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三 美猫
みい びねこ /大手企業OL&ライター兼心理カウンセラー 福岡生まれ福岡育ち。うお座O型。誰もが知っている大手企業のOLとして働きながら、去年、心理カウンセラーの資格を取得。「悩めるワーキングウーマン」に向けてブログやメルマガを発信。ライターや心理カウンセラーの活動を行う。著書に、働く女性と日々会社で生じるストレス、憤りなどをエッセイとしてまとめた『武闘派OLカイシャを斬る!~会社の人間関係に疲れた方用処方箋BOOK』(新風舎1,365円)がある。 》美猫日和 |
「プリンセス・テンコーの技だ!」|||||||||||||(* ̄ロ ̄)
「プリンセス・テンコーの技だ!」|||||||||||||(* ̄ロ ̄)
わたしは、そう思いながら先生の「技」を
見ていた。
ただ、唖然として見ていた。
着付け教室に通いだして、三回目の講義の昨日、
「名古屋帯の結び方」だった。
って、前に、「どうして、着付け?どうして着物!?」
って話だが・・・・。
女子たるとも、「ある年齢」に達すると、誰でも
自然と着物が着たくなるわけだよ。
きっと、あなたも、「ある年齢」に達したら、
着物を着たくなるから。
ええ。ええ。
で。
話もどって、「名古屋帯」なんだが。
なにがなんだかよくわからないが、
とっても複雑で、緻密なコトを、自分の目が届かない
背中でやらなければいけないんだよ!
それは、あーたーかーも!
プレンセス・テンコーの「縄抜けの術」の逆バージョンを
見ているよう!
「こちらを、右手でもって、左手に持ち替えて、
右手で、ここを押さえながら・・。あ、親指は外側で
残りの4本の指で、ここを持って・・」
先生は、あっという間に自分の背後で、どんどんどんどん
結んでいく。名古屋帯を結んでいく~~!
あああああああ先生は、
先生は、プリンセス・テンコーだったのですかあああ!?
気づいたのだが・・
「右」と「左」の感覚って、自分の「前」と「後ろ」で
逆になるんだよなー。
自分の「前」で、「右の親指を外側に」っていうと、すぐ
できるんだけど、それを、自分の「後ろ」でやると、
「????あれ??外側って・・・?この場合、どっちだ!?」
ってことになりil||li_| ̄|○il||l
半幅帯の「文庫結び」が、「一次方程式」だとしたら、
名古屋帯の「おたいこ」は、「微分・積分・因数分解」ってところだよ・・。
一次方程式で、「なんで、数学にアルファベットが!?」って
びっくりしたもんだが・・
微分・積分・因数分解クラスになると、
「も~~何がなんだか!どこがどうだか!?」状態だった。
そんな感じとよく似ている・・・。
と、いうわけで、今、わたしの中で、着付け教室の先生は、
「微分・積分・因数分解を華麗に操るプリンセス・テンコー」
というコトになっている。
・・・わたしが、テンコーになれる日は来るのだろうか・・・。
よし!
土日は、名古屋帯の、自主練だ~~!
「唯一、生き残るのは、変化できる者である」byダーウィン
先日、とある講演会で、聞いたこの言葉。
「最も強い者が生き残るのではなく、
最も賢い者が生き延びるでもない。
唯一生き残るのは、変化できる者である」
進化論のダーウィン先生の格言。
コレにズドンとヤられてしまった!
ネットで調べてみると、原文は以下。
It is not the strongest
of the species that survives,
nor the most intelligent that survives.
It is the one
that is the most adaptable to change.
Charles Darwin
(生き残る種というのは、
最も強いものでもなければ、
最も知的なものでもない。
最も変化に適応できる種が生き残るのだ。
チャールズ・ダーウィン)
高校2年生くらいの英語の教科書に載ってそうな
感じですなぁ・・。
って、そこは喰いつくところではなく^^;
蓋し、名言である。
「進化論」と唱えたダーウィンならでは!
って感じもするのですが、
ちょいと考えてみれば、
古代ギリシャでは、ヘラクレイトスが
「万物は流転す」と唱え、
仏教では、「諸行無常」と言い・・・。
先人は、はるか昔に悟っていたのですね・・。
こういう大切なコト。
で。
自分を顧みてみる。
・・・・・il||li_| ̄|○il||l
変化して無いぞぉ~~~~(泣)
まったく変わってないぞおおお!
厚かましさを覚悟して書けば、「外見」はともかくとして
「内面」は、それこそ高校2年生くらいから「変化」して
ないような・・。
そんな感じっす・・・。
こんなはずぢゃぁなかったのに。
自分は、「何か」を成し遂げるべく、日々、変化していく
存在であるはずだったのに・・・。
中身、変わってませんil||li_| ̄|○il||l ぜんぜん・・・。
と、いうふうに、
自分の不甲斐なさ、屁タレ具合を、あぶりだされたような
感じだったのだ。
冒頭のダーウィンの言葉。
「唯一、生き残るのは、変化できる者である」。
深い・・深すぎる言葉だ・・・。
生き残れんぞ・・・il||li_| ̄|○il||l わたし・・・
えっくえっく(泣)
大和撫子艶姿・・・ならずil||li_| ̄|○il||l
ひどい風邪をひいた。
先週の金曜日から本格的に。
だから、楽しみにしていた「お酒の学校」の「蔵見学」
にいけなかった・・il||li_| ̄|○il||l
「遠足に置いていかれた小学生」
のような・・・il||li_| ̄|○il||l
久しぶりに悲しい気持ちで一杯になった。
でも・・・
わたし、泣かない・・
だって・・・!
