
いっこさんのプロフィール
福岡市在住。高校卒業後金融系企業に約30年勤務。一般職から総合職に転換し、仕事中心の充実した時間を過ごす。大阪へ赴任後、‘06年スキルス性胃がん発症。余命3ヵ月と告知され、闘病を期に退職。今出来る社会貢献の一歩として、少し伸びた私の時間を「価値ある人生を生きるために」使いたい。
|
抗がん剤の副作用に叩きのめされ
ようやくその苦しさから解放されつつあった私
相変わらず 食欲が戻らなかった
母は心配して 自宅から 私が食べられそうなものを
いつも持ってきてくれていたけど
期待にこたえられず 食べられなかった
心配した母 何とか少しでも食べてほしかった母
食べないと死んでしまうんじゃないかと 不安な母
副作用で苦しんでいる姿を ずーと見守っていた母
色んな思いが 母の中で飽和状態になっていたんだと思う
ある日 何も食べない私にこう一言
「もう少し 頑張って 食べたら?!」 って
スキルス胃がんを告知されてから
人生が一変し 次から次に色んな事が起こって
現実を受け止めるのも必至なくらい目まぐるしくて
身体も心も すべてがぎりぎりの状態だった
そして初めての抗がん剤に
その副作用に叩きのめされ 必至で頑張って闘っていた私
精神状態はピークに達していた
私に起こった すべての事を 受け入れ
立ち向かうことしか選択肢がなかった私
とにかく いっぱいいっぱい だった
そんな時の
その母の一言に
我慢していたものが 洪水のように溢れてきた
「頑張って・・・って・・・これ以上 どう頑張れって言うのよ!!!」
「食べなきゃいけないってわかっていても 食べられないんだから!」
「無理しても・・・ 食べようとしても・・・ 食べられないんだから ・・・・・・・・」
「頑張っても 自分ではどうしようもできなくて・・・」
「自分が一番 情けなくて くやしいのに ・・・ 」
「これ以上頑張れないよ!!・・・」
と 大声あげて 泣きだした 泣きじゃくった
もう涙も止まらず 悲しくて 辛くて オイオイ泣いた
個室中響き渡る程の声で
それほど辛かった・・・
今、思えば ――― ママも辛かったのに ―――
「頑張って!」の言葉に 傷つくなんて 思った事もなかった
元気な時は 「頑張って!」の言葉が 力にもなった
人を勇気づける言葉だと思っていた
でも 弱っている時は違う
病と闘い続けることを 強いられた日々を送るしかなかった私に
そして 頑張り続けるしかなかった私に
闘い疲れて弱っていた私に
そんな時の 「頑張って」 って言葉は酷だった
母はそれ以来 一度も「頑張って」とは言わない
泣き言をいっても
いつも 「あなたは本当に よく 頑張ってるね えらい!えらい!」
と 褒めることしか言わないし
変われるものなら変わってあげたいと・・・
そしていつも 私の事を 「肯定」 してくれている
「頑張って」と「頑張ってるね」じゃ 天と地ほどに違う
病気になって 初めて知った
「頑張って」に 傷つくこともあることを・・・
☆いっこ☆
2008-11-23 10:54 PM. [
いろいろ ]
コメント(5) いっこ
強烈な副作用がでる3日間
この3日間
頭も痛いし 熱っぽいし
とにかく 経験したことがないくらい 身体がだるい
四六時中むにゅむにゅと 胃の中が「吐き気信号」をだす
この吐き気信号 食べ物の匂いがしたら 突然 強烈になる
かろうじて 嘔吐までいかなくなったのは
吐き気止めの ナゼアとデカドロンのお陰かも・・・
自分ではどうしようもない とにかく寝れるときは寝て
ベッドの上でじーっとして テレビ見たり 外を眺めたりして 時を過ごした
この3日間 本当に 薬以外 ほとんど口にできていない
水分と栄養剤の点滴だけと言っていい・・・
口から食べられないんだから 点滴はありがたかったけど
朝と夕 各2~3時間かかるので
私の細い血管がすぐ悲鳴を上げて 新しい血管探すのが大変だった
この点滴の針は 医師にしか認められていないようで
私の主治医はすご腕で 一度も失敗がなく いつも一発で決まる すごい!!
