原 冨士子 さん
Fujiko Hara / Salon de Fujiko(サロン・ド・フジコ)代表
北九州市戸畑区出身。西南女学院中学・高校・短期大学を卒業後、証券会社や銀行と、金融関係の仕事に従事。OL時代に出会ったエステの先生に指導を請い、その後開業。マンションの一室から始め、3年前路面店に移転オープン。人気の「小顔メイキング」はじめ、現在は疲れた女性を優しく癒し、美しくする日々。その他、小倉北区清水にある『喫茶アンティ』でのリンパセミナーなどサロンワーク以外でも精力的に活動する。
受ける側から、施す側へ
あるテレビのアラフォー対象の街頭インタビュー。「毎日勝負下着を着けます」と答えた女性がいた。「テレビではあの部分だけが放送されちゃったけど、本当に言いたかったのは、生き方も一緒ということ。毎日がチャンスだから、それを逃さないように心の余裕を持っていたいってことだったの(笑)」と話してくれた。そんな前向きで可愛気のある女性、それが『サロン・ド・フジコ』オーナー・原さんだ。
サロンは、現在小倉北区中島にある。独立のきっかけは、自らのOL時代の経験からだった。証券会社、銀行でバリバリ働き、多忙な毎日を過ごし、精神も肌もボロボロな時期、救いを求めていったエステで、肌がみるみるきれいになったという。「本当にうれしかったですね。手をかけた分だけ、身体は応えてくれる。この喜びをみんなにも味わってもらいたいと思うようになり、開業しました」。マンションの一室ではじめた念願のサロン。今から約8年前だった。
2010-02-26 02:52 PM. [
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祐嘉 さん
書画家
Chika/1973年、大分県生まれ。「糸島在住のエネルギー書画家」としてメッセージを伝えるほか、美術館での個展や講演などトークの場でも活躍する。“書” を通して心に響くメッセージを伝えたい。
文字を書く前にイメージしたり、練習をすることはなく、一瞬の閃きに従い「愛」「光」「宇宙」「真実」などの文字にプラスのエネルギーを送りこんで描き上げる波動文字。創り手は、祐嘉さんその人だ。「書いているというより、突き動かされて気づいたら完成してます」と豪快に笑う彼女は書画家。底抜けに明るい芸術家は、美術館での個展というチャンスに恵まれて3年前にデビューした。一 人前になるまでが長い書家の業界では、通常ありえない早さ。「私は字も絵もうまくはないですが、大好きです」今後は海外進出も視野に入れているそう。
2010-01-20 04:43 PM. [
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藤間 裕志朗 さん
日本舞踊藤間流・師範
Yushiro Fujima/生まれも育ちも北九州市。昭和49年、藤間芳宏師より手ほどきを受け、昭和62年に藤間重志朗師門弟となる。平成6年に、藤間流師範免状を取得。わっしょい百万夏まつりには、踊り人裕志朗として、創作部門に参加。2度のグランプリをはじめ、数多くの賞を受賞する。百万踊り講習会での指導やボランティア指導など、地域に根差した活動を幅広く続けている。
幼い時期の大病の経験が現在の活動のルーツに
肌に馴染むように着物を着こなし、凛とした立ち姿はまるで日本画のように美しく。まさに伝統ある日本舞踊の師範という第一印象。それを良い意味で覆してくれたのは、「いらっしゃい! うちではスリッパがなくて草履なのよ。どうぞ!」と出迎えてくれた、裕志朗さんの飾らない笑顔だった。
敷居が高い、所作に厳しそう…これまで抱いていた日本舞踊に対するイメージが、裕志朗さんを前にすると 一 瞬にして吹き飛んでいく。周囲をぱっと明るく元気にする、はつらつとした雰囲気の裕志朗さん。小中学校では演劇、高校では器械体操に励み、「動いていないと死んでしまうから」と思い切りアクティブな青春時代を送っていた。
しかし、実は幼少の頃に絶対安静の大病を経験。「1年間ほど幼稚園にも行けず、身体を動かしたくても全く動かせない。その時のつらい思いが、今の私のルーツなのかもしれませんね」。身体を使って自分の気持ちを表現したい。根本に持ち続けていたその思いに火がついたのは、29歳の頃。日本舞踊との出会いだった。
