合衆国へ留学、大学院で経営管理学を学ぶ。帰国後、社内結婚、出産。一年の育児休業を取得後、復帰。昨年に現職へ。

「自分が納得できる自分」でいたい。

 女子大を卒業し飛び込んだのは、国鉄から民営化して数年後の「ザ・男社会」。幼いころから愛着のあった汽車を走らせる企業『JR九州』だった。約1万4000人の社員中、当時女性社員は140人いたかどうか。わずか1%程度、それも総合職での採用だった。

古沢 なお子さん / その先にある喜びを知っていれば、どんな逆境も楽しめる。

古沢 なお子さん
ふるさわ なおこさん/1948年生まれ。福岡県出身。66年『全日本空輸株式会社』に入社。結婚を機に退職、専業主婦となる。81年タイへ移住し、13年半の間『マンダリン・オリエンタル・バンコク』に勤務。99年母親の介護のため日本に帰国。その後タイシルク&コットンのブティック『NAO Oriental』をオープンさせ、今年で10年目をむかえる。

(写真)経験がまったくなかったホテル業界で活躍できたのは、全日空での経験があったからと語る。

その先にある喜びを知っていれば、どんな逆境も楽しめる。

「つらかったこともあったでしょうけど、ほとんど覚えていないんですよ」。
 約13年半の間、平均睡眠4時間の生活。今から10年前まで、古沢なお子さんは、タイ・バンコクのオリエンタルホテルで働いていた。日本人ではじめての営業部長だった。
 結婚後二人の子どもに恵まれ、タイへ移住。夫の家族と同居するが、そこに待っていたのは、何一つすることのない優雅な生活。そんなある日、退屈で仕方なかった古沢さんの元へ「ホテルで働かないか」と1本の電話が入る。家族に秘密で、すぐにそのホテルへと向かった。

星野幸代さん/頂いた支援と感謝を、今必要としている人のもとへ。

星野幸代さん
Profile/国連ハビタット福岡本部の本部長補佐官兼イラク担当専門官。1963年生まれ。日本郵船に就職後、結婚。その後アメリカの政府機関に携わり、25歳のときに東京で外資系の大手投資銀行『モルガン・スタンレー』に転職。32歳のときに阪神淡路大震災を経験。それをきっかけに神戸大学大学院にて都市政策を学び、卒業。2004年より現職。

(写真左)明快に取材に応じてくれた星野さん。「災害、貧困など自分の力ではどうにもならないような事態に苦しんでいる方は多い。私の手でよければいくらでも貸したい」と、強い眼差しで語ってくれた。

頂いた支援と感謝を、今必要としている人のもとへ。

 東京にある外資系の大手投資銀行で、一般職をしていた27歳のころ。アメリカ人の上司から、告げられた。「君は明日から、プロフェッショナル(総合職)だ」。何の予告もなく、明日から専門職だと言われ驚く星野さんに、上司はこう理由を述べた。「ノンプロフェッショナル(一般職)の仕事は、当社の規定では上司の指示による仕事が50〜60%以上の場合をいう。自分の采配で行う仕事が50%を超えたとき、その人はプロフェッショナルだ。既に、私から君に指示することはもう何もないだろう?」。上司は彼女の手腕を見抜いていたのだ。新しい部署で、広報マネージャーとして責務を全うする日々。外資系での成果主義に厳しさを感じる反面、「自分の裁量でどこまででも可能性が広がる」と、やりがいを感じていた。充実を感じていた33歳のとき、転機は訪れた。

権藤光枝さん / 大切な子どものことだから、保育の“質”は妥協できない。

権藤光枝さん

権藤光枝さん
Profile/有限会社ブランチェス代表取締役。24時間保育所 リトルワールド園長。1973年生まれ。2000年、福岡市南区横手に保育園(現在の井尻園の前身)を開園。2008年に博多ぎおん園、2006年に箱崎園を開園し、現在、3園を運営。今後、福岡市内の各区に1園ずつ設置する展開計画がある。2009年、全国商工会議所女性連合会が主催する第8回女性起業家大賞で、最優秀賞:日本商工会議所会頭賞を受賞。

(写真)起業当初、あまり自覚はなかったが、今と比べると、人のマネジメントでかなり神経をすり減らしていたという権藤さん。やはり企業は人なりだ。

大切な子どものことだから、保育の“質”は妥協できない。

 権藤光枝さんは現在、「リトルワールド」という保育園を福岡市内の井尻、箱崎、祇園の3カ所で運営している。

 最初の保育園を作ったのは24歳の時。12年前のことだ。20歳で出産し、21歳で離婚。シングルマザーとして娘を育てながらの起業だった。

「離婚後、働くためには子どもを保育園に預けなければならないのですが、初めて認可外保育園に行って感じたのが、狭いな、暗いな、ということでした。もし、自分で保育園をすれば、もっといい環境を与えられるし、子どもとも一緒にいられると思ったのがきっかけです」。

 起業までの2年間、昼間は美容師として、夜は飲食店で働き、開業資金数百万円を貯めた。まさに「母は強し」だが、幼いうちから長時間人に託される子を心配し、不憫に思う心は、起業の起爆剤になってもおかしくないほど大きい。それは親ならば誰もがもっている情愛の重みだろう。権藤さんの作る保育園は、その重みをそらさず受け取ろうとする。自分だったらどんなところに預けたいか、どんなサービスがあったら便利か。そんなユーザー視点が常に基点になる。

池内比呂子さん / 相手が今、必要としていることから、ビジネスは生まれる。

池内比呂子さん

池内比呂子さん
いけうち ひろこさん / Profile1959年、長崎県出身。地元の短期大学卒業後、輸入品販売会社に入社し、85年の結婚を経て89年退社。94年に友人とともに弁当給食会社を共同経営。99年、「働く女性のライフステージを応援したい」をコンセプトに、家庭総合サービス『グレース福岡』を設立、大手保育事業会社のフランチャイズとなる。その後、独立。05年には『(株)テノ.コーポレーション』に改称。家事・育児の派遣サービスを始め、保育施設の委託運営など、様々な育児支援コンサルティングを展開している。

[左写真]「自分を成長させるためには、まずは『こうなりたい』と思える人を見つけること」と教えてくれた池内さん。彼女自身も「人は人に育てられる」ことを肌で感じながら起業家の道を歩んできたそう。

相手が今、必要としていることから、ビジネスは生まれる。

社会の「子育て支援」気運にのって、ぐんぐんと業績を伸ばし、創業10年目にして8億円もの売上に届こうとしている起業家がいる。そんな彼女の最初のチャレンジは、なんと小さな “お弁当屋さん” だった。『(株)テノ.コーポレーション』代表取締役社長、池内比呂子さん。「お弁当屋さんをやってみて初めて、ビジネスっておもしろい! と感じました。でもビジネスをやり続けるなら、将来ずっとニーズのあることがやりたいって気づいたんです」。池内さんの、起業家としてのスタートラインは「これから、必要とされることをやりたい」という思いだった。

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2010/8/30 トップ

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