三宅美穂子さん
『ライフアップカレッジ ウーヴル』代表 絵本教室講師
みやけ みほこ / 1957年八幡西区生まれ。化粧品会社勤務後25歳で結婚。翌年出産。講談社フェーマススクール子ども美術学園の通信講座で絵画を学び、34歳で同学園の講師となる。2005年『ライフアップカレッジ ウーヴル』を創立。各地域5つの教室を束ね、総勢40名の講師とともに多彩なセミナーを開催。幼稚園や高校でも絵画の指導に携わる。
めざしたのは、絵本が創れるお母さん
絵本『てん』(あすなろ書房)を、八幡西区にある教室で読み聞かせしてくれた。三宅さんの張りのある明るい声色は、聞く人を元気に、そしてワクワクさせる。
「絵が描けなかった主人公ワシテは、先生に言われて『てん』だけを描き、それを額縁に入れて飾ってもらったことで、美術展を開くほどになったでしょ。そして絵が描けない小さな男の子を導く立場になった。いい先生って、その人自身が知らない素晴らしいところをチョイスしてあげられる先生だと思うし、そんな先生のもとで人は自分自身を学び、成長すると思うんです」と語る三宅さん。現在40名もの講師が在籍し多種多彩な教室を展開する『ライフアップカレッジウーヴル』の代表だ。自らも、こども絵画教室の講師を務める。経営に専念すべきかとも思うそうだが、「絵本」と「絵画教室」は三宅さんの原点なのだ。
27歳の頃は普通の主婦であり母親だった。「子どものために絵本が創れるお母さんでいたい」と思い、絵の勉強を始めたという。子どもたちに読み聞かせをするために絵本収集を始め、次第に絵本の世界に魅了されていった。通信講座で本格的に絵画を学び、転勤族だったため「私が教室を開けば、転勤先でも子どもたちに友達ができるだろう」と34歳で講師の資格を取得し、教室を開講したのだ。
7年に渡る子どもの不登校を乗り越えて
引っ越す先々で三宅さんの絵画教室は人気を得たが、母親としての願いは叶わなかった。長男はいじめに遭い、次男は不登校になる。不登校は7年間も続き、まさに長いトンネルの中にいるようだった。息子を置いて外出するときは、無事でいるだろうかと常に大きな不安が付いてまわった。三宅さん自身も体調を崩し、うつ状態になったこともある。しかしある時、不登校は病気に原因があったことが判明。「クローン病という大病の告知だったのですが、私たちは喜びましたね。やっと何に取り組めばいいか分かったんですから」。出口の見えないトンネルからやっと光が見えた。次男に言った。「よかったね、あなたはこれで人の役に立てる。誰かに伝える使命ができた。その誰かよりちょっとだけ先に経験しただけ。たいしたことじゃない」と。その日から苦しみも大病も全てを享受し、前に進んだ。「親としての責任を認め、向き合うのはきつい経験でしたが、支えてくれえる人たちがいたから頑張れたんです。次男もそうだし、ワシテもそう。たったひとりでも認めてくれる人がいれば、人って頑張れるし、それがいつか誰かの役に立つと思うんです」と語る瞳の奥は深く大きな愛情で満ちている。「私もこの経験を活かして誰かの力になりたい。同じような志を持つ人たちが集まれば、きっと何かができるはず」と、故郷北九州に戻っていた三宅さんは2005年にウーヴルを設立。「人と場所、受講生と講師、講師と企業をつなぐ役割をしたい」という三宅さんに多くの人々が賛同し、現在は5つの教室を持つカルチャースクールに成長した。
これからもさらに教室を増やし、オーダーメイドのセミナーを提供したいと考える。また、スター講師の輩出や絵本の出版などの夢も膨らむ。「自分という作品を描いていく受講生ひとりのために講師全員が応援し、またひとりの講師を全員でサポートする。ウーヴルはそんな環境となり、仕組みになりたいんです」と、ひとりでも多くのワシテが生まれるように、三宅さんは全力で取り組んでいく。


















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