2010-01-06 12:05 PM. [
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吉田初恵さん
Hatsue Yoshida / 1961年、中間市出身。大手化粧品メーカー、ドラッグストア勤務を経て、2007年1月独立。八幡西区のマンションの一室に『HEARTS』をオープン。2008年には路面店へと移転し、サロンを拡張。自身の体験と研究の末に誕生した独自の技術「吉田式デトックス」で、ゲストの心と体を美へと導いている。
悩みに耳を傾け、心に伝わるような技術を
「HEAR=悩みに耳を傾け」、「HEART=心に伝わるように」、「GIVE OUR ARTS=技術を施す」。この3つの想いを込めてつけた名前が『HAERTS』。「どうぞコーヒーでも飲みながら。うちはいつもこうなんですよ」とからっとした大きな笑い声で迎えてくれた。一見カフェのような居心地の良さと、こだわりのカップと、淹れたてのコーヒー。そしてキレイになれるとっておきの場所。そこには、飾らない吉田さんの魅力が詰まっている。
美の世界に興味を持ったのは幼少の頃。三面鏡の前で着物に着替え、キレイになっていく母の姿が強く印象に残っているという。20代から30代は大手化粧品メーカーでメイクや美容に関する知識を身につけながら、23歳で結婚。二人の子どもをもうけ、順風満帆な生活を送る。40代ではドラッグストアでコスメエリアチーフを任され、ワーキングママとして仕事に没頭した。しかし、多くの商品や人に会うにつれ、「本当にいいものをすすめたい」、そんな気持ちも少しずつ大きくなっていったという。
2009-12-01 02:10 AM. [
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梁 基蘭 さん
Ryo Kiran / 「梁基蘭花スタジオ」主宰。韓国出身。京都池坊学院専門科卒業、同学院研究科修了。数々の賞を受賞する傍ら、独創的な作品展を展開。NYでの個展とメトロポリタン美術館での要請出展で高評を博す。音と花のコラボレート演奏会への出演やパーティー形式の華展開催等、独創的なアーティストとして注目を集める。現在は北九州、福岡、東京を拠点に活動。朝日カルチャーセンター講師。毎週井筒屋の1階・8階フロアにフラワーアレンジメントを提供。15年以上続けているライフワークのような仕事。
足立山の麓、眺めの良い場所にある一軒家が、梁 基蘭さんの自宅兼スタジオだ。取材に訪れた時は、華道教室の稽古中だった。きびきびと動き回り、指示を出しながら、「終わったら皆さんでお茶しましょう」と微笑む。光と風に溢れた、気持ちの良い空間には、黒やオレンジのインテリア。見ると梁さんの服の配色もそうだ。
「10月はハロウィンでしょ。だから今日はこういうアレンジなの」
インテリアは常に変え、同じ日はないという。
2009-10-31 07:28 PM. [
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清水 紅緒 さん
Kosho Shimizu / 1960年、北九州市門司区出身。株式会社 サウンドアレンジ代表。地元旅行会社を退職後、ヒューマンアカデミー北九州校フラワーコースを経て、同校講師に。05年『株式会社サウンドアレンジ』設立。教室主宰、ネット販売の他、コレットにて「Your style」を展開。
http://www.sound-arrange.com/
人生をガラッと変えるような決断。旅行会社で国際的な仕事に携わっていた清水紅緒さんが、そんな決断をしたのは30代半ばのことだった。選んだのは、フラワーアレンジメントという、それまでとは全く違う世界。
「転機ってタイミングですよね。15年間仕事ひとすじで、お花にもそこまで興味があったわけではないのに、不思議な縁ってあるんだなぁ、と思います」。
2009-09-30 06:55 PM. [
