アヴァンティでは「27歳」を人生のひとつのターニングポイントと捉えています。社会人になって数年、自分の人生はこれでいいのか、もっと他の道がないのかと模索の真っ最中。この頃、悩んだり、一生懸命何かをしたことが、その後の人生につながっていると仮定して、福岡で活躍する女性たちに「私が27歳の頃」をテーマにインタビューしています。
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橘田 佳音利さん
きつだ かおり / 株式会社フラジュテリー代表取締役・エグゼクティブマチュアバイザー。1958年、東京都生まれ。東邦音楽大学卒業後、住友電工入社。営業、事務、CAD請負業、モデル、経理、CGIプログラマー、フリーペーパー記者、父親の会社の社長業など様々な職種を経験。2003年に(株)フラジュテリー設立。日経ウーマン『ウーマン・オブ・ザ・イヤー2008』キャリアクリエイト部門3位、総合10位入賞。11月末に長崎出版より書籍『煌くミドルと諦めミドル』出版予定。
「35歳の壁」――そんな言葉を聞いたことがないだろうか? 女性が再就職を考えたとき、35歳を過ぎると、就職先がぐっと少なくなってしまう。そんな再就職市場の厳しい現状を、見事打ち破ってみせたのが橘田佳音利さんだ。
5年前に、35歳以上の女性の再就職を支援する人材紹介会社を起業。その取り組みが社会に新風を巻き起こしたとして『ウーマン・オブ・ザ・イヤー2008』を受賞。今、もっとも注目を浴びている女性の一人だ。
2008-10-30 06:14 PM. [
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有働 里美さん
うどうさとみ / 株式会社プロフィット代表取締役、「楽生人」編集長。1964年、小倉生まれ。金融会社、印刷会社勤務を経て、2001年会社を設立、2004年に「楽生人」創刊。「50歳から愉しむ大人の時間」としてアクティブシニアへの情報発信や工也之を中心に各種プロモーションを手掛ける。
「今だ!」たった一度のタイミング。
もし、上司から「来月から役員にして給料100万円あげるよ」と言われたらどう思うだろう?
印刷会社で企画営業をしていた有働さんはある日ふと、そんな想像をしてみた。「100万円?…私いらないかな」。 上司に退職届を出したのはその翌日のこと。能力を認められ、女性係長として将来を嘱望されてもいた。端から見れば順風満帆の時なのに…。同僚から不思議がられた。
2008-09-30 03:35 PM. [
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河邊 政恵さん
株式会社リバー不動産代表取締役社長。1964年、門司区生まれの門司区育ち。銀行勤務を経て(株)リバー不動産入社。2004年に社長就任、現在に至る。クラシック音楽やオペラをこよなく愛す。(社)北九州中小企業経営者協会会員、北九州市基本構想審議会委員、北九州にぎわいづくり懇話会委員、第9期北九州ミズ21委員会委員長ほか。
愛犬グレースと一緒に私たちを迎えてくれた河邊さんは、北九州市で不動産業を営む『(株)リバー不動産』の社長。朗らかで明るい笑顔が素敵な女性だ。
2008-08-31 02:05 PM. [
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渡部 英子さん
有限会社小倉クリエーション代表取締役。1956年、八幡生まれ。1986年『布アネックス小倉店』をオープン、07年からは小倉織を使いやすい日常の品として提供するブランド「縞縞」を立ち上げる。三越・銀座店や東京ミッドタウンでの企画展示・展開、今年2月にはドイツ、フランクフルトの見本市、アンビエンテに出品。国際的にも評価を受けた。
「昔はバンドマンだったの」
にこやかに迎えてくれたテキスタイルショップオーナー、渡部さん。昔から布が好きで、なんて話を想像していたら、意外なことを話し出した。新しい発想で布の開発や商品展開を行う『布アネックス小倉店』をオープンして22年。意外な過去も交え、今日までの軌跡を尋ねてみた。
2008-07-30 04:25 PM. [
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岩下 純子さん
株式会社JTB九州 北九州支店 旅行課長。1959年、福岡市生まれ。福岡女学院短期大学卒業後、株式会社日本交通公社に入社。福岡支店、久留米支店、営業本部、メディア販売部、鹿児島支店を経て、現職に至る。趣味はもちろん旅行。今までの渡航歴はなんと50回以上。最近行ってよかった国はドバイとクロアチアだとか。
近年、大学生の“就職したい会社ランキング”で、文系女子学生から特に高い支持を得ているJTB。今回取材した岩下純子さんは、九州を統括する『株式会社JTB九州』の北九州支店で旅行課長を務めている。テキパキ・丁寧に仕事を一つずつこなすその姿は、お客様からの信頼も厚い。
2008-06-18 02:25 PM. [
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城水 悦子さん
