|
|
|
|
 |
|
日本文化って何だろう?
日本文化って何だろう? 「日本文化って何?」って聞かれたら何て答える? 一言で文化と言っても幅広く、その上日頃、どっぷりと浸かっている自国文化について語るのは難しい。その難問を優しく紐解きしてあげるのが文化人類学のお仕事。今回は”文化“について少しだけ紐解きしてみよう。
日本文化の特徴の1つに「長男が後を継ぎ、親の面倒をみる」という3世代同居の”家制度“がある。「一世帯当たりの平均人数」をみると東北では3世代同居で大家族の形が残っていることがわかるが、同じように古い文化が残っていそうな九州で意外な事実に辿りつく。鹿児島の「一世帯当たりの平均人数」はなんと2・0人。九州はもともと核家族の文化地域だったらしい。「結婚したら家を出る」という独自の慣習に従い、長男から順に結婚し家を出て行く。親の面倒をみるのは最後に家を出て行く末子である。「九州でも長男が後を継いでいるでしょ」という声も聞こえてきそうだが、それは明治に民法が出来てから。地域ごとにあった習慣を法律によって長子相続に全国統一したにすぎない。このように考えていくと、「〜は日本的」と思い込んでいた事が実は近年の制度から生まれた文化だということに気がつく。同じ国なのだから共通の文化を持っているという前提で考えるのがおかしく、「日本文化は地域文化の集合体で、その中の九州文化は…」と、説明してあげる方が的確である。では、次に文化のできた背景がわかると何が見えてくるのかについて考えてみよう。
”伝統文化“は守らなければならないか?
最近話題になった夫婦別姓の法案化。「伝統を無視すれば社会崩壊に繋がる」と非難する人もいたが、ここでは「伝統は守らなければならないのか?」ということについて考えていきたい。
現在のほぼ100%妻が夫の姓に改姓する制度ができたのは、明治時代。その前の江戸時代には、特定階級以外は姓なしの名前だった。もう少し歴史を遡った中世紀。日本史で有名な源頼朝。彼の妻はもちろん、北条政子。足利義政の妻は、日野富子・・・。北条政子の時代を”伝統“だとすれば、明治の民法は”伝統破り“である。どの時代を起点に定めるのかによって”伝統“の中身が変わってくる。少なくとも”伝統文化“を守りさえすれば、社会の平和が保てるわけではないことは明らかだ。
”伝統“というと何か厳かな、尊重していくべきものという印象を受ける。そのイメージに圧倒されて、現実を直視しなければ、本当の解決策が見つからないのではないだろうか。
文化人類学が紛争をなくす?
”伝統“と同じ重みを持つ言葉に”民族“がある。イデオロギーの時代から民族の時代であるといわれ、残念ながら世界各地で紛争が絶えない。守ることに聖なるイメージがある民族。しかし、”民族“という言葉が使われ出した背景を考えていくと、近代国家を作るためにナショナリズムが必要だったということがわかる。それ以前には民族紛争自体が存在しないのだ。出口がないと考えられている民族紛争も、”民族“以外の本当に原因となっていることを見つけ出すことが出来れば、解決も不可能ではないのかもしれない。
|
|
|
教授 中西 祐ニ 先生
福岡大学人文学部文化学科
|
|
|
| 横浜市出身。慶應義塾大学大学院社会学研究科修士課程修了。学生時代は勉強に関係ないことばかりに力を注いだという中西教授。大学3年生の時に和歌山県東牟婁郡古座町でのフィールドワークをきっかけに、研究のおもしろさを知りこの道に入る。もともとクリエーターを目指していたからか、とにかく話がおもしろい。まずは、ホームページをチェックしてみよう。
http://www.hum.fukuoka-u.ac.jp/~yujinaka/
|
|
第84回アヴァンティゼミ
2000年12月5日(火)
講 師
福岡大学人文学部人文学科
教授 中西 裕二 先生
テーマ
日本の「伝統文化」と家族
参加費 2,000円
(クラブ会員1,500円)
|
|