針の刺し直しがないのが 精神的にとても楽だった
看護師さんが言った 「一番辛いのは3日間」 を信じて
様々な副作用に苦しめながらも 「3日・3日 とにかく3日の我慢」 と言い聞かせ
毎日 ただ24時間が早く進むことを願った
ただ、本当に3日経ったら楽になるのか とても信じ難かった
ようやく 3日経って
確かに少し昨日までとは 身体の感じ方が違ってきた
どう違うかって言うと 何となく折り返し点を回った感じ?
少し だるさが和らいだ
しかし相変わらず 食べられない
いくら点滴打ってても さすがに食欲が戻らない事に 医師が心配して
大動脈炎症候群という難病治療で飲んでるプレドニンという薬を
2倍の10mgにするこという事になった
数日前から プレドニンを増やそうという話はあったんだけど
私はこのプレドニン 増えると元気にはなるけど
以前 減らす時に身体にダメージがきて
その時のイメージが強くて 少し拒んでいた・・・
でも そんなこと言ってられない状況になって 主治医が決断
プレドニン増量になった
難病になった時 「プレドニンは魔法の薬」って誰かに言われ 未だに信じている
顔が丸くなったり お腹が太ったり ニキビができたり 免疫力が低下したりetc
沢山副作用があるけど
大動脈炎症候群で 血管の炎症のせいなのか
微熱やめまいに合わせて 毎日 腰や足の激痛に悩まされ 痛さで眠れない事もしばしば
でもこの薬で炎症も治まり 痛みもなくなり
40kgを切っていた体重は半年ぐらいで元に戻った
そんな経験があったので プレドニン増えたら元気になるかな~って期待もあった
ひどい副作用の峠を越えたら 今度は激しい下痢の応酬
ママは 「抗がん剤の悪いものはどんどん外に出した方がいい!」 って言うけど
確かにそうなんだけど 一日に3,4回も下痢で もうヘロヘロ
だけど ヘロヘロなんだけど だんだん身体は快方へ向かっているのが感じられた
ある意味「毒」は早く外へ出した方がいいみたい
少しずつ強い副作用から解放されつつあったけど
はじめてのこの経験は
必死で抗がん剤と闘った分
身体も 心も かなりダメージを受けていた
☆いっこ☆
2008-11-18 04:35 PM. [
いろいろ ]
コメント(4) いっこ
朝から身体がどろ~ってして だるくて仕方がない
その上 吐き気がたまらない
なんと表現したらいいのか ぐにゅぐにゅと焼けつく
まるで焼けた火鉢にさした棒で かき回されているよう
これが 看護師さんが言っていた 強い副作用の始まりなのか?
朝 検温と血圧を計るため看護師さんがきて
「おはよう!どう?」って聞かれた
史上最悪な顔で 「しんどい・・・」 と一言
既に昨夜 私は強烈パンチの嘔吐に見舞われているうえ
今は 治まることのない吐き気と倦怠感
ベッドに吸い込まれていくようなだるさ だるいの最上級 を味わされている
いったい これ以上どんなことが起こるのか 不安だけど考えるのもきつい
吐き気止め デカドロン ナゼア プリンぺランの注射 といろいろ対応してくれた
でも プリンぺランの注射は最悪で
打ったあと ベッドの中でのたうち回った
胃が もっと暴れだした感じで 私には合わない薬だった
どれも すごく効いたものはないけど その中でナゼアがわりと良かった
でも 服用の量や期間が決められていて 何度も飲めなかったので
一番辛い時間を見計らって ナゼアを大事に飲むようにした
ベッドの中で 副作用にすっぽり覆われた私
為す術がない
水も飲めない 食事が運ばれてきたら その匂いで 死にそうなくらい吐き気が襲ってくる
だから すぐに片付けてもらった
何も口にできない
医師に 食事もとれないし水飲むのも必至で 大丈夫かな・・・?
って 気持も弱って情けな~く聞いたら
「点滴で 水分とカロリ-とれているから 食べれなくても大丈夫よ!!
でも水分は出来るだけ取るようにしてね」と言われた
私には TS-1を飲み始めてから食事がろくにとれなくなっていたので
毎日 水分と栄養剤の点滴が 朝夕続けられていた
確かに口からは摂取できないけど 体には点滴で栄養が入っているから
何とかなるか・・・
なんか少し心が納得して落ち着いた気分になった
そして 食事の事で悩むのはやめにして
少しでも 心の負担を少なくすることにした
そんな状態でも 決められた薬だけは 飲んだ もちろんTS-1も
薬を飲む事が その時唯一 私が がんを攻撃できた術 だったから
負けたくなかった
こんなに苦しいのも 抗がん剤が「がん」をやっつけているからだ と思って
薬が 硬く胃を覆っているスキルス胃がんを叩きのめしていくイメージを強く持って
自分を励ました
・・・ こんなんが 3日も続くって?? いや 本当に3日でこの苦しみが和らぐの?
