
研究室訪問・今月の名物教授
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吉原雅子先生 / “言葉遣いのおかしさ”を解く「哲学」で、 あやふやにしない、論理的な話し方に変わる!
吉原雅子先生
九州大学 人文科学研究院 哲学部門 講師
栃木県出身。お茶の水女子大学大学院修了。個人の議論力を伸ばすため、学部では学生の興味のある事柄や身近な事件を例にあげ、それをもとに具体的に議論するという、実践的なスタイルを取り入れている。休日は屋外のイベントを見に行くのが楽しみというアクティブな先生だ。
【イベント情報】05/21 あやふやにしない、論理的な話し方に変わる!
誰かと話すとき、特に変わった言葉を使っているわけでもないのに「何を言っているのかわからない」と言われたことはない?わかりやすく、論理的に物事を話すにはどうしたらいいのだろう。そのポイントが「哲学」を学ぶことと関係しているらしい。そこで今月は、現代哲学を専門とされる吉原先生を訪ねた。
「哲学は古代ギリシャのアリストテレス、ソクラテスなどの歴史をさかのぼって学ぶのですが、思想の歴史を学ぶことと勘違いする人もいます。哲学は“この考え方でいいのかな?”“この言い方で正確かな”と正しいか正しくないかを“ずっと頭の中で考えていく”学問なんです。だから哲学を学ぶ過程は、議論の力を鍛える過程でもあるのです」と先生。
話し好きな人、集まれ! 「ことば」の意味を考えよう。
例えばAさんとCさんが、Bさんのことについて話している。Aさんは「Bさんは親切だと言われているけれど、そんなの嘘だ」と悪口を言い出す。そんなことないと否定するCさんに対し、Aさんは「Bさんは自分のために親切にしてる」と尚も続ける。周りに賞賛されることを期待するそぶりもないし、優しい人だよとCさんがBさんをかばうと、「それはBさんが、そういう優しい自分じゃないとイヤだからだ。そんな自分でいたいから、人に優しくして、自分の欲求の充足のために親切なだけ。他人を思って優しいからじゃない。結局は自分のためだ。本当に人のために何かをする人は世の中にはいない」とAさんは言う。それに対しCさんは「その言い方はおかしい。“〜のために”という表現は、どういう状況のとき使う言葉なのか知ってる?」と言葉を返していく。さぁ、哲学の始まりだ。「相手の言い分のどこかがおかしいと思い、何がどうおかしいのか、意見を述べ合うということなのです。それをつきつめていくと、結局は相手の言葉遣いに対する批判になる。相手の言葉使いの“どこが、おかしいんだろう?”と考える行為が、哲学の問題を解く事とまったく同じなんです」。その問いや議論に終わりや答えはあるのか? と尋ねる私たちに「答えがないと考えるなら“どうしてないと考えたか”について話すのです」。言葉の意味に敏感になり、徹底的に掘り下げて物事を捉える。そして言葉の中にある“おかしさ”を言語化する行為が、哲学をすることだと先生は言う。わたしたちの日常生活の中に哲学は存在しているのだ。
頭の中、フル回転!で、 クリアになる自分の思考。
論理性を高める“哲学”。「議論すること、哲学をすることは、“自分の間違いを指摘してください”と、話し合いながら答えを導き出す行為なんです。完璧じゃないこと、つっこまれることを楽しむのが議論=哲学の醍醐味なんですよ」と先生。“なぜ?”を常に考えることで曖昧だった言葉の遣い方や「こういうことを伝えたかった」という、自分自身の欲求や願望が“言葉”として明確になることは、“自分”というものを見つめることと同じなのだ。哲学をすることは、ただ考えるだけではなく、頭の中をクリアに整理できる作業だ。今回のゼミでは、自分の武器となる「言葉の遣い方」について学ぼう。他人を納得させる、明瞭で論理的な話し方に変わるヒントが満載だ。
2008年04月29日 14:50 | TrackBack
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