
外平 友佳里さん
到津の森公園 獣医師
そとひら ゆかり / 1970年大阪府吹田市に生まれ、4歳の頃から北九州市小倉南区で育つ。宮崎大学獣医学科卒業後、長崎バイオパークに勤務。その後、麻布大学で研修医として学び、ペットフード会社、動物病院の仕事を経験。2001年6月より、「到津の森公園」の獣医師として活躍中。野性動物の保護活動にも力を尽くし、今年から若松のグリーンパークにも週1回往診に通う。3歳になる息子の母親でもある。到津の森公園ホームページでは、「獣医さんのお仕事」日記を公開中。http:www.kpfmmf.jp/zoo/
「獣医は常に片想いなんです。そこが悲しいですね」と「到津の森公園」の動物たちを診て回りながら、明るく話す外平友佳里さん。治療を受けた動物たちは友達になってくれないらしい。それでも動物たちの元気な姿が励みであり喜びだ。
27歳でぶつかった壁は人気者のラッコの死
「シートン動物記」に感動した小学生の頃から動物に興味を持った外平さん。高校生の頃、翼の折れた鳥を拾い動物病院を訪れたところ、犬猫しか診ないと断られた。それなら自分が野生動物を治療できるようになろうと心に決めたという。獣医になるために大学に進み、卒業後「長崎バイオパーク」に就職。そこでの仕事は楽しくて楽しくて仕方なかった。
しかし3年後、人気者のラッコの死をきっかけに、このままではいけないと考えるようになった。命を扱う仕事だからこそ失敗は許されない。麻布大学獣医学部の付属病院で、研修医として再び基礎から学び始めたのが27歳のときだった。
そこでは心臓疾患など、動物たちの特殊な病気の治療に携わった。毎日講義を受け、知識をどんどん吸収できるのが嬉しかった。同時に動物園に戻りたいという気持ちも募っていったが募集がなかったため、その後ペットフード会社などに勤務。栄養学を学ぶなどの新しい経験をし、人生に無駄はないと知った。そして30歳のとき、「到津の森公園」の獣医募集に応募。見事採用され、念願の動物園で再び働くことになったのだ。
出産後、専業主夫の夫に 支えられて仕事に復帰
それから6年、現在飼育されている97種類490頭の健康管理と治療、手術などを担う。大変だが毎日が楽しい。
もちろん、「命の重み」と日々向き合うため、つらいことも多い。動物たちの尊い命が自分の手の中で消えていくときは、とことん落ち込み、とことん泣く。しかしその後は、原因を徹底的に追究して、それをバネに前に進んでいく。次に繰り返さないことが自信につながるのだ。
3年前に男の子を出産。母となったことで心の在り方も変わった。「この子のためなら死んでもいいと思うぐらい可愛い。どの命も親にそう思われて生まれてきたんだ」と気づき、これまで以上に、自然と温かい想いが溢れてくるようになった。
そんな愛しいわが子と離れ、2カ月で獣医の仕事に復帰できたのは、外平さんの最大の理解者である夫が専業主夫を引き受けてくれたから。よく話し合い、今はこれがベストだと思っているが、このスタイルにこだわってもいない。「女性は動物学的に子育てをする生き物。あと二人産んで、自分で育ててみたい」と思う。
未来を担う子供たちのために動物園ができること
動物の絶滅や環境破壊が進む今、動物園にできることはまだまだあると考える。例えば、野生動物の保護活動。「傷ついて運ばれてくる野生動物を保護していますが、この活動を地域の人々とともにもっと広げたい。保護することになった原因を突き止め、それを除去したい」という。そして子供たちへの学習の場の提供。「昨年子供たちの動物学習に携わり、彼らの心の成長に感動したんです。地球や動物の未来を考えるような体験をもっとさせてあげたい」と夢は広がる。出産との両立は大変では? と聞くと、「考えすぎたら何もできないですよ。後輩を育て、産休もとり、時間をかけて実現させます。足りないところは愛情でカバーします」。どこまでも自然体でパワフルだ。彼女ならどんなことも可能にしてゆくだろう。


















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