牧野 伊三夫さん
画家
まきの いさお / 1964年、北九州市小倉南区出身。画家。美術同人誌『四月と十月』同人。多摩美術大学卒業。広告制作会社「サン・アド」を退社後、画家として活動。『暮しの手帖』の表紙や本誌の挿絵、サントリー株式会社の機関誌『WHISKY VOICE』、映画『かもめ食堂』のイラスト、雑誌『ku:nel』の挿絵などを手掛ける。2006年には北九州市立「子育てふれあい交流プラザ」(小倉駅北口AIMビル3F)の入り口に壁画を制作。北九州市が発行する『雲のうえ』では、編集委員・画家として活躍。
『雲のうえ』にかける想い。
北九州市が発行している情報誌『雲のうえ』は、新北九州空港に就航する「スターフライヤー」の機内誌でもあります。10万部のうちの半分を機内で配布しているんです。東京など他の都市の書店へも置いてもらい話題になっています。市役所への問合せも多くすでに在庫がない号もあります。この雑誌を読んだ東京の友人から北九州市を「今一番行きたい街ナンバー1」だなんて言われるととてもうれしいです。
一番印象的だった号は、やはり創刊号。行政が発行する情報誌として酒場を取り上げ、しかも「角打ち」だけで一冊作ることは反対意見もありました。しかし、北九州の素顔を伝えるには工業の発展とともに育ったこの安酒場の風景を取り上げるのがよいと思いました。情報誌としてよいお店を紹介するというのではなく、この街に住む市民のありのままの魅力を伝えられる誌面にしたいと考えました。とりつくろった、うわべの表情ではなく、自然な表情の美しさを見てほしいと。従来の広報誌としての枠を超えなければ人に読んでもらえないだろうという考えがありました。そのことを行政の側が理解してくださったことがとても大きいです。
北九州を描く。
僕は大学生のとき東京に出てそのまま就職、27歳のときに退社して画家になったんです。そのころは「描きたい」という想いは強くあっても、「何を描きたいのか」がわからず、いつもそれを探し求めていました。あるとき、ふと自分の中にある様々なものは幼少年の頃に過ごした九州で生まれたものだと思いました。「自分の原点を見つめてみよう」と、ときどき小倉に戻っては絵を描くようになりました。そんな頃たまたま『雲のうえ』をつくることになりました。取材の度に北九州市内のいろいろな場所を見てまわっているんですが、この街は掘れば掘るほど面白いですね。東京の取材スタッフからこの街の面白さを教えられることもたびたび。地元出身の僕でも知らないことはたくさんです。『雲のうえ』の仕事を通して、北九州の街の魅力について考えていきたいと思います。もちろん、我が郷里として自作の絵のテーマにもしたいです。
仕事人に問う!
Q1 座右の銘は?
「ごく ありふれた 馬鹿のような顔をして 私は街を歩く 心たのしいとき」(画家/山口薫 断章より)
Q2 尊敬する人を教えて!
ピエール・ボナール(フランスの画家、1947年没)です。生活の身辺を題材に気負うことなくのびのびと絵を描いたことをうらやましく思います。
Q3 この仕事に向いてる人は?
(愛が何かはわからないけれど、)絵を愛する人です。


















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