待望の第2弾 発売中!

「もう明日から迷わない」
悩み、迷った「27歳」を越えて、"輝く今"を手に入れた先輩ワーキングウーマンたちが贈る、自分探しの鍵&未来を変えるヒント待望の第2弾。
最後のページに辿りついた時、あなたの迷路のゴールがみえる。


この本は迷いの突破口になる!

「自分は何に向いているのだろう」
「私、このままでいいんだろうか」
「なぜかバカヤロー! と言ってしまいたくなる」



27歳の迷路
脱出の手引き書 vol2
1,200円(税別)ファウプ刊


 アヴァンティには、読者のみなさんからのいろんな悩みが寄せられています。どこか自分の将来に期待しながら、時にあきらめ、時に希望に胸を膨らませ…。不安と期待と迷いが入り交じり葛藤する日々。

 この本のなかには福岡で活躍する16人の女性が登場します。会社を作った人、企業のなかで男性社会の重圧を感じながら自分の道を突き進んでいる人、自分の好きなことでフリーで活躍している人。年齢も分野もさまざまです。今でこそ輝かしい成功を手に入れたように見える彼女たちにも迷いの時期はあったのです。もちろん今だって試行錯誤の日々かもしれません。

 彼女たちの歩んできた真摯な人生。活字でどれだけ伝えきれているのか分かりませんが。あなたの心にしっくりくる言葉がこの本のどこかにきっとみつかるはず。


■販売書店
●積文館書店(新天町) ●丸善 (福ビル) ●ヴィレッジヴァンガード(天神ビブレ)●紀伊国屋書店(博多駅交通センター) ●りーぶる天神 (ショッパーズ) ●ブックスキューブリック(赤坂)●ジュンク堂書店(天神)

『27歳の迷路 脱出の手引書』
1,200円(税別)  ファウプ刊
第1弾も好評発売中




福岡で活躍する16人の
先輩ワーキングウーマンの「27歳」の頃を紹介


コラムニスト(「トコトコ倶楽部」主宰)

「大きくなったらお見合いして、結婚して、子どもを産む。女の子はお勤めなんてしなくていいのよ」。幼い頃から聞かされていた言葉を疑うことなく結婚し、子どもを2人抱えて育児に邁進していた27歳の頃。しかし、それは、妻として母として燃え尽きた10年間の始まりに過ぎない。

1959年北九州市生まれ

22歳 お見合い。大学卒業
23歳 結婚
24歳 長男出産
26歳 次男出産
30歳 ミニコミ誌の原形となる手紙を書き始める
35歳 ミニコミ紙の発行が月100部に
37歳 『スーパーごりょんさんの博多ちゃっちゃくちゃら』(葦書房)を出版。離婚
現在、コラムニストとして、新聞、TV、ラジオなど多方面で活躍

現在42歳


画家 美術家
「27歳は激しい季節」と語る田部さん。その時のエピソードをと尋ねると、「あまり言うとイカンからねぇ。ダンスもした、映画もたくさん観た、恋もした。好奇心いっぱいで行動したけど、飽きるのも早かったな。飽きないのは絵だけかな。やっぱりさぁ……」。

1933年旧・台湾生まれ

20歳 岩田屋百貨店(福岡市)入社。絵画部にて本格的にデッサンを学ぶ
26歳 結婚
27歳 「魚族の怒り」で西日本洋画新人秀作展金賞を受賞
28歳 長男出産
33歳 次男出産
55歳 「主婦定年退職」宣言
61歳 ニューヨーク第1回個展開催。これを機に毎年開催
66歳 福岡市文化賞受賞
著書に『着信人払い地球郵便局』(葦書房)、『夢却の人』(藤原書店)、『受胎藝術』(花書院)、『二千年の林檎』(西日本新聞社、2001年10月)がある

現在67歳

秘書(「テレビ西日本(TNC)」)
本社が北九州から福岡に移転して間もない頃。現場の秘書が2人から1人になり、慌しい日々を過ごすことに。「でもあの頃は本当に楽しかったわ」と当時を振り返る大庭さん。26歳から27歳にかけてのことだった。ここから10年間続いた「一人舞台」こそが、大庭さんに仕事は本当に楽しいものだと教えてくれた貴重な時間だった。

1948年北九州市生まれ

21歳 テレビ西日本に入社
26歳 本社の移転に伴い福岡へ
31歳 短大・専門学校秘書科での講師依頼を受ける

現在53歳

バレリーナ
イギリスの世界的なバレエ名門、スコティッシュバレエ団のスタジオで、ディレクターは1人の日本人ダンサーを紹介した。団員たちは、次の公演でゲストとして主役を踊るという、小柄なその女性を冷ややかな目で眺めていた――下村由理恵さん、27歳。人生で最も緊張した忘れがたい一幕の始まりだった。

