山重 浩二さん
株式会社ハマダ 代表取締役社長
やましげ こうじ / 1967年生まれ、北九州市門司区出身。「家から一番近かった」ということもあるが、小さな会社だからこそ仕入れから営業、そして経営全般を学ぶことができるという理由で今の会社に転職。20~30代を会社の急成長と共に過ごし、「家に帰る暇も無い」ほど仕事に没頭。現在は日々の業務に加え、経営者同士の会や、北九州のまちづくり等にも精力的に参画している。
国産牛の奥深さに引かれ、小売から卸売へ。
牛肉の卸売をしています。最初は食肉小売の仕事をしていましたが、慣れるにつれ、卸売業務の面白さを知り、この世界に興味を持ちました。国産牛を選んだのは国産牛の値段に対する疑問から。値の安定した輸入牛に比べ、同じ格付けでも国産牛の値が業者ごとに違うのはなぜか。それは結局、加工される工程のどこで仕入れるかの違いだと知り、市場で骨付き肉を仕入れ、さばき、箱に詰め、トラックに積んで売るまでの全工程を一人でやりました。おかげで、肉をさばきながら質を確かめ、その場の電話1本で商談をまとめられるようにもなりました。もともと小売出身だから、買う側の気持ちはよく分かるんです。良い肉は適正な価格で、悪い肉は原価を割ってでも安く売ることで、顧客の信頼も得ていました。当時は交雑種という乳牛と黒毛和牛を掛け合わせた牛が流行りだした頃。でも本当に美味しいのは和牛だという信念で、扱う肉を和牛のA-4、A-5等級に絞ったことも当たり、気がつけば前年対比200%を超える売上になっていました。
辛いことも大変なことも、すべて経験。
会社が急激に成長し、仕事が面白い反面、人や資金不足には悩まされました。銀行から融資を受けられなかったり、肉の売り控えをされて、発注は入っているのに品物が揃えられないという危機も。その時は今でも尊敬する先輩経営者に助けていただきましたが、現金仕入れの業界でお金の無い辛さを痛感し、銀行からお金を借りるにはどうすればいいかを勉強しました。そして、金融機関に対するディスクローズと銀行にとって「貸しやすい財務体質が必要」と考えて、中長期の経営プランと行動計画、試算表を作り、銀行に持っていく日々。2年かけて融資を受けることができました。でもこういう苦労はするべきですね。なぜなら「売っていただける」「買っていただける」ことに対し、本当に感謝できるから。仕事をしていれば様々な経験をします。詐欺まがいの目に合ったこともありますが、大変なことも全部経験ですよ。それを糧にできるかは自分次第。そして懸命にやっていれば、自分が多くの人に支えられていることが実感できる。それに気づくかどうかは、経営者として一つのターニングポイントだと思います。私も人に教えられ、助けられてここまできました。今度は自分が次の世代に返していく番だと思っています。
仕事人に問う!
Q1 座右の銘は?
作家さんの言葉だと、先輩経営者が教えてくれたのですが「人の上に立つことは、流れる水の上に文字を書き続けるように儚いことだけど、岩をも刻む思いで書き続けなければいけない」という言葉です。社員に自分の信念が伝わらなかったり、温度差を感じる時もありますが、社員の人生には責任を持たねばという気持ちでこの言葉を思い出します。
Q2 尊敬する人を教えて!
商売のノウハウと組織の厳しさを教えてくれた入社時の社長、そして売り控えをされて品物が無い時に「頑張って伸びている会社をつぶしちゃいかん」と、資金と品物を揃えて助けてくれた先輩経営者です。常に追いつきたい存在ですね。
Q3 この仕事に向いてる人は?
何の仕事でもそうですが、情熱と信念のある人。この商売の中でも私は牛の肥育をしている時が一番好きです。


















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