
脇野 正裕さん
株式会社 ワキノアートファクトリー 代表取締役社長
わきの まさひろ / 1970年、小倉北区片野生まれ。祖父や父の仕事を見ながら育つ。東京のイベント制作会社や、スペースワールドへの出向等を経て平成19年10月に代表取締役社長に就任。感動の伝え方、見せ方にこだわった企画・演出を行う花火ショーを得意とする。ハウステンボス、わっしょい百万夏祭り、関門海峡花火大会などの演出を手がけ、海外でもFIFA女子ワールドカップサッカーエンディング花火でオペレーションをつとめるなど、活動の幅も広がっている。
頭を下げ回り、奔走した12年前。
株式会社ワキノアートファクトリーは、祖父が昭和28年に興した『脇野煙火商会』が前身の会社です。僕は3代目として昨年、社長に就任しました。それまでも社員として花火は作っていましたが、経営管理の知識はゼロ。花火の打ち上げには多種多様の申請が必要ですが、当時はそれすら知らなくてトラブルの連続。毎日のようにあちこちへ謝りに行き、頭を下げたものです。
一方、花火の打ち上げ方・見せ方については僕なりの考えがあったため、改革を試みました。今は割と多くなりましたが、コンピュータ制御のもと花火を音楽やレーザーとリンクさせ、ショーアップして見せるやり方です。花火一つでも奥が深く、その美しさは十分楽しめますが、もっとお客さんに楽しんでもらうための仕掛けをしたかった。当時としては新しい見せ方だったので、打ち上げ会場担当の人が想像しやすいよう、花火と光を合成したイメージの企画書を作ってプレゼンしました。結果、評判も良く、今では企画・演出から提案する依頼が増えています。
新しい感動と、新しい価値を常に創造していきたい。 今でも覚えているのは、昔2代目社長だった父と現場へ行ったとき、大勢の人々が花火を観ながら満面の笑顔で拍手喝采し、中には「生きとって良かった」と涙ぐむおばあちゃんもいたことです。ああ、この感動を創るために自分たちは頑張っているんだと強く思いました。花火のショーなんて一瞬で終わる短いものです。でも観る人が感動し、元気になり、明日も頑張ろうと思ってくれるとしたら、僕たちはその一瞬のために、準備で2カ月間家に帰れなくても頑張れる。僕をはじめ、演出にこだわる社員は多いですよ。「今度はどんな方法でびっくりさせてやろう」って。
花火業界は新規参入がほとんどない世界。でもその状態にあぐらをかいたら終わるぞ、と僕はよく社員に発破をかけます。感動を創るために、社会を明るく活性化するために何ができるかを常に考え、実行していくことが僕たちの使命だと思います。そして自分たちが持つノウハウも業界で共有しあい、より安全で良いものを創造していきたい。“自分だけ”はダメです。全員に利があって初めて社会は良くなっていくものだと思いますから。
仕事人に問う!
Q1 座右の銘は?
温故「創」新。昔の知識や経験を踏まえ、一度した失敗は二度と起こさないよう、良いものはさらに良いものができるように新しく創っていきたいと思っています。
Q2 尊敬する人を教えて!
京セラや第二電電(現KDDI)創業者の稲盛和夫さん。徹底してユーザーのことを考えた電話代の低料金化や、世のため人のために事業を興すという考え方には強く影響を受けています。人を思い、自分を犠牲にして世の中の役に立った西郷隆盛にも共感。
Q3 この仕事に向いてる人は?
感性が豊かな人。感動したものを人にも伝えようという思いの強い人。そしてもちろん花火が好きな人。






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