アヴァンティでは「27歳」を人生のひとつのターニングポイントと捉えています。社会人になって数年、自分の人生はこれでいいのか、もっと他の道がないのかと模索の真っ最中。この頃、悩んだり、一生懸命何かをしたことが、その後の人生につながっていると仮定して、福岡で活躍する女性たちに「私が27歳の頃」をテーマにインタビューしています。 |
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村仲 ともみ さん / 飾らず、真っ直ぐに。自分の感覚にまかせて生きていけばいい。

村仲 ともみ さん
むらなかともみ / 熊本県人吉市出身のタレント。1989年10月にデビューし、KBCテレビの深夜番組「ドォーモ」にキャスター兼レポーターとして出演。福岡を代表するグルメリポーターとしても知られ、グルメ本「TOMOGUI」を出版した。現在は同局の「気ままにLB」やCMなどにも出演している。
(写真)「その時々で起きた変化を受け入れながら、マイペースに生きていきたい」という村仲さん。柔らかで清楚な笑顔が印象的だった。
「ずっと向いていないって思っていました」。
思わずドキリとする言葉を笑み交じりに話すのは、福岡でローカルタレントとして活躍している村仲ともみさん。今年でデビュー20年目を迎える、福岡を代表するタレントだ。テレビで見る時もそうだが、実際に会ってみても、その柔らかで清楚な笑顔に見とれてしまう。ただ、どこか凛としたものを感じるのはなぜだろう。
今の“村仲ともみ”をつくりあげたもの。
彼女がテレビの世界へ入ることになったのは、20歳の秋。「忘れもしません。いきなり、10月11日に知人から“今からKBCに来てもらえないか”と電話があったんです」。とりあえずKBCテレビには行ったが、オーディションとは聞かされていなかったのだ。そうして合格した彼女に、早速“30日から始まるテレビに出てほしい”という話がくる。「なぜか“やってみよう!”という気持ちになったんです。今考えると、人生どこで何が起きるか分からないとつくづく思います。“すべてのレールはひかれていないけれど、要所要所で進む道は決められているのかな?”とも感じますね」。
こうして、真っ白の状態で入ったテレビの世界。もちろん、楽ではなかった。「自分が伝えたいことが、言葉になって出てこないんです。それで落ち込んで、今度は表情に出てしまう。もう辛くて、4年くらいは辞めたいと思っていましたね。でもそんな時、一緒に番組を作っていた人たちが“素のままでいいんだよ、ともみはともみのままでいいから”と言ってくれたんです」。その言葉に救われて“今の自分”があるという。
「下手でもいいから、とにかく思ったこと、感じたことをそのまま自分の言葉で伝えようと思うようになりました」。それから約9年半、「ドォーモ」のキャスター兼レポーターとして、福岡の人たちに広く知られることになる。
結婚で揺れた27歳、将来に悩んだ30代。
忙しく働いていた村仲さんは、27歳の時、当時付き合っていた彼との“結婚”に揺れた。ただその時は、“結婚後は仕事を辞める”ものと考えていたから、仕事がおもしろくなり、やりがいを感じていく中で、真剣に向き合うのは先延ばしにせざるをえなかった。「それで、お互いに結婚したい時期がずれてしまったみたい。あの時あんなに結婚したいと思ったのに、“しない”という選択をしてよかったと思えるのは、きっと2人に縁がなかったから」。懐かしむでもなく、後悔するでもなく言い切った。
そうして迎えた30代。漠然と“30代は節目の年”と考えていた彼女は、思い切って仕事を整理することに。それまで抱えていた仕事を“整理する”のは勇気がいったが、「今決断しないといけない」と覚悟を決めた。すると、今度は経験したことのない新しい仕事が入ってくるようになる。「中継など今までやった事のない仕事を経験できて、うれしかったです。一応台本はあるんですが、スタッフの方も“自分の言葉で話してもいいですよ”って言ってくれるんです。これからも、私は私。感じたままを表現する“感覚の人”でありたいですね」。
デビューしてこれまで、タレント事務所に所属することなくフリーでやってきたという彼女は「大変な事もあるけれど、今まで一緒に仕事をやってきた人たちに支えられて、これまでやってこれた。本当に感謝です」と話す。“媚びず、へつらわず、思ったことを真っ直ぐに伝える”。彼女の素顔に触れると、飾らない真っ直ぐな姿勢は心に届く。そんなあたりまえのことを思った。

2・3.迷い、悩んでいた22歳の頃。「難しい表現じゃなくていいから、とにかく自分の言葉で伝えたい!」と必死だった。









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