
NPO法人 まちのカルシウム工房 理事長
竹内 裕二さん
たけうち・ゆうじ
NPO法人 まちのカルシウム工房 理事長。1968年北九州市出身。北九州市立大学
大学院修了。1999年設立、2001年法人化。社員3名。趣味は旅行・読書。
誕生・名前には意味がある
「まちのカルシウム工房」と聞いて、みなさんふざけた名前だと思われるのではないでしょうか?「健康食品を売っている会社」などと連想するかもしれません。しかし、団体にこの名称をつけるにあたっては、ある思いがあってのことなのです。今日、全国的に高齢化を迎え商店街はシャッター通り化しています。私たちの住む北九州市においても同じです。このような状況を人間の体に例えるならば、まちは「骨粗鬆症」にかかっていると思えてなりません。この病気を治すためには、カルシウムを摂取することが一番と言われています。では、人間社会におけるカルシウムとは一体何なのでしょうか?私たちは、「人」だと思うのです。この「まちのカルシウム」となるべき人材を多く発掘し、次の世代を担う力を持つ人に育ってほしいと願うのです。しかし、それだけではまちは骨太になりません。まちを骨太にするためには、そのカルシウムとなる人びとが適度な運動、つまり活動をしなければならないと思うのです。この活動を側面から支えるのが私たちの役目です。ヒトとまちとをつくるお手伝い、それがこの名称の由来であり、私たちの活動の基本なのです。
独立から最初の仕事まで・誰もやらない仕事
私は大学院卒業後、ドイツの大学で廃棄物混合土に関する研究をしていました。しかし2年目になった頃、父が病気になり帰国することになりました。ところが当時、九州には職がありません。仕方なく東京で仕事をしながら時々九州に帰っていましたが、父の病状がより進行したことから九州へ戻らなくてはならなくなったのです。九州に戻って働こうとしましたが状況は変わらず職がありません。そこで、コンサルタント会社で取り組んでいた都市計画等を踏まえて、自分の好きなことをやろうと決心し、この仕事を始めたのです。当初「まちづくりというのは職業ではない」、と口々に言われました。名もない小さな会社では、都市計画を中心のコンサルタントをしていても、誰も相手にしてくれません。そこで、色々考えた末「商店街」をテーマに取り挙げてみることにしました。実家が商売をしていたこともあり、商店街に愛着があったのでしょう。商店街へ10年ぶりに行ってみて驚きました。年末ともなると、どっと人が押し寄せて来ていたものでしたが、コンビニやスーパーの登場により「買い物に来て貰えない」そんな寂しいまちに変わっていました。これがきっかけで、住民参加による商店街活性化事業という初めての仕事をすることになったのです。
地元密着型の強みを活かした取り組み
NPOとして法人化したのは、起業2年目のことです。NPOと聞くと、多くの人が「どのようにして生計を立てているのかしら」と疑問に感じています。NPO法人は、普通の会社と同じように運営をしてよいのです。しかし、その収益を分配するのではなく、非営利活動に投資することが義務づけられているのです。私たちは地域に密着した活動をすることにより、既存の他の会社と異なり地域住民との密接な関係が築かれていく結果となり、地域を主体とした調査やまちづくり事業など、行政・企業・様々な分野からの依頼が増えました。また、コンサルタント会社を基盤としているため、単なる地域住民とのふれあいだけでなく、調査・研究という視点に立った活動も同時に行うことにより、クライアントからのニーズに応えることができたことも大きな利点だと思います。これらの活動を論文にし、2005年3月北九州市立大学より博士(学術)を授与させていただきました。これも一重に、地域の人びとのお陰です。
これから・私たちの仕事の役割
「まちづくり」という活動は、イメージ化するのが困難です。そこで、まちづくりをサッカーに例えるならば、スタジアムは地域、スタジアム運営は行政、観客および選手は市民、コーチはまちづくりNPOと位置付けられるのではないでしょうか。まちづくりNPOは、観客が満足するような試合運営ができるよう日々選手のトレーニングを行い、自律していけるように地域を導く役割があります。私たちは、地域コミュニティー形成支援を行う活動をし続けるべく日夜頑張っていきます。


















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