河邊 政恵さん
株式会社リバー不動産代表取締役社長。1964年、門司区生まれの門司区育ち。銀行勤務を経て(株)リバー不動産入社。2004年に社長就任、現在に至る。クラシック音楽やオペラをこよなく愛す。(社)北九州中小企業経営者協会会員、北九州市基本構想審議会委員、北九州にぎわいづくり懇話会委員、第9期北九州ミズ21委員会委員長ほか。
愛犬グレースと一緒に私たちを迎えてくれた河邊さんは、北九州市で不動産業を営む『(株)リバー不動産』の社長。朗らかで明るい笑顔が素敵な女性だ。
アヴァンティでは「27歳」を人生のひとつのターニングポイントと捉えています。社会人になって数年、自分の人生はこれでいいのか、もっと他の道がないのかと模索の真っ最中。この頃、悩んだり、一生懸命何かをしたことが、その後の人生につながっていると仮定して、福岡で活躍する女性たちに「私が27歳の頃」をテーマにインタビューしています。 |
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河邊 政恵さん
株式会社リバー不動産代表取締役社長。1964年、門司区生まれの門司区育ち。銀行勤務を経て(株)リバー不動産入社。2004年に社長就任、現在に至る。クラシック音楽やオペラをこよなく愛す。(社)北九州中小企業経営者協会会員、北九州市基本構想審議会委員、北九州にぎわいづくり懇話会委員、第9期北九州ミズ21委員会委員長ほか。
愛犬グレースと一緒に私たちを迎えてくれた河邊さんは、北九州市で不動産業を営む『(株)リバー不動産』の社長。朗らかで明るい笑顔が素敵な女性だ。

渡部 英子さん
有限会社小倉クリエーション代表取締役。1956年、八幡生まれ。1986年『布アネックス小倉店』をオープン、07年からは小倉織を使いやすい日常の品として提供するブランド「縞縞」を立ち上げる。三越・銀座店や東京ミッドタウンでの企画展示・展開、今年2月にはドイツ、フランクフルトの見本市、アンビエンテに出品。国際的にも評価を受けた。
にこやかに迎えてくれたテキスタイルショップオーナー、渡部さん。昔から布が好きで、なんて話を想像していたら、意外なことを話し出した。新しい発想で布の開発や商品展開を行う『布アネックス小倉店』をオープンして22年。意外な過去も交え、今日までの軌跡を尋ねてみた。

岩下 純子さん
株式会社JTB九州 北九州支店 旅行課長。1959年、福岡市生まれ。福岡女学院短期大学卒業後、株式会社日本交通公社に入社。福岡支店、久留米支店、営業本部、メディア販売部、鹿児島支店を経て、現職に至る。趣味はもちろん旅行。今までの渡航歴はなんと50回以上。最近行ってよかった国はドバイとクロアチアだとか。
近年、大学生の“就職したい会社ランキング”で、文系女子学生から特に高い支持を得ているJTB。今回取材した岩下純子さんは、九州を統括する『株式会社JTB九州』の北九州支店で旅行課長を務めている。テキパキ・丁寧に仕事を一つずつこなすその姿は、お客様からの信頼も厚い。
城水 悦子さん
洋建築計画事務所 代表取締役。(有)AMC(アートアンドクラフト門司港)商会 代表取締役。1946年、北九州市生まれ。住宅、学校、公共建築物のコンセプトづくりから手がけ、北九州市建築文化賞や都市景観賞を多数受賞。門司港レトロ倶楽部企画委員長、門司港まちなみづくり協議会事務局長、NPO法人創を考える会・北九州理事、門司港アート村実行委員会副委員長などを努め、まちづくりにも熱心に取り組む。
今年でオープンから13年目を迎え、今もなお多くの観光客が訪れる門司港レトロ。そこにオフィスを構える建築計画事務所の代表取締役であり、その街づくりにも当初から関わってきた城水さん。柔らかな笑顔がとても印象的だ。
「北九州は新鮮な魚が簡単に手に入るなど食材に恵まれているので、料理が楽しいです。それに“人のネットワーク”が残っていますね。子育てをする環境には大切なんですよ」と笑顔で語る麻田さん。休日は、単身赴任中の麻田さんに会いに、月に最低1回東京からやって来る夫と、近場の観光地に出かけるそう。
麻田 千穂子さん
北九州市副市長。1961年生まれ。中学・高校時代を福岡で過ごす。厚生労働省入省後は、労働政策の企画立案に携わる。2004年から職業家庭両立課長として、育児介護休業法、次世代育成支援対策推進法を担当。主に子育て支援や地域の雇用対策などに取り組んできた実績を買われての抜擢。
昨年10月、北九州市で3人目の副市長に就任した麻田千穂子さん。市制発足以来、初の女性副市長誕生ということも相まって注目を集めた。
麻田さんは東京大学を卒業後、旧労働省に入省、以来ずっと中央で日本の政策形成を担ってきた。そんな輝かしい経歴を聞くと“バリバリのキャリアウーマン”をイメージしてしまうが、お会いした印象は物腰柔らかでユーモアあふれる女性。肩肘張らず、しなやかでいつも自然体の魅力を感じさせられる。