とても信じられないほどだった
☆いっこ☆
2008-11-08 12:41 AM. [
いろいろ ]
コメント(0) いっこ
病室も個室になり 部屋にはお見舞いのお花が 窓辺にたくさんに飾られて
とても明るく気分が落ち着いた
食欲がなく 吐き気が続くのは変わってなかったけど
まわりへのストレスが減ったため 割と精神力を保てていた
その中で始まった 抗がん剤シスプラチンの点滴
シスプラチンはとても副作用がひどくて
特に腎臓に多大な影響を及ぼすので
点滴後 水分をたくさん取って どんどん尿を出さないといけないといわれた
そのため 点滴後の尿の量を測る必要があるので
それを測るビーカーと 「尿量測定」とかかれた紙と 鉛筆を渡された
点滴後 だいたい3000cc以上の尿を出さないとだめらしい
・・・・・ トイレで毎回自分のおしっこをビーカーに入れて測るなんて ちょっとうんざりだった ・・・・
それと 吐き気や倦怠感など 強烈に襲ってくるので
抗がん剤の前に まず吐き気止めの点滴を打たれた カイトリルとデカドロン
それから シスプラチンが80mg入った点滴を打って
その後も 夜までずーと水分の点滴が続いた
利尿剤も入っていたためか はじめは順調におしっこが出た
それに吐き気止めの点滴が良く効いて 吐き気が薄らぎ
それまで何にも食べる気もしなかったのに
イチゴとか少し口にできて 何だか軽く副作用を乗り超えられるような気がしてきた
看護師さんに「シスプラチンの副作用が現れるのは 点滴の翌日からよ」と言われても
その時は もしかしたら私は副作用が軽いかも~! なんて楽観してた
――― 今思えば かなり考えがあまかった
はじめはそんな調子の私だったけど
母は心配して その日は病室に泊ってくれていた
案の定 私の希望的観測はあっさり崩れて
最初の副作用は その日の夜襲ってきた
寝る前に歯を磨こうと 歯ブラシを口の中に入れた途端
突然 ものすごい嘔吐がきて 便器を抱えて動けなくなった
息ができないほどの 嘔吐の連続
止まらない嘔吐で 顔じゅうなま汗と涙で ぐちゃぐちゃになって
「・・・ママ」って 呼ぶのも必至で
呼ばれた母は
そんな私の姿を見て すこしオロオロしながら
とにかく私の背中を何度も何度もさすってくれて―――
しばらくして だんだん母の手のぬくもりが背中に伝わり
体じゅうが 「吐く」という状態に固まっていたのが じわじわ緩んできた
そうしたら不思議なことに だんだん嘔吐がおさまって ゆっくり息ができるようになった
その後も 強烈な嘔吐の時はいつも母が背中をさすってくれるとおさまった
母の手は 魔法の手だ
こんなことから始まって
その後 本格的なシスプラチンの副作用に 心身ともに叩きのめされることになる
あぁ恐るべし
☆いっこ☆
2008-10-24 05:07 PM. [
いろいろ ]
コメント(4) いっこ
スキルスは決して甘くない
はっきり言葉にして命の時間のことは言われなかったけど
結構 言外に感じていた
そういうことは何となく感じる 患者本人だから・・・
助からないのかなぁ~ と思ったりもした
でも その思いはあまり現実味がなくて
怖いし 辛いし 「死ぬかも」とは思ったけど
死んでしまうなんて事は 考えなかった
常に「死」は現実の外に・・・
でも 死の恐怖が全く無かったわけじゃない
ほんの一瞬 死神が近づいてきたような時があった
お風呂で髪を洗っている時だった
急に「死んだら どうなるんだろう・・・」って思いが頭をよぎった
なんの前触れもなく 本当に急に―――
背中が ぞくっ とした
今まで感じた事がない あんな恐ろしい感覚
自分の肉体や意識が無くなってしまうという事
表現できない恐怖に 襲われて 覆われた
瞬間 意識と体が固まってしまったような・・・
頭を左右に振りながら そんな思いは すぐに振り払った
「考えてもわからないことを 怖がってもしょうがない!!」
と 自分に言い聞かせ 得体の知れないものを 跳ね除けた
いつも 悩んでも結論が出ない事は 悩まないようにしている そう仕向けている
「今 生きている自分」だけが その時 はっきり向き合えた現実だったから
それだけを見つめて 怖さを振り切った!
