
前田 敏さん
前田園 専務
まえだ・さとし / 1971年北九州市若松生まれ。20歳のときお茶の勉強のため、静岡・東京に修行に出る。23歳で前田園グループ(株)前田園本社(名)前田園に入社。現在は、専務として企画・営業・販売をとりまとめている。若松駅前の新店舗のオープンも間近に控え、茶葉と茶器の新ブランド「いちの葉」の確立に向けて邁進している。
夢も目標も持たずしての出発
「前田園」は創業明治30年、私で4代目になります。初代が直方市でお茶の卸業を始め、明治45年に小売店一号を若松に出店し、お茶の製造から販売まで一貫して行うようになりました。祖父がお茶のお稽古などを開いていたため、幼い頃から私もお茶に親しんでいましたが、仕事としては興味が持てなかったんです。高校卒業して予備校に通っていた頃も、行きたい大学も、夢も目標もない。2浪しても危機感もない。ただ、親がうるさいので家を出たかった。そこで、お茶の修行と言えば出してくれるだろうと安易な考えで、修行に出ることになったんです。
尊敬する人との出会い
まず、父の紹介で静岡の「茗広茶業」に見習いで入りました。故郷を離れ、3カ月目にホームシックにかかりましたね。その時初めて、自分のこと、家族のこと、周りの人のことを考えました。そんな中での社長との出会いが私の転機になったと思います。リーダーの鏡のような方で、一つのことにのめりこんで成し遂げていく姿勢に惚れました。順番が逆ですが、社長を好きになったから、その社長が好きなお茶の仕事を好きになったんですね。自分もこの仕事をやりたいと本気で思うようになると、朝3時に起きて10トントラック分の荷物を運ぶ仕事もきつくないんです。二日酔いになっても、高熱が出ても、仕事がしたい。無遅刻無欠勤で現場や営業に出て、経営や卸について勉強させてもらいました。そこでの修行が終わる頃、社長に、日本一のお茶屋で働いてみないかと言われ、東京築地の「魚がし銘茶」でお世話になることになったんです。
商いの真髄を学ぶ
ここでの体験は驚きの連続でした。日本一というからどんな素晴らしい店舗かと思えば、当時はたった5坪の土地に建つボロ屋みたいな店だったんです。なのに、すごい行列ができている。店内にはお金が飛び交う。お茶屋でこんなに集客ができ、売り上げが出せるんだと感動しましたね。ここでは社長をはじめ、取締役自ら店頭に立つんです。商いに最も大切なことを肌で感じ取れと、毎日何百人の接客をさせられました。決して「物」だけに頼るなと。まず自分が売る物に感動し、ファンにならなければ、どんなに素晴らしい物でも売れはしない。人が人を呼び、人の交わりの中で何かが生まれてくるんだと、商いの真髄をここで学びました。尊敬する二人の社長との出会いは私の財産です。
妥協のない新ブランド確立に向けて
修行を終えて九州に戻り、前田園に入社しました。こんなこともあんなこともやってみたいと早速取り組むものの、次々と失敗して赤字を出しましたね。思いばかりでは経営はできないと思い知らされました。失敗を繰り返す中で見えてきたことは、「妥協したものに感動はない」ということ。練りに練った企画が制作中に壁にぶつかった時、妥協し、企画を変えてしまえば、もうそれは自分の中で感動できるものではなくなっているわけです。だから売れません。これからは自分の思いにこだわり抜いて、オンリーワンを創っていきたいと思ってます。今は八女茶を中心に取り扱っていますが、全国のお茶を集めて、うちにしかできないお茶をつくりたいんです。茶葉と茶器の新ブランドも立ち上げる予定です。妥協ない感動あるものをめざしています。
テーマは「知る人国に余らず」
私自身、二人の社長との出会いによって、夢や希望を持てるようになりました。また、シャボン玉石鹸さんとご縁があり、共同開発した「カテキン石鹸」の販売が実現しました。これも出会いがあってこそ。数年前から商店街のお世話や、母校の同窓会の幹事など、地域活動にも取り組み始めたんです。「知る人 国に余らず」をテーマに、人とのつながりをもっともっと広げていきたい。そして若い力を集結させ、商店街全体を、若松の街を、活気溢れる場所にしてゆきたいですね。


















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