1965年福岡市生まれ

9歳 バレエを始める
15歳 第4回モスクワ国際バレエコンクールで最年少でジュニア部門銀メダル受賞
16歳 上京。小林紀子バレエアカデミーに入団
20歳 フリーダンサーとなる
21歳 結婚
26歳 文化庁派遣在外研修員として渡英
27歳 スコティッシュバレエ団のゲストプリンシパルになる
33歳 同バレエ団永久ゲストアーティストになる

現在36歳

会社経営(「べガ」代表取締役)
浜野さん27歳の時、自らが起業した「ファンデーションクリニック」が急発展を遂げる。若い女性起業家が珍しかったのか、テレビや雑誌の取材がひきもきらず、マスコミの力も追い風になった。仕事に打ち込みすぎて、過労で倒れ、20日以上の入院生活を送ったのも、この頃である。

1965年福岡市生まれ

25歳 「べガ」起業。福岡市中央区薬院に「ファンデーションクリニック べガ」オープン
27歳 化粧部門を福岡市早良区百道浜に設立
30歳 2カ月にわたり世界一周旅行
31歳 メキシコの環境NGO植樹プロジェクトに参加
32歳 薬院にアロマトリートメントサロンをオープン
34歳 薬院と百道浜のべガを合併。百道浜にアロマトリートメントサロンとセレクトショップをオープン
35歳 百道浜にビューティスタジオをオープン

現在35歳

広告会社社員(「電通九州」統轄本部)
酒井さんにとって一番苦しかった迷路は、まさに27歳の頃。入社8年目にして、異動の命を受け赴任。変化した環境の中で、自分のペースをつかめず仕事への充実感も失ってストレスの渦中にいた。会社と自分の思いとのすれ違いに疲れきり、ついに体調を崩すまでに。迷路の出口へとのびる光の筋をどうつかんだのだろうか。

1957年北九州市生まれ

18歳 高校卒業後、「電通」入社。北九州支局総務課配属
26歳 福岡支社会計部に異動
28歳 媒体局ラジオ・テレビ部へ異動
32歳 営業局へ異動
35歳 セールスプロモーション部へ異動
37歳 総務部へ異動。結婚
40歳 出産

現在43歳

市議会議員(春日市議会議員)
中学校の英語教員となり5年。「自分の一生の仕事は教員」と決心した27歳の頃。プロとしてさらに腕を磨きたいと、精力的に研究会や学習会への参加を始める。と同時に「女だからこそ、きつい仕事から逃げたくない!」という気負いも感じていたという。

1953年北九州市生まれ

23歳 英語教員として就職
28歳 結婚
37歳 教育公務員退職。春日市議会議員当選
39歳 春日市議会議員2期目当選
45歳 春日市議会議員3期目当選

現在48歳

生活デザイナー(アトリエ「宿根草.」主宰)
「自分を表現できる場が欲しい」と前職を辞めてから数カ月。ほんの「つなぎ」のつもりだった百貨店の仕事は意外におもしろく、いつしか上層部の間でも梅崎さんの仕事ぶりは評判となっていく。27歳の頃、ようやく梅崎さんは自分の居場所を見つけたのだった。

1959年福岡市生まれ

20歳 アパレルメーカーに入社。服飾デザイナーとして勤務
26歳 福岡の大手百貨店にパートタイマーとして勤務(後に正社員)クラフトコーナーの担当となる
32歳 結婚退社後、夫のいる大阪へ
34歳 離婚して帰福後、フリーでコーディネーターなどの活動開始
36歳 アトリエ「宿根草.」を主宰

現在42歳

ジュエリーデザイナー(オフィス「GLAMOUR」主宰)
夜中まで続く打ち合わせ、新規クライアントの開拓……。広告会社の社員として、社会の厳しさにもまれていた27歳の頃。「広告の仕事はそれなりに楽しいけれど、だからといって一生は続けられない。私にはもっと向いているものがあるんじゃないか」と思い始め、「自分の好きなこと」を追求し始める。

1965年北九州市生まれ

22歳 アパレルメーカーの営業として入社
25歳 広告会社へ転職。ディレクターとなる
29歳 宝飾の学校でジュエリーの制作デザインを学び始める
33歳 オフィス「GLAMOUR」開業

現在36歳

SOHO事業主(「YM-net」代表)
バブル期まっさかりで迎えた27歳の頃。事業の急成長を目の当たりにする田中さんを突然襲った「父の死」。「あまり記憶がない」というほどさまざまなことが行き交い、「大きく気分転換をしたい」と感じ始める。結局6年勤めた会社を退職するが、「悩み抜いた結果じゃない。自分がしたいことを実行しただけ」。田中さんらしい転機の迎え方だった。

1961年飯塚市生まれ

22歳 大学卒業後、アパレル関係へ就職
23歳 結婚
26歳 父死去
27歳 退職。九州経済調査協会にてパートなど
30歳 第一子妊娠と同時に自宅静養
31歳 長男出産
33歳 長女出産
37歳 「YM-net」設立