洋建築計画事務所 代表取締役。(有)AMC(アートアンドクラフト門司港)商会 代表取締役。1946年、北九州市生まれ。住宅、学校、公共建築物のコンセプトづくりから手がけ、北九州市建築文化賞や都市景観賞を多数受賞。門司港レトロ倶楽部企画委員長、門司港まちなみづくり協議会事務局長、NPO法人創を考える会・北九州理事、門司港アート村実行委員会副委員長などを努め、まちづくりにも熱心に取り組む。
生まれ育った街に恩返しがしたい。
今年でオープンから13年目を迎え、今もなお多くの観光客が訪れる門司港レトロ。そこにオフィスを構える建築計画事務所の代表取締役であり、その街づくりにも当初から関わってきた城水さん。柔らかな笑顔がとても印象的だ。
2008-06-01 02:06 PM. [
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「北九州は新鮮な魚が簡単に手に入るなど食材に恵まれているので、料理が楽しいです。それに“人のネットワーク”が残っていますね。子育てをする環境には大切なんですよ」と笑顔で語る麻田さん。休日は、単身赴任中の麻田さんに会いに、月に最低1回東京からやって来る夫と、近場の観光地に出かけるそう。
麻田 千穂子さん
北九州市副市長。1961年生まれ。中学・高校時代を福岡で過ごす。厚生労働省入省後は、労働政策の企画立案に携わる。2004年から職業家庭両立課長として、育児介護休業法、次世代育成支援対策推進法を担当。主に子育て支援や地域の雇用対策などに取り組んできた実績を買われての抜擢。
昨年10月、北九州市で3人目の副市長に就任した麻田千穂子さん。市制発足以来、初の女性副市長誕生ということも相まって注目を集めた。
麻田さんは東京大学を卒業後、旧労働省に入省、以来ずっと中央で日本の政策形成を担ってきた。そんな輝かしい経歴を聞くと“バリバリのキャリアウーマン”をイメージしてしまうが、お会いした印象は物腰柔らかでユーモアあふれる女性。肩肘張らず、しなやかでいつも自然体の魅力を感じさせられる。
2008-04-29 02:40 PM. [
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樋上 禎子さん
北九州市立八幡大谷市民センター館長、北九州ミズ21委員会第10期委員長。1954年北九州市生まれ。九州女子短期大学食物科卒業。現職のほかに、(財)北九州活性化協議会評議委員、北九州市にぎわいづくり懇話会理事、北九州市基本構想審議会委員、北九州市基本構想を考える市民会議新しいまちの「かたち」をつくる部会副委員長も務める。
50歳になったら社会に打って出る!
「若いころは中村雅俊が大好きだったのね。でも今は、ヨン様も好き!」とチャーミングな笑顔で話す樋上さん。彼女は、北九州市立八幡大谷市民センターの館長であり、また、市に対して政策の提案をする女性グループ『北九州ミズ21』の第10期委員長も務める女性だ。肩書きだけを聞くと、バリバリのキャリアウーマンをイメージするかもしれない。しかし実際の樋上さんはとてもソフトで物腰が柔らかく、いつもニコニコしたお母さん、といった印象を受ける。
2008-03-29 04:08 PM. [
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重松 依子さん
Profile 株式会社 宣研 代表取締役。1961年北九州市生まれ。武蔵野美術大学短期大学部美術科を卒業後、第一広告社日本橋本社(現在のBBDO)にデザイナーとして入社。その後、日本テレビ放送網本社広報部に転職。番組宣伝やコンサートツアーなどの広告デザインに従事する。1989年に帰省し現在の会社に入社。本業の傍ら(社)北九州青年会議所専務理事を担当するなど精力的に活躍。現在は福岡県美術協会会員、KDA北九州総合デザイナー協会理事、次世代システム研究会広報企画担当なども兼務。
がむしゃらに働いた東京時代
小さな体のどこにそんなエネルギーがあるのだろう。ガツガツしているのとは違う、丁寧に、しっかりと、そしてがむしゃらに。そんなイメージを抱かせる女性が、重松さんだ。今年で創業45年目を迎える『株式会社 宣研』というデザイン会社を父親から譲り受け、今もなお同じ地で頑張っている。
一人っ子で体もあまり強くなかった重松さんは幼少時代、過保護に育てられてきた。親の隣に座り、話す相手を黙々とデッサンするような、大人しい女の子だった。しかし、関東の美大へ進学した辺りから徐々にパワーが炸裂し始める。父親の「お嫁に行ってさえくれれば…」という想いとは裏腹に、卒業後は東京の広告代理店へ入社。デザイナーとしての道を歩み始る。
2008-02-29 08:35 PM. [
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好きな日本語は「一期一会」。「この世に生まれてきて、色々な人と出会うわけですが、その出会い一つ一つを大切にしたいです」
李 正善さん
韓国語教室 KS-LEE、Lady’s SPA 李’s 代表。1963年生まれ。韓国ソウル出身。20歳のとき結婚を機に北九州へ。翌年、韓国語教室『KS-LEE』を開校。以来23年間、多数の教室で講師を務め、翻訳、通訳業にも携わる。2007年1月に、『Lady’s SPA 李’s』をオープン。
2008-01-30 02:02 PM. [
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