
真行ひとみさん
スタイリスト
まゆき ひとみ / 1960年北九州市小倉生まれ。山口県の短大を卒業業後、北九州市の大手百貨店のスタジオで働く。22歳でスタイリストのアシスタントとなり25歳で独立。スタイリスト業と平行し、雑貨の店を開く。34歳で店を閉め、スタイリストに専念する。43歳で結婚。現在はファッションショーからインテリア、フードコーディネートまで幅広く活躍中。今後は後輩の育成にも力を注ぎたいと思っている。
熱い北九州の地で、スタイリストを目指す
スタジオに大きな荷物を抱えて現れ、そこから様々な小物を取り出し、手際よく撮影用のスタイリングをする真行さん。100円ショップの小物までも、真行さんの手にかかれば瞬く間に品のある風合いに変身するから不思議だ。ファッションショーから、コマーシャル、モデルルームのインテリア、食料品のカタログなど、仕事範囲は幅広い。「今では各専門分野に分かれているけど、私たちの時代はどれも全てできなければ生き残れなかったんです」と、軽やかに笑う。
「スタイリスト」という職業を知ったのは短大卒業後、大手百貨店のスタジオでバイトを始めてからだった。チラシ等の撮影のため商品をセッティングする手伝いをしていると、それを専門とする職業があることを広告代理店の人が教えてくれた。自作の個性的なファッションやアクセサリーを身にまとっている真行さんに、北九州にはまだ少ないからと薦めてくれたのだ。きちんと勉強したいと思い、スタイリストの先輩のアシスタントになった。ちょうどバブル期。仕事が山のようにある博多にスタイリスト仲間は皆移住していったが、「真剣に叱ってくれる先輩たちのいる熱い北九州が好き」だった真行さんは、この地で取り組んだ。その後アシスタント時代を経て25歳で独立。同時に雑貨の店を始めることにした。
先の見えなかった時期を乗り越えて
店を開いたのは、事務所のスペースを有効活用したかったから。そして、スタイリストの仕事では得られない「反応」がライブで欲しかったからだ。しかし店の経営は簡単なものではない。立地条件も悪かったので客の出入りも多くはなく、どんなにがんばっても必ず買ってもらえるわけではなかった。店を維持するためにスタイリストの仕事を増やさなければならず、仕事する意味を見失いかけたこともある。9年間がんばったがこのままでは両方駄目になると思い、店を閉め、スタイリストとして身を立てることを決意した。34歳のときだった。
「この仕事しかない」という覚悟は、気持ちの持ち方を変え、生き方も変えた。まとまったお金ができる度に、本物をこの目で見ようと海外に飛び出し、大きい都市を次々とまわった。納得するまで何度も訪れ、その経験を持ち帰り、仕事に還元する。安定していない職業ゆえに不安は付いてまわったが、それをかき消すように常に動き、どんな仕事も断らなかった。それが力となった。
「先の見えない20代の頃が一番きつかった気がします。自分の理想を求めてばかりいたんですね。30代でやっと自分に何が求められているか分かるようになったんです」と振り返る。今は、ただきれいにカタチ創るだけでなく、ニーズに応えた売り上げに繋がるスタイリングが使命だと考えるようになった。自分が手掛けた商品の売り上げが伸びると何よりも嬉しい。そこにやりがいを感じている。
そして仕事も軌道に乗った頃、真行さんをまるごと受け入れてくれるパートナーに巡り合い、43歳で結婚。ONとOFFの切り替えができるようになり、仕事も日常生活も充実した。最近では、着物暮らしがしたいと思うほど着物に夢中だ。「職人が精魂込めて創り上げる伝統文化に魅かれるし、残していきたい」と思う。時代を先行することを生業としながら、時代に逆行する贅沢さを愉しむ。そんな毎日の中で真行さんはさらに美意識を高め、きっとまた仕事に還元してゆく。


















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