この闘いに負けるわけにはいかない
☆いっこ☆
2008-10-15 10:57 PM. [
いろいろ ]
コメント(4) いっこ
心の中で 「6か月 半年 抗がん剤治療を頑張れば 仕事に戻れる! 」
それは 私の明確な目標になった
私は昔から 目標というニンジンをぶら下げられると 俄然 力が出る方だった
しかし 現実は 半年生きているという保証は何もなかった
特に おなかの中を見ている医師たちは 決して私に楽観するようなことは口にしないし・・・
でも 絶望させるような言葉も言わなかった
私自身 ネット等で調べたにわか知識で相当厳しい状況であることは理解していた
命が年単位でない事も・・・
それでも私は半年ぐらいで自分が死んでいるなんて まったくイメージできないどころか
なぜか死ぬ気がしなかった ・・・ 理由はないけど ・・・ 死なないと思っていた
ある日 医師に
「先生 私は崖っぷちなんですよね?」って尋ねてみたら
医師は
「崖っぷちじゃないよ! もう崖の下に落ちている状態。だから這い上がるしかないよ!」
!!驚いた!! 思いがけない言葉だった 崖っぷちより悪い状況があるなんて・・・
私は最悪な表現をしたつもりだったのに それ以上だなんて ・・・
その医師は 入院時 泣いていた私に「一緒に頑張りましょう!」と力強く声をかけてくれた
いつも明るくて笑顔を絶やさない 心の強い女性だ そして私より20歳も若い
言葉通り どんなに忙しくても 必ず毎日私を激励に来てくれる彼女に対して
私は絶大なる信頼を寄せていたし 精神的にかなり頼りにしていた
そんな医師からの言葉 大変厳しいものだったけど 本気の激励 が心に響いた
以心伝心だと思う
その思い切った言葉に 私に対する真剣な心がとても伝わってきたのだ
私はドキッとしたけど「腹が据わった」 もうオロオロしなかった
その日の手帳に
スキルスは本当に手強いがん そしてしつこい奴。気を緩めてはダメ!との事
――― 3か月や半年で死んでたまるもんですか!
絶対やっつけてやる!負けない!!―――
と書いている
自分の強気にも 少し驚かされる
でもその強気な心は その時も今も 多くの人の激励に支えられながら生まれてきたもので
とても ひとりの力で築けるものじゃない
身体は辛くて弱音は出るけど
心は何を告げられても もう「絶望」の2字は浮かばない 浮かばせない 無視する
心が闇を見ないように 強く前を向くように ・・・
私はその医師に 医師と患者というだけではなく
この病気をやっつける為 共に戦う同志 のように感じている
だから 何だか偶然に出会った気がしない この出会いは きっと必然だったと 今でも思う
それは 先生もお父様をこの病気で亡くされていて
スキルス胃がんは先生にとっても 「敵」 だったからだ
――― がんと闘う ――― 本人・家族・医師・・・etc どの立場でも本当に厳しい
心が負けない環境に包まれ守られていることに とても感謝している
☆いっこ☆
2008-10-03 08:26 PM. [
いろいろ ]
コメント(6) いっこ
手術後6日間休憩してから 抗がん剤治療がスタートした
シスプラチン(点滴)とTS-1(経口剤)
医師に2種類の抗がん剤はどう違うのか尋ねたら
『シスプラチンはがんを殺して
TS-1はがんの成長を抑える ってとこかな・・・ 』
本当はもっと 詳しく 細かく 深い お薬の話があるんだろうけど
私にはこの簡単で端的な説明で十分だった
そして、どちらの薬も「がん」をやっつけるためには欠かせない! って事
相変わらず食欲もなく 身体はひょろひょろ~ってしていたけれど
がんと戦う気は満々 「気合十分」って感じで
もう 死んじゃうのかなぁ なんて思わなくなっていた
まずは TS-1 を毎日朝晩2週間飲み続けて
TS-1を飲み始めて1週間目の中間の日に
シスプラチンを1回だけ点滴
シスプラチンを点滴した後も、TS-1 が1週間分残っているのでそれを飲み続けて
TS-1も飲み終わったら、その後2週間は休薬
この一通りのスケジュールで約1か月かかる
これを1クールとして6クール行うとのこと
これで6か月かかる
しかし 6ヶ月頑張れば社会復帰できる!!と思い込んでいた私は
想像でしかない副作用の事はなんとか乗り切れる!と
その時は 割と自信があった
病室に薬剤師の先生が「TS-1の服用の手引」を持ってきて
「わからないことや不安な事があったら何でも聞いて下さいね」って
抗がん剤の詳しい説明と様々な副作用のお話など丁寧に説明してくれた
手引には そりゃもうびっくりするような様々な副作用が書いてあって ・・・
副作用の事を案外軽く考えていた私は ちょっと不安になって緊張してきたけど
まあ なんとかなる!だろう と思った
どこの病院もそうなのだろうか?
