田中 香利さん
株式会社千草 執行役員 もっとグループ 代表
たなか かおり / 1968年生まれ。戸畑区出身。専門学校卒業後、銀行、テーマパークの経理を経て、通信販売の大手企業で営業職に。売上げ全国No.1というトップセールスマンだった頃、営業先で出会った縁から『光と風の教会』の立ち上げスタッフとしてブライダル業界へ転職。当時の上司と結婚後、『海のみえる迎賓館』では開業時より支配人を務める。2007年4月『もっとグループ』を開業。
新しい世界、難しい環境こそ、挑戦の場。
「周囲の環境に、本当に恵まれていたんだと思います」。はっきりと明確に、でも言葉を慎重に選びながら話す田中香利さん。順調にキャリアを積んできたように見える田中さんだが「人間はひとりで生きていけない。昔はそれがわかってなかった。自己中心的なところがありましたね」と振り返る。好奇心旺盛でひとり旅が好きだった20代前半、旅を通じて「自分は人と出会うことが好きなんだ」と気づき、大手通販会社に転職。営業職という全く初めての仕事だったが、田中さんにとっては魅力的な環境だった。「知らない、新しい世界にいつも興味があった。難しい環境なら挑戦したくなる。だから迷った時は、難しい方を選んじゃうんですよね」。人生を変える大きな転機も、この選択法で道を選ぶことになる。トップセールスマンだった27歳の頃、営業先で出会った社長の縁で、『光と風の教会』の立ち上げスタッフへ誘われる。“営業こそ天職”と思い一度は断った田中さんだったが、「でも、今の仕事が人生の最終章なのかな? 挑戦できる環境は滅多にない、新しい世界を学びたい」と、ブライダル業界への転職を決断した。
一人ではなく、みんなで作り上げるブライダルの世界。
『光と風の教会』で、ブライダルの仕事をスタートさせた田中さん。オープン前日のことは、一生忘れることのない出来事だったと言う。「完成したばかりのチャペルの扉を開くと、西日がステンドグラスから差し込んで、虹色に輝いているんです。今まで見たことのない幻想的な光景で、自然と震えてました」。この形のない、でも震えるほどの感動を提供することが、ブライダルの仕事だと心で感じた瞬間だった。「この想いを、世界中の花嫁さんに伝えていきたい!」落ち込んだ時は初心に返ろうと、この日のことを今でも思いだすのだそうだ。
未知の業界、挑戦の日々。やりがいや感動はたくさんあったが、働き方には戸惑いもあった。多くの人が関わり作り上げるブライダルはチームワークが大事。頭では分かっていても、通販会社時代、「営業は一人でするもの、部下も時にはライバル」というスタンスだった田中さんは、かつての個人プレーがなかなか抜けなかったのだそうだ。だがやがて後輩ができた頃、少しずつ変わってきた。「コミュニケーションの大切さを、後輩たちと接する中から学びました」。33歳、『海のみえる迎賓館』の支配人を任されたばかりの頃には、全部署のトップという立場で、どこまで自分が動けばよいか悩んだことも。「ある時、体調を崩して入院してしまって。でもこれが、支配人としてのあり方を学ぶきっかけになったんです」。入院先からはメールで指示を出した。現場が見えなくても、言葉を的確に理解し、何が必要なのかを判断する。自分が前に出るのではなく、一人ひとりをうまくステージに上げ、客観的な視点で全体を動かす。「人は一人で仕事はできない。生きてもいけない。周りが生かしているんだ」。支配人という立場に立ち、実感した。
一昨年事業部長となり、人材を育成するスクール事業『もっとブライダルカレッヂ』を今年の春にスタートさせた。「チームプレーが重要なブライダルの世界。人生と同じで、絶対に一人では成し得ないんです。私がこれを実感できるようになったのも、学び、挑戦する環境を与えてもらったおかげ。今度は私が、その環境を作っていきたい。ブダイダルだから提供できる、私自身も感じたあの胸に湧き上がる感動を、新しい世代の人たちにもたくさん生み出してほしい」。これから先、田中さんが作ったステージで、多くの人が成長していくに違いない。


















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