
下田 勇介さん
しもだゆうすけ。(株)モノリス代表取締役。
61年北九州市小倉北区生まれ。地元工業高校卒業後、ローラースケートのインストラクターとして上阪。帰郷後、89年に前身となるグラフィックミュージアムを創設。2年後(株)モノリスを設立する。編集者、イラストレーター、グラフィックデザイナー、SEの多彩な肩書きを持ち、その他、スナツエンジニアリングプロジェクト、IT系NPO、財団研究員などで精力的に活動中。 思春期の娘さんと2人暮らしのシングルファザー。
http://www.qbiz.ne.jp/monolith/
最初に感謝の言葉を。私、シモダユウスケは会社勤め未経験のプーから、「コンピューター会社」モノリスを興して、気がつけば今年の8月で15年目を迎える。波乱万丈、紆余曲折。結構へこみながらもラッキーな感じで、スタッフやクライアントも含め皆に支えられて、何とかやって来れた。誌面を借りて感謝したい。
これまで東京や京都など北九州以外の仕事をやって来た中で、「モノリスさん、どうして北九州なの?」みたいな質問を良くされる。素直に「生まれた街やから」「楽で良いんです」「家賃安いもん」「食べ物が安くてうまい」とか、「ネットの時代やからどこで仕事しても良いんです」などと答える。でも結局、良いところも悪いところも含めて「この街が好きっ」ていうのが本音だ。
私より少し先輩達と語るとき「北九州には文化が無い」と言うのを良く耳にする。そうゆうときは「いーじゃん、文化がないちゅーのが文化なんよ、何でもやってよしというのが北九州らしさ」と返すことが多い。あと福岡と北九州の比較の話題でも、「別に、福岡と北九州は兄弟みたいな関係で、福岡市は消費地、北九州は生産地、福岡市に比べると開発の余地(土地とか)がたくさんあるし、変に意識せんでも」とか答えるコトにしている。すこし眉唾だが「風水的に門司の和布刈に龍のアタマがあって、尻尾が福岡の背振山にあるから、その内側は守られてるの、だから官営製鉄所は八幡にできたの…」などと言ったりする。要するに競争より共存。エリアとして一緒にやっていけたら良いと思う。
最近、コンピューターな仕事と別にもう一つ「ロボットデザイナー」という肩書きが増えた。縁があって1999年に「T4」という世界初の商用ヒューマノイド型ロボットのスタイリングを担当させて頂いた。うそかホントか?ホンダのASIMOというロボットの身長が120cmになったのもこの「T4」の影響があったと聞いている。「T4」発表以来、開発元の会社からロボット事業部が独立しテムザックというロボット専業のベンチャー企業が立ち上がった。以後「T-5」「T 62-K」と合計3体のロボットのデザイナーとして係わった。昨年末に福岡・北九州の両市が国からロボット特区の指定を受けた。プロジェクトXではないが、ちょっとその根っこの部分に係われたのを嬉しく思う。
実のところ、社会活動も含めていろんなコトをやっているが、最近はつくづく「人が大切」だと思う。行政サイドは何年も前から「コンテンツ産業を起こそう」と声高に言うが何も起こっていない。
モノづくり系の私は、産業を起こすより、係わる人を増やした方が良いという仮説を立ててみた。その結果「コンテンツを作れるヤツがいっぱいいたほうが良い」と考るに至った。
昨年の夏、農業従事者の話を聞いて感銘を受けた。「百姓って言葉の中には先祖代々継承されていく百の知恵が詰まってる集団である。百姓は敬意を称した呼び名である」。農業にも「専業」「兼業」「家庭菜園」とプロもアマチュアもある。ということはコンテンツに係わる人にも当てはまる。私は「百の知恵」というところが気に入った。そこから「百の知恵を持ったデジタル技術者・クリエイターをつくろう」というコンセプトを立てた。さすがに「デジタル百姓」はマズイので「デジタル生産者」という言葉で…。今春からプロジェクトを始動させる。この活動の結果、北九州もクリエイター達が無理せず・モノを創って食べていける街になれば良いと思う。
今年の節分で後厄も終わる。北九州をベースに、東京-京都-上海-沖縄-台湾とペンネームである「トンボ」のように飛び回って、地域のお役に立てるよう活動したい。


















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