樋上 禎子さん
北九州市立八幡大谷市民センター館長、北九州ミズ21委員会第10期委員長。1954年北九州市生まれ。九州女子短期大学食物科卒業。現職のほかに、(財)北九州活性化協議会評議委員、北九州市にぎわいづくり懇話会理事、北九州市基本構想審議会委員、北九州市基本構想を考える市民会議新しいまちの「かたち」をつくる部会副委員長も務める。
「若いころは中村雅俊が大好きだったのね。でも今は、ヨン様も好き!」とチャーミングな笑顔で話す樋上さん。彼女は、北九州市立八幡大谷市民センターの館長であり、また、市に対して政策の提案をする女性グループ『北九州ミズ21』の第10期委員長も務める女性だ。肩書きだけを聞くと、バリバリのキャリアウーマンをイメージするかもしれない。しかし実際の樋上さんはとてもソフトで物腰が柔らかく、いつもニコニコしたお母さん、といった印象を受ける。

重松 依子さん
Profile 株式会社 宣研 代表取締役。1961年北九州市生まれ。武蔵野美術大学短期大学部美術科を卒業後、第一広告社日本橋本社(現在のBBDO)にデザイナーとして入社。その後、日本テレビ放送網本社広報部に転職。番組宣伝やコンサートツアーなどの広告デザインに従事する。1989年に帰省し現在の会社に入社。本業の傍ら(社)北九州青年会議所専務理事を担当するなど精力的に活躍。現在は福岡県美術協会会員、KDA北九州総合デザイナー協会理事、次世代システム研究会広報企画担当なども兼務。
小さな体のどこにそんなエネルギーがあるのだろう。ガツガツしているのとは違う、丁寧に、しっかりと、そしてがむしゃらに。そんなイメージを抱かせる女性が、重松さんだ。今年で創業45年目を迎える『株式会社 宣研』というデザイン会社を父親から譲り受け、今もなお同じ地で頑張っている。
一人っ子で体もあまり強くなかった重松さんは幼少時代、過保護に育てられてきた。親の隣に座り、話す相手を黙々とデッサンするような、大人しい女の子だった。しかし、関東の美大へ進学した辺りから徐々にパワーが炸裂し始める。父親の「お嫁に行ってさえくれれば…」という想いとは裏腹に、卒業後は東京の広告代理店へ入社。デザイナーとしての道を歩み始る。
好きな日本語は「一期一会」。「この世に生まれてきて、色々な人と出会うわけですが、その出会い一つ一つを大切にしたいです」
李 正善さん
韓国語教室 KS-LEE、Lady’s SPA 李’s 代表。1963年生まれ。韓国ソウル出身。20歳のとき結婚を機に北九州へ。翌年、韓国語教室『KS-LEE』を開校。以来23年間、多数の教室で講師を務め、翻訳、通訳業にも携わる。2007年1月に、『Lady’s SPA 李’s』をオープン。
冨安 兆子さん
高齢社会をよくする北九州女性の会 代表。1934年静岡伊豆生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業。学生結婚し、9年間の鹿児島生活の後、北九州市へ。北九州市社会教育委員、福岡県婦人問題懇話会委員などを歴任。現在、高齢社会をよくする北九州女性の会代表の他、北九州市障害福祉ボランティア協会理事、北九州いのちの電話理事、北九州活性化協議会理事、アジア女性交流・研究フォーラム理事、大学の非常勤講師などを務める。これまで世界40数カ国を訪れ、女性、高齢者、青少年の問題について調査研究。
「高齢社会をよくする北九州女性の会」は、1985年に高齢者やその家族を支援し、同時に女性の自立と社会参加の場を創り出すことを目的として設立。高齢者のための配食サービスや、介護や家事全般のお手伝いをするホームヘルプ活動、忙しい若い世代のお母さんに代わり経験豊富なグランマたちが子育てを応援するグランマ活動などを、時代に先駆けて展開。現在約1000名の会員を持つ。公的介護保険の導入や特養老人ホームの問題などを重視し、調査にも取り組んできた。先日開催したアヴァンティトークライブでメインゲストだった東京大学院教授の上野千鶴子さんとは15年以上のお付き合い。1995年第11回総会記念講演会で「子のない老後」について上野さんに講演してもらったことがベストセラー「おひとりさまの老後」の出発点と、冨安さんは自負しているとか。
「私の人生の3分の2はボランティア活動なんです」と語る冨安さんは、「高齢社会をよくする北九州女性の会代表」や「北九州いのちの電話理事」など、驚くほど多彩な顔を持つ。「これでも随分減りましたよ。以前は20ほど抱えていましたから」と言う冨安さんの、73歳とは思えない若々しさとバイタリティーに圧倒される。
石田 照子さん
木彫講師
いしだ てるこ / 1923年、八幡生まれ。小学校の教師だった20代前半は、第二次世界大戦の最中。空襲で生徒を亡くしたことも。終戦後、結婚・出産・子育てを経て、福祉事務所へ再就職する。この時期に習い始めた木彫が勤務先でも目にとまり、『北九州市立年長者大学校 周望学舎』の木彫コース講師に。24年間で約600人の卒業生を輩出。2003年の終了後も、『NHK文化センター』などで木彫を教え続けている。
「木彫には一人ひとりの、人間の温かさが出ます。家庭や仕事の役割を終えて人生経験を積んだ方々が、新たな人生の追求として木彫に挑戦する。心から楽しんでいるから瞳も輝いているんです」。ゆっくりとそう話すのは、『北九州市立年長者大学校 周望学舎』で24年、木彫を教えてきた石田照子さんだ。デザイナーズスーツを着こなし、すっと品よく佇むその姿に、84歳と聞いて驚いた。その落ち着いた印象とは異なり、彼女の人生は常に新しいチャレンジの連続だった。
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