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アヴァンティでは「27歳」を人生のひとつのターニングポイントと捉えています。社会人になって数年、自分の人生はこれでいいのか、もっと他の道がないのかと模索の真っ最中。この頃、悩んだり、一生懸命何かをしたことが、その後の人生につながっていると仮定して、福岡で活躍する女性たちに「私が27歳の頃」をテーマにインタビューしています。

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大谷 由里子さん / 「人の可能性伸ばしたい」 35歳で目標設定。

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大谷 由里子さん
有限会社志縁塾 代表
元吉本興業株式会社プロデューサー

おおたにゆりこ/奈良県生まれ。85年吉本興業株式会社に入社後、故・横山やすしのマネージャーを務め、宮川大助・花子、若井こずえ・みどりを売り出す。結婚のため会社を辞め、90年にフリーのプロデューサーとして独立。その後企画会社を設立し、吉本興業とジョイントで「よしもとリーダーズカレッジ」を立ち上げる。現在はフリーで地域活性、人材活性、企業活性のプロデュースを務める。著書に「オンナのキメッ言葉」(全日出版)、「元気セラピー」(KKロングセラーズ)などがある。
 どの写真を見ても笑っている。公式ホームページの中でも、今までに取材を受けたマスコミの掲載誌面を見ても、どれもこれも全開で笑っている。元吉本興業勤務、故・横山やすしさんのマネージャーという異色な肩書きを持つ大谷由里子さん。実際にお会いした彼女は、写真のままの快活な笑顔で、相手の目をまっすぐに見て語りかけてくる、柔らかい雰囲気の人だった。

がむしゃらだった吉本の3年間。

 就職は最初から吉本興業を希望していたわけではなかった。就職活動でいろんな企業を受けても、ことごとく全滅。このままではマズイと焦る中、「会社を受けたこともネタになるし」と吉本の面接を受けてみるとなんと内定。おもしろそうだ、とそのまま入社を決める。
 だがそれからの3年間は、大谷さんにとって人生の核となるほど密度の濃い、必死な時間だった。最初は「ハズレ社員」と呼ばれるくらいに失敗を繰り返しながらも、徐々に横山やすしさんの信頼を得ていったし、当時はまだ売れていなかった宮川大助・花子を売り出して表舞台に乗せた。「とにかく夢中でがむしゃらだった。吉本の3年間で、人生ほとんどのことを教わった気がします」。その後結婚して吉本を退職、翌年出産。さらにその次の年にはフリーのイベントプロデューサーとして独立し、仕事を再開する。
 自分の中でやりたいことがはっきり見えたのは35歳の時。吉本興業とジョイントで「よしもとリーダーズカレッジ」を立ち上げ、“笑いと元気に溢れるリーダー”の育成を始めた頃だった。人を応援したり育てるのは好きだと思えた。そんな時、コーチングに出会う。人を「応援して、引き出して、やる気や能力を伸ばす」というコーチングの考え方は、大谷さんがマネージャー時代に、横山やすしさんを始めとする芸人たちに気持ちよく仕事をしてもらい、やる気をだしてもらうために実践していたことと同じ。「自分のやりたいことはこれだ!」と早速理論を学んで正式なコーチの資格を取得した。その後はマネージャーの経験を活かした「吉本流コーチング」などのオリジナル・プログラムを作り、実践につなげていった。研修や講演依頼は年々増え、今や年間250を越えている。

幸せになりたい人が、幸せになれる。

 大谷さんの公式ホームぺージ「ケセラセラ」には、所属の会社「志縁塾」の社員や講師、彼らの出会った人々が登場し、思い思いにコラムや日記を書き綴る。自分ばっかりいろいろ語るよりも、他の人も参加したほうが楽しいじゃない、というのがその理由だ。“楽しさ”を作り出し、それを周囲と共有するのが大谷さんスタイルのようだ。「でもまず、自分が幸せになることに力を注がなきゃね。幸せになりたい人しか、幸せにはなれないよ。自分で売れたいと思うタレントしか売れないのと一緒。それに自分が幸せでなければ、人を幸せにすることなんてできない」。願い続けること、それに向かって歩き続けた答えが、今の大谷さんの笑顔なのかもしれない。
 今月10月20日、イムズホールで行われるアヴァンティ恒例のトークライブには、大谷さんをメインゲストとしてお迎えする。今年のテーマは「その時、何を捨てましたか?」。人生の節目に決断したことは何か。その時に何を思ったか。何を失い、何を得たのか…この続きは、トークライブの会場にて。
▼トークライブの詳細、お申し込みはこちら
http://www.e-avanti.com/fukuoka/talk/

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