
原田 礼さん
競輪選手
はらだ れい / 1980年生まれ、門司区出身。小倉競輪所属・A級2班。中学校ではバスケット、高校から父親の強い希望で自転車競技を始める。高校時代にはインターハイ1回出場、国体3回出場。卒業後、日本競輪学校へ入学(90期)。1年間の修行を経て、2005年7月にデビュー。現在、勢いのある力強い走りで活躍中の注目若手選手。ニックネームはレイチェル。
きっかけは父親
「選手になったきっかけは?」ってよく聞かれるんですけど、僕の場合は「父親」と断言できます! 大の自転車好きで、「中学までは自由にしていいけど、高校からは自転車をしろ!」と半ば強引に(笑)。もちろん初めは反発しましたよ。でも殺し文句は、「競馬と競艇は体重制限があってあんまり食べれんけど、競輪選手はいっぱい食べれるんぞ」でしたね。食べることが大好きなんで。上手にのせられたなと思いますけど、今はもちろん「これしかない!」と思ってます。
知らない人も多いと思いますけど、実は競輪選手は特殊な資格。競輪学校在学中に試験に合格して初めて、晴れてプロの仲間入りなんです。全国に約3600人、年間150人の新人が出てくるから、弱肉強食の世界ですよね。でも他の競技と違って、選手生命は20~50代までとわりと長め。毎日の生活は月2~3回のレースに向けてスケジュールを組み立てて、全国飛び回ってる感じですね。一見華やかかもしれないけど、練習は地味! 団体競技と違って孤独だし、何時間もひたすら自転車をこぎ続けるだけの練習もあるから、「半日で辞めたい」なんていう人も。でも練習量は人それぞれ。しなければしないでいいし、自由な分意志がとても大切なんですよ。常に自分との戦いです。僕なんかは練習いっぱいしないと追いつかないんですけど、今は弟子もできて自分へのいい戒めになってます。
すべては偶然ではなく必然
練習はもちろん、プロに一番大切なことはモチベーションを保つことだと思うんです。落ちたらとことん落ちるなんてざらですから。僕も昔は考えこむタイプだったんですけど、プラス思考になったのにはある出会いがあったからなんです。選手の規則はかなり厳しくて、レース開催中の3日間は敵も味方も選手は1つの宿舎に泊まります。外部との接触を完全に絶つため、携帯は没収、家族との連絡もとれないちょっとした軟禁状態(笑)。だから、選手同士はよく話すようになるんですよね。僕にはそれがすごく勉強になるんです。この前の岐阜競輪でもある先輩と話をすることになって。初めは何となく聞いていたけど、聞いているうちにその時の自分にすごく響いてきて。「すべては偶然ではなく必然」。この言葉がとても印象的でした。それからは考え方が変わってきましたね。頑張って頑張って練習して9着。そりゃもちろん悔しいけど、今は「9着にも意味がある」と思うようになったんです。今足りないもの、必要なものに気付くチャンスなんだって。だから、しっかり落ち込んだら次の日からはとにかく練習! それに、周りの意見も受け入れるようになりました。僕はまだまだ新人なので、先輩たちからたくさんアドバイスをいただくんです。時にはレースで戦った選手からも。僕ってほんとラッキー。厳しい意見は特にありがたいなと思うんですよね。「強くなる」と思うからこそ言ってくれるのかなって(笑)。実際に結果にもつながるんですよ! 変なプライドは捨てて、柔軟にいろんなものを吸収していきたいですね。
ファンの声援が一番の励み
現在、小倉競輪に所属する選手は約75人。小倉は競輪発祥の地で、吉岡稔真選手も輩出した優秀な競輪場なんです。でも「ガラが悪い」「怖い」と皆さんの足が遠のくのは、選手としてとーっても残念。だってファンの皆さんの声援が僕たち選手にとって一番の励みだから。単純に「期待に応えたい!」って思うんですよね。ただ女性が来にくいなら、レディス席を作ったり工夫をしないと。競馬や競艇みたいに家族やカップル、友達同士でもっと気軽に来れるようなスポーツになったらいいなと思います。そのためにも興奮するような「魅せるレース」をしないと! 目指すは優勝! これからも頑張るので応援していただけると嬉しいです。
Q. 座右の銘は?
「結果がすべて」。いくら練習で強くても、本番で結果を出さないと意味がないんですよね。プロは、短い期間でいかに自分の調子を上にもっていくかなんだと思います。
Q. 尊敬する人を教えて。
親、師匠、先輩、ファンの皆様。他に強い選手はたくさんいるのに、自分を応援してくれるその気持ちが嬉しいです! 頑張るための原動力なんですよ。
Q. この仕事に向いているのはどんな人?
自分に厳しくできる人。練習を怠らない人。もちろん、自転車が好きな人!


















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