佐野朋子さん
北九州市立子育てふれあい交流プラザ所長
さの ともこ / 1947年北海道生まれ。中学時代3年間旧小倉市で過ごす。1968年に大阪の短期大学を卒業後結婚、北九州に移住。PTA活動に携わり、市の嘱託職員として12年間勤める。その後、旧城野公民館館長、男女共同参画センタームーブ女性情報課長を歴任。2006年に子育てふれあい交流プラザ所長に就任。留学生や若い芸術家の支援にも携わる。
人の縁で「今日」がある
「人との関わりって、素敵ですよね。何よりも大変だけど、何よりも素晴らしいと思うんです」と、その意味を噛み締めるように語る佐野さん。社会教育指導員、旧城野公民館館長、ムーブ女性情報課長などを経て、現在子育てふれあい交流プラザの所長を務める。「人のご縁で今日があるんです」と柔らかく笑う。
27歳のときは第一子である娘を出産した頃。短大卒業後すぐに結婚した佐野さんは、姑に仕え、家庭の中だけで生きる典型的な「嫁」だった。しかし、娘が小学校入学と同時にPTA活動をすることで、社会参加の楽しさに目覚めたという。それ以来、PTA活動に積極的に携わり、小学校、中学校共に副会長まで務めた。その活動が子どもたちの卒業と共に終わる40歳の時に転機が訪れる。長い歴史を持つ「小倉母の会」の会長を打診されたのだ。著名な先輩たちが就いたその座にプレッシャーを感じて戸惑うものの、周りから強く背中を押されて決意。この決断によって佐野さんの人生は大きく展開していった。たくさんの素晴らしい人々と出会い、成長させてもらったと振り返る。そして、佐野さんのこれまでの経験や人柄が認められ、市の嘱託職員としての仕事に従事する機会にも恵まれたのだ。
城野に「夢」を蒔き、感動を共有
力を発揮し始めたのは、旧城野公民館の館長になったときから。草が生い茂る公民館を一目見て、「これほど草が育つなら花が植えられる」と思い、毎日草取りに励んだ。「草取りおばさん」が新しい館長だと知った地域の人々の手助けもあり、3年後には「訪れる人々が癒されるように」と目指した「花の公民館」が誕生した。それが赴任以来取り組んできた国際交流活動とともに認められ、文部大臣賞を受賞するまでの公民館となったのだ。
さらに任期最後の年。公民館に訪れる子どもたちを見ていて「夢がない」と感じた佐野さんは、「大人も子どももみんなでひとつの夢を持ち、それを成し遂げる機会を作りたい」と「ウインターフェスティバルIN 城野」を企画。8日間分のプログラムを作成し、最終日にはダイエー城野店前で「ベートーヴェン交響曲第九」を高校生ブラスバンドの演奏のもと、ドイツ語でみんなで合唱しようと夢を掲げた。佐野さんの熱い想いは「無理だ」という人々の心を動かし、各学校や企業、地域といった垣根を超え一丸となって2002年の冬に実現。そこには佐野さんの猛アタックに応えてくれた王貞治監督から「城野っ子がんばれ!」とメッセージが届けられ、当時ダイエーに所属していた井口選手が駆けつけてくれた。「夢を持つってすごい。みんなで目標を設定したら必ず辿り着けるんです」。少女のようなひた向きな想いと、先導するパワーを併せ持つ佐野さんが蒔いた夢は、感動を共有した市民の「続けたい」という声のもと、今も受け継がれている。
もちろんこれまでピンチはあったが、その度に誰かに助けられ、支えられてきた。心底「人が好き」で、訪れる人への「心からのもてなし」に真摯に取り組み、人を応援してきた佐野さんだからこそ、周りからも応援されるのだろう。現在は「子育てふれあい交流プラザ」の発展に力を注ぐ。「訪れる皆さんに子育てってこんなに楽しいんだって思ってもらえるような場所にしたいんです」と、今度は子育てに奮闘するお母さんたちを精一杯サポートし、新しい夢を共に咲かせていく。


















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