本当にこの病院の医師や看護師、そして薬剤師の方々は すごく患者の立場で考えてくれる
そして関西気質なのか いつもとても明るくて ――― それに私には関西弁が心地よかった
私はそんな病院の雰囲気のお陰で 辛い闘病生活がどれだけ救われたかわからない
この病院内の文化・風土は 私を前向きにさせてくれたひとつの要因でもあると思う
いよいよTS-1スタート
その副作用はすぐにあらわれた
最初は様々な匂いが私を苦しめ 病室に居られなくなった
特に食事の時間なんか最悪だった
私は食べなくても 同部屋の人達のごはんの匂いがたまらなくて 息もするのも嫌になった
匂いだけでなく みんなが食べていることを想像するだけでも イライラして
そんな中に居させられていることが 拷問のように感じてきた
おまけに次は吐き気が襲ってきた それも絶え間なく嫌な感じの吐き気が続く
そんな状況に たった2日で根をあげてしまい
看護師長さんに「我慢できないので 個室に替えてください」とお願いした
個室は一杯だったので 替わるのに2日もかかった
たった2日なのに その時の私にとっては 2日も だった
それくらい 辛かった ・・・
本当に副作用の事を甘く考えていた
人間 経験のない事は軽く考えるもんだと 改めて思い知らされた
だって、今まで飲んでいた薬は その症状を和らげて楽になるという経験しかなかったから
薬を飲んで具合が悪くなるなんて それもこんなにも嫌な思いをさせられるなんて
考えられなかったのだ
それでもそれはまだまだ序の口で
まだまだ ものすご~い苦しみが 私を待っていた。。。
☆いっこ☆
2008-09-25 07:19 PM. [
いろいろ ]
コメント(10) いっこ
病室に戻った翌日から もう5分粥での食事開始と歩行開始
今は術後すぐに歩いたりする事で 傷の治りが早いとのこと・・・
・・・と言われても・・・どうにも身体がだるくてとてもそんな気になれず
ベッドでごろごろ
斜め前の大腸がんを手術したおばあちゃんは 医師の言うとおりに
朝早くから歩行を開始し 食欲も旺盛でどんどん元気になっていく
私ときたら まったく食欲も戻らず 体も動かす元気も気力も出なかった
抗がん剤をできるだけ早く始めようとの話だったけど
先生にわがまま言って とりあえず日曜日までゆっくりさせてもらい
翌週月曜日から抗がん剤治療となった
それにしても まだ抗がん剤も飲んでないのに なぜ食欲がもどらないのか?・・・
結局 手術ではなく試験開腹だったのだから
手術前と違うのはおなかに傷があるだけで おなかの中は全て前のまま残っているのに・・・
まったく食欲が出ないのは ・・・ なぜ? ・・・
そんな様子を心配して医師が「なぜ食欲が戻らないのかなー?・・・」
「手術前は少しは食べられていたのにね・・・」 ってことで
栄養剤の点滴が始ってしまった
体力がないと抗がん剤治療もできなくなるから・・・
私はそんな状態の自分が とても不安になった
『このままごはんも食べられなくなってしまうのか・・・』
『ごはん食べられないということは・・・死んでしまうんじゃ・・・』
と、なんだか急に怖くなってきた
夜、歯を磨いていた時 鏡に映った痩せっぽっちの自分を見て 泣けてきた
なんだか このまま終わってしまうような 思いが膨らんで
不安で 不安で
そんな状態に抵抗できない自分が悲しくて 涙がぽろぽろ落ちてきた
そこに、いつもは夕方に顔を見せてくれる主治医のT医師が夜ひょっこり来られた
先生の顔を見た途端 涙はもっと溢れてきた
素直に今の思いを伝えたら いつもの優しい笑顔で
「手術したばっかりなんだから、食欲ないって焦らなくても大丈夫。ひとつひとつの現象に一喜一憂しないようにね。」って
グッドタイミングで先生が来てくれたので 私はグーっと深く思い詰める前に
落ち着きを取り戻すことができた
おなかを切ったことでも かなり体力消耗するのは当たり前だもんねって
思えてきた
身体が弱っていると 心も相当へこんで後ろ向きになる
心が後ろ向きになると 身体も力が無くなってくる
「負の連鎖」
しっかり心を強くして 負けずに前に進んで行かなければ―――
それからは少し開き直ることができて
ごはんが食べられなくても 点滴で栄養は入っているから 「大丈夫!」 だし
そのうち体力も戻ってくるだろうって ――― 楽観できた
そうしたら 沢山届いていたみんなからのメールにも やっと目を通すことができて
みんなの思いや言葉にも勇気をもらい
少しずつ元気を取り戻していった
抗がん剤治療がスタートするまでの何日かは
心と体が安定するための大切な時間だった
☆いっこ☆
2008-09-16 10:34 PM. [
いろいろ ]
コメント(8) いっこ
ICUから病室に戻り、同部屋のおばちゃん達に 「おかえり!」 って迎えられた
なんだか嬉しかった
でも、病室には戻ったけど とにかく疲れていて
身体もとてもだるくて ただベッドでおとなしく寝ていた
私の右肩には小さいペットボトルみたいなものが
不安定にゴロンゴロンしていて・・・??
