
川村 妙慶さん
真宗大谷派 兎亀山西蓮寺(門司区)僧侶
かわむら・みょうけい / 僧侶であり、ときにはテレビやラジオで活躍するパーソナリティーや華道家としての顔も持つ。小倉北区内の喫茶店で定期的に法話を行ったり、カルチャーセンター講師としても法話を行うほか、要望に応じて各地へ講演に出かけるなど多彩な活動をしている。ホームページでは「日替わり法話」を掲載し、悩みの相談メールにも答えている。http://homepage3.nifty.com/sairenji
取材の日、門司区にある西蓮寺の庭には一輪の水仙の花が咲いていた。そのきりっとした美しさは、この寺の僧侶、川村妙慶さんの雰囲気そのものだ。
僧侶でフリーアナウンサーで揺れ動いた20代の頃
真宗大谷派の寺に生まれた妙慶さん。しかし10代の頃は未熟さもあって仏教の教えが素直に入ってこなかったという。「よく『家を継ぐのは嫌だ』とか言うでしょ。あれは家のことがどんなに大切なものか、本当は分かっているのよ。反発はいい、怖いのは無関心な状態」と語る。
短大生の頃、生け花が心を映し出す鏡の一つだと気づいた時、彼女は仏教に取り組む決意をする。卒業後、仏教の学校に入り僧侶となったものの、法話一筋で生計を立てていくのは難しかった。そこで、仏教の勉強をしながらも、一度なってみたかったアナウンサーを目指し、専門学校に入った。
フリーアナウンサーとして関西のテレビやラジオ、そして縁あってテレビ西日本の番組にも出演するようになったのが、27歳の頃。関西と九州を毎週のように往復する生活に。しかし、心の中ではずっと実家の寺が気になっていた。
寺づくりに東奔西走ともに悩む僧侶として
30歳直前、彼女は実家の寺へ戻る。「アナウンサーはやれば誰にでもできるが、お坊さんはそうはいかない」。門徒がいなくなっていた寺をどう建て直すか。住職の兄と二人で抱えた問題は山積みだった。
しかし彼女は、今までの経験・人脈を活かし、寺で人形劇をする様子をドラマ仕立てでテレビ放映してもらい、呼ばれた喫茶店へ出向いて法話をしたりと、枠を越えた仏法活動をする僧侶としての道を歩み始めた。
「その話、私ひとりで聞くのはもったいないわ」という友達の勧めで、ホームページも開設。今ではネットを通して、精神科医や僧侶からも相談がある。「悩みは人に聞いてもらった方がいいですよ。私も悩んだときは人に聞いてもらいます」と妙慶さんは笑う。そこには、人の悩みをしっかり受けとめてきた僧侶ならではの自信が漂う。
「結婚は人の夢をつぶさない」さらに活躍の場を広げて
講演依頼も増え、遠回りかな、と感じていた20代の頃のアナウンサー経験が役立っている。さらにこの1月末、京都のとある寺の人と結婚することに。「もう結婚は駄目かな」と思った途端の出会いだった。彼女の法話を支えとする人々から「やめるの?」と不安の声があがったが、将来の夫は「北九州が君の原点じゃないか」と背中を後押ししてくれた。仕事は今までどおり川村妙慶の名で続け、2月からは関西と九州を行き来する。若い頃の経験から「苦にならない距離」と妙慶さん。
「日新たに」という言葉が好きだと言う。「結婚は犠牲を強いたりしません。毎日、新しい気持ちで臨めば前進できるはず」。道で会ったら気軽に「妙慶さん」と声をかけてもらいたいし、もっと普通に法話にも親しんでもらえたら、というのが彼女の願いだ。


















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