アメリカ映画、文学を通して、アメリカ人の本質に迫る!

北九州市立大学 文学部 助教授
前田 譲治 先生
まえだ・じょうじ/福岡市出身。早稲田大学第一文学部卒業後、九州大学大学院へ。現在、北九州市立大学、福岡大学にて教鞭をとる。専攻は、現代アメリカ文学。主に、ユダヤ系作家の小説や劇を作者の人種性がどのように作品に反映されているかをテーマに研究。はにかみ笑顔がとってもキュートな先生だ。
アメリカは昨今ずいぶんと魅力のない国として世界の人びとの目に映っているのかもしれない。イラク戦争や、度重なるテロの報道を目にするたび、アメリカが不可解な存在となっていく。だけれど、そんなときこそ、彼らのことを知り、理解を試みたい。そんな思いを胸に、今回訪問したのは、北九州市立大学で現代アメリカ文学を研究している前田譲治先生。先生は「映画や文学は、創作された国の文化の本質を、しばしば映し出している」と言い、アメリカ映画、文学の中の“親子関係のあり方”に注目して、アメリカ人の興味深い特性を語ってくれた。
アメリカ映画と文学に共通する、親子関係のあり方
アメリカ映画に登場する親子関係のあり方は、ジャンルを問わず、他の国には見られない独自の方向性を持っているという。今回題材となる映画は、『ターミネーター』、『ターミネーター2』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『アイ・アム・サム』、『A.I.』、『オーロラの彼方へ』『ハムナプトラ2』。
これらの映画に登場する親子関係には、私たち日本人の常識的な親子関係の概念を逆転させたものを多く指摘することができる。たとえば、『ターミネーター2』では、子どもが、不毛な愚痴を延々とこぼす親に、今何をするべきかを指導する。子どもが、判断力の点で、親に勝る存在として描かれているのだ。
さらに、先生は『怒りの葡萄』(ジョン・スタインベック)、『ハックルベリー・フィンの冒険』(マーク・トウェイン)、『欲望という名の電車』(テネシー・ウイリアムズ)など、代表的な現代アメリカ文学を紹介しながら、映画と共通する親子関係のパターンを指摘し、さらに深くアメリカ人の親子関係を分析していく。
移民国家アメリカ
では、なぜそのような独特の親子関係の描写がアメリカの映画、文学にのみ認められるのだろうか。先生によれば、そこにはアメリカの成立事情、「移民によって成立した国家である」という歴史が大きく影響しているという。アメリカが移民国家であることが、彼らの親子関係にどのような影響を及ぼしているのか?それが今回のゼミの聞きどころである。映画や文学は、他の国の文化や価値観を学ぶ上での格好の素材。アメリカ映画、文学を通して、アメリカ人が見えてくる。アメリカ人を知れば、世界も見えてくる。気軽に参加してみてね。


















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