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御園 和穂 さん
Kazuho Misono / 東京生まれ、北九州育ち。恵泉女学園短期大学園芸生活学科卒業、東京デザイナー学院造園科卒業。造園コンサル、造園業での個人庭園設計、ハウスメーカーの外構設計・施工等を経て、95年からは植物の管理業務及び花壇設計を行う。(社)北九州緑化協会HP内「花のコーナー」を担当、北九州市「花咲くまちづくりコンクール」審査員等も行う。
「これ、皆さんに」。美しい桃色のトルコ桔梗をたずさえ、花のような笑顔で編集部に現れた御園さん。フリーランスで造園や花壇設計を手がけ、北九州市のまちづくり・景観にも関わる女性だ。
2009-08-21 11:30 AM. [
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小田 友馨 さん
Yuka Oda / 居酒屋『やじろべえ』女将。15年前、飯塚で夫と共に店舗開業。以来、3人の子育てをしながら多忙な女将業をこなす。06年春に2店舗目を八幡西にオープン。「ランチ付き乳がん検診」企画や「やせる箸」「感謝箸」の販売も手がける。秋には飯塚に女性のためのミニモール『サードプレイス』もオープン。
http://www.yajirobe-555.com/yajirobe-555/
歯切れの良いかけ声が飛び交い、朗らかな笑い声が店中にこだまする。明るいスタッフ達が店内を動き回り、楽しく賑やかな時が流れていく―。
筑豊で人気店ともいわれる居酒屋『やじろべえ』女将の小田友馨さんの居酒屋人生は、19歳に始まった。飯塚で生まれた小田さんは、父親の転勤で各地を転居、高校卒業後は奈良県の芸術短大へ進学。バイクを買ったお金を親に返すために駅前の居酒屋でバイトを始めた。
板前兼副店長だった夫と22歳で結婚。当時、ひとり暮らしをしていた小田さんの母親を気遣う夫のやさしさもあり、食文化豊かな飯塚へ帰郷する。
そして約1年後に居酒屋『やじろべえ』を開店。既に1歳と3歳の二児の母親になっていた小田さん、26歳の時だった。
2009-07-21 07:34 PM. [
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藤村 由紀子さん
Yukiko Fujimura / 「料亭ふじむら」女将。1953年北九州市八幡西区出身。短大卒業後、カトリック系の幼稚園に7年勤務。27歳で結婚し、若松区の料亭ふじむらを夫と共に経営。30歳の時、義母より女将を引き継ぐ。2005年「女将が企画する美味しいバスツアー」を開始。2008年、女性専用フィットネスチェーン「カーブス」のフランチャイズオーナーとして、八幡西区に「カーブス永犬丸」を立ち上げる。
http://www.fuzimura.co.jp/
若松の北海岸、薄紫色の建物が目を引く『料亭ふじむら』。27歳で嫁いで以来、藤村さんは店と共に生きてきた。「30年間、いろんなことがありました。でもね、自分が必要な時には、神様って出会うべき人をちゃんと送り込んでくれるんですよ」と明るく微笑む。転機には、いつも素敵な出会いがあった。
2009-06-22 07:20 PM. [
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遥か さん
Haru Ka / 北九州市出身。結婚・出産を経てスピリチュアルパワーを活かしたカウンセリング活動を開始。心理学や精神世界を学びながら人生の道標をみつける『サラスワティカレッジ』を開講。ヤマノエステティック総合学院福岡校で心理学の講師も務める。
スピリチュアルカウンセラーとして活躍する遥かさんには、幼い頃から不思議な力があった。ふとした拍子に未来の映像がパッと脳裏に浮かぶのだ。しかし、まさか自分が特殊だとは夢にも思わず、ごく普通の生活を送っていた遥かさんが、スピリチュアルの世界へ足を踏み入れたきっかけは、1本の電話だった。だろう。
2009-05-29 07:33 PM. [
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