切ったおなかが痛くないように 背中に入れられた細いチューブに繋がっている麻酔らしい
お陰で切ったところは じーっとしている時は あまり痛くなかった
でも、なんだか外側の皮膚より 内側の方がキューっと絞まった感じがして
おなかの中がつっぱっていた
先生に聞いてみたら 「腹膜はしっかり縫っているからね」 とのこと なるほど
思った程痛くないとはいえ 咳・くしゃみなんかとてもできたもんじゃない
”術後の咳などの仕方” という紙をもらっていたので
喉が “イガイガ” して どうしても 咳が我慢できないときは
両手でおなかの右と左を中心に向けて押さえて
傷が開かないように 「へふぉっ へふぉっ」 って力を抜いた情けな~い咳をした
くしゃみは鼻をつまんで、絶対に阻止した
痛さを想像しただけで「絶対くしゃみ出来ない!」って思ったから
手術はできなかったとはいえ おなかを切った証拠はしっかり残っている
それを 見たいような 見たくないような 怖いような ・・・
パジャマの首元から そーっとのぞいてみた
「わっ!うそっ!!マジで!!!」
みぞおちからおへその下まで 銀色のホッチキスの大きな針がびっしり続いていた
・・・ こんなに ・・・ それに糸じゃないんだ・・・
その針はおなかのお肉をしっかり噛んでいて 超グロテスク
ホッチキスの方が傷跡がきれいらしい が その姿からはとても信じ難かった
だって醜すぎる
まるでおなかの真ん中を占領する銀色の大きなムカデみたいで
「あ~ぁ もう ビキニは着れないなぁ・・・」なんて
今まで一度も着たことないのに ―――
ほんの少しだけど ションボリ した
これから色んな意味であきらめること増えるのかな ・・・・・・・・
命の事考えたら ――― そんな事 どうでもいいことなのに・・・。。。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
傷口がつきにくい私は
抜糸まで2週間ぐらいそのムカデと付き合うことになった
☆いっこ☆
2008-09-09 08:53 PM. [
いろいろ ]
コメント(5) いっこ
「私は負けない!!」って強い決意をした事を書きながら・・・
現実のがんとの闘いは まさに挫折と挑戦の繰り返し
いや 精神力との闘いかーーー
抗がん剤 なんとかならないものだろうか
飲むと苦しむとわかっているので トラウマになって
心身共に私を蝕んでいく 副作用は本当に辛い
昨夜またすごい動悸に襲われた
毎度のことなのに 怖かった ・・・ 本当に
でも 『え~いもうこれで死ぬなら死んでもいいや!!ある意味楽になるんだからー・・・』
なんて思って寝たら ぐっすり爆睡
生きていた 皮肉なもんだ
苦しい 痛い と感じていることが 「生きている証拠」と自分を励ます
副作用との辛くて長い2週間 そして 休薬期間の短い2週間
1ヶ月の中の天国と地獄
辛いトンネルに入ったり抜けたり 病との共存
それでも
「生きている事が嬉しい」 と思えるのは
今、まさに私は生きているのだから
ファイト!!!!!!!!!!
☆いっこ☆
2008-09-04 10:06 PM. [
いろいろ ]
コメント(13) いっこ