現在40歳

ディレクター(「麻生総研」)
27歳の時、パートナーの転勤で名古屋へ。金融機関で法人営業の仕事に携わるが、実はこの時が初めての就職だった。フリーランスからサラリーマンに転じ、「自由で自立した組織人」を目指すことになる。政府派遣でヨーロッパ視察旅行に行ったのも、27歳の時である。

1958年三重県生まれ

20歳 アメリカに1年間留学
22歳 フリーランス・コミュニケータ(通訳・翻訳・DJなど)
23歳 結婚。石川県へ転居し、専業主婦に
27歳 名古屋へ転居。金融機関で法人営業
30歳 退職。アメリカ・イリノイ大学にMBA留学
32歳 帰国後、東京で、コンサルティング会社勤務
36歳 福岡に転居。「麻生グループ」でコンサルティング職に就く
41歳 「麻生総研」立ち上げに参加

現在42歳

会社役員(「福砂屋商事」常務取締役)
東京で生まれ、学生時代の恋を実らせ嫁いだ先は400年の歴史を持つ長崎の老舗。毎日の食事にも紅葉や笹の葉など季節のものをしつらえ、料理と器が合わないものなら、即やり直し。伝統としきたりを叩きこまれた修業時代を経て夫と2人、福岡出店を任された27歳の頃。新天地での無我夢中の基盤づくりが始まろうとしていた。

1956年東京都生まれ

20歳 大学卒業後、父親の会社へ入社
24歳 結婚のため長崎へ
27歳 夫と共に、「福砂屋」福岡支店開設にともない福岡へ
36歳 西通りに直輸入雑貨店「イーオンコレクション」オープン
40歳 ひとり商社「オフィスイーオン」で世界中を飛びまわる
45歳 世界水泳福岡大会で異例の世界水泳連盟イタリア理事からの直接オファーで私設通訳を務める

現在45歳

弁護士(「湯川法律事務所」)
湯川さんが選んだ職業は「弁護士」。司法試験に合格したのがちょうど27歳の時。2年間の司法修習の後、弁護士に。女性は家庭に入るのが当然といわれた時代に「九州初の女性弁護士」として道なき道を歩んできた。福岡から始まった、湯川さんの弁護士人生は果たして……。

1927年熊本市生まれ

24歳 中央大学卒業
27歳 司法試験に合格
29歳 「湯川法律事務所」開業
近著に『二〇年目の返済』(薫風社)ほか4冊の著書がある

現在74歳

パン屋経営(「ル・パン・リュストー」取締役)
長男出産と共に迎えた27歳。しかし翌年、不慮の事故でその子を亡くしてしまう。悲しみに心を痛めながらも、新天地での「個・今村かほる」のネットワークをつくろうと、人脈を築いていく。自ら切り開いていった人の輪だが、振り返ってみれば、その後の開業時にお世話になった人のほとんどが、この時出会った人たちばかりだった。

1954年東京都生まれ

22歳 パリ大学日仏同時通訳養成科を経て、フリーの通訳として活動。結婚
25歳 長女出産
26歳 夫の転勤で福岡へ
27歳 長男出産
29歳 次女出産
31歳 3女出産
38歳 「ル・パン・リュストー」開業

現在47歳

プロジェクトコンサルタント(「パデコ」)
トロント大学に留学中、異なる文化を持つ学生たちが当たり前のようにぶつかりあい、認めあっている姿を目にしてはっとした。一度は迷い、挫折しかけた道を、自分なりの切り口で貫いていた27歳の頃。「国際的な仕事をしたい」。カナダの空は、新たな道を田中さんに与えてくれた。

1965年東京都生まれ

25歳 筑波大学大学院博士課程芸術学研究科環境デザイン専攻 修士取得
26歳 カナダトロント大学大学院地理学部プランニングプログラム留学
28歳 筑波大学芸術学研究科準研究員。結婚
30歳 建設省土木研究所科学技術特別研究員・博士(デザイン学)取得
31歳 国際連合地域開発センター研究員
34歳 「パデコ」入社

現在36歳

会社役員(「ファウプ」取締役)
入社4年目、化粧品メーカーの九州チーフとして10人の部下を抱えていた。そんな時に上司から命じられた課題は「おまえのコピー(社員)をつくれ」。会社のトップまで昇りつめたいという気持ちと、自分の能力への不安。矛盾を感じながらも悶々と自分のあるべき姿を求め続けた清澄由美子さん、27歳の素顔。

1958年熊本県人吉市生まれ

23歳 化粧品メーカー入社
24歳 結婚
26歳 福岡支社女性管理者になる
29歳 東京本社へ転勤
30歳 第1子出産
33歳 第2子出産
34歳 化粧品メーカーに再就職
36歳 「ファウプ」に転職
41歳 「ファウプ」取締役に就任

現在43歳
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