わたしには、着物があるんだも~~ん!
゚+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚
着物。
そう、
今、わたしは、とある、「着付け教室」に通って
いるのであります。
はいはいはい!
大和撫子に生まれたからには!
着物のひとつも着れなきゃ、話になりませんやね!
な~に、ちょっと習えば、あっという間に
ひとりで着れるように・・・・・!
ならなかった・・・il||li_| ̄|○il||l
「えっと、どっちが前?」
左と右、どっちが前にくるのか、ってのがまず
わからない・・・。
「○×のところから手を入れて、
△△のしわを伸ばすのですよー」
って・・・
その単語は・・・?
は・・そうですか・・
着物の「部分」の名称なんですね・・・
でも、一度聞いただけでは覚えきれません・・・
il||li_| ̄|○il||l
まして、その場所なんて・・・
「右手で持って、左手で・・・・
あ!アナタ!手、逆よ!逆!」
先生とは「対面」しているので、右と左がごっちゃに
なるとですil||li_| ̄|○il||l
わたしの頭の中には、
「文庫結び」という「言葉だけ」が渦巻いて・・・il||li_| ̄|○il||l
手順なんて・・ぜんぜん・・
あははははははははは(←乾いた笑い)
・・・結局、「長じゅばん」すらも、まともに着ることができない
今のわたしです・・・il||li_| ̄|○il||l
本当に、ひとりで着れるようになるのですか・・
着物・・・・?
女子の占い好きを考える
昨日、とある男子からしみじみ言われたのです。
「女のひとって、占いが好きですよねぇ・・」
と。
うむ。たしかーに。
実際、わたしも、「占い」が好きだ。
「占い」につぎ込んだ金額っていったら、
結構なもので・・。はい。
その昔、
中村うさぎ氏がエッセイに書いていたのです。
「占いは、結局、自分を確認する行為である」と。
この「説」、ものすごく腑に落ちましてね。ええ。ええ。
「自分は何者であるか」。
自己アイデンティティの探求は、生きる上での大命題であり、
人類共通の課題でもある。(そ・・そうなのか!?)
うむ。
皆、「自分探し」に奔走するも、結局、なにも見つけられずに
打ちひしがれて帰ってきたり・・・。
そんなとき、役に立つのが「占い」なんですよね。
ま、その「真偽」は、いったん、脇にどけておいて^^;
「あなたは、こういうヒトです!」
と、言われたときの
「ああ!そうなんです!そのとおりなんです!」
と思えたときの充実感!満足感。
コレ即ち、「自分を確認できた」という喜びなんだと
思うんですよねー。
うすうすはわかっている。
自分がどんなヤツかってことは。
でも、それが、本当かどうかはわからない。
わからないところに、ずばり、言われ・・・
「ああ!やっと会えたわ!自分に!」
っていう満足感が、ある。
・・・のではなか?、と。
占いには。
「でも、男子にもそーいう、自己確認欲求って
あるんぢゃないのー?!」
ええ。
そうですよね。
「自分探し」は女子の特権ぢゃありませんし・・・。
あくまで私論なのですが・・
男子って、女子に比べて、「自分を確認する手段」って
持っていると思うですね。
その典型が、「会社での肩書き」。
コレって自分を確認する手軽なツールだと思うのですよ。
「今度、課長になってさぁ!」
とか
「いやいや、俺も部長だよ~~」
とか。
彼らの中では、
課長には課長のアイデンティティが
部長には部長のアイデンティティが
しっかり、イメージとして確立していると思うのですね。
だから「課長=自分」「部長=自分」・・・という
図式が出来上がり、
「自分は何者か!?」
ということを悩む機会が少なくなる。
「あなたは誰!?」
「僕は、部長さぁ~わっはは!」
てな感じで。
一方女子は・・・
もちろん、女子でも社長、部長、など等
華やかな経歴&肩書きを持っている方は
あまたいらっしゃいます。
んが、しかし、
圧倒的に多いのは・・
「○○さんの奥さん」とか「▲▲ちゃんのママ」
という、
「他者に付属して存在する自分」ではないだろうか、と。
他の存在のアイデンティティがなくては成立しない
自分という存在・・・。
社会的階層性・・ヒエラルヒーに組み込まれて
いないゆえ、確認行為もしづらい。
だから!
「肩書」という確認ツールをもっている男子よりも
「わたしって、いったい何者なの~~!?」
って悩む機会が多いのでは・・・?
と。
理論の飛躍でしょうか・・・?^^;
たとえば、わたしが、今後、課長とか、部長とか・・・
出世魚のごとく!出世していったら!
占い好きではなくなるのかどうか!?
そういう検証ができたら面白いんだろうけど^^;
その気配もなく、また、そのつもりもなく。
と、いうことで、占い好きの占い通いは、しばらく
止まりそうにありません。
はい。


















