スキルス性胃がんと宣告されてから。「病との共存生活」~価値ある人生を送るために~

いっこさんのプロフィール
福岡市在住。高校卒業後金融系企業に約30年勤務。一般職から総合職に転換し、仕事中心の充実した時間を過ごす。大阪へ赴任後、‘06年スキルス性胃がん発症。余命3ヵ月と告知され、闘病を期に退職。今出来る社会貢献の一歩として、少し伸びた私の時間を「価値ある人生を生きるために」使いたい。

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<がん対策活動>

東京へ行ってきました。
国立がんセンターがん対策情報センターが
わが国のがん対策について、がん患者やその家族等から意見を取り入れ
がん対策の推進やがんに関する情報提供を充実させていくための
所謂「がん対策応援団」のような募集をしていました。
今の私にできる「何か」を模索しているときに見つけた小さな新聞記事
私の声が少しでも今後のがん対策に役に立てることができるのなら・・・と、応募しました。
思いは通じるものですね(^^)v

そんな思いから繋がったこの活動。
今回、全国各地から約50名がそれぞれの立場から「生の声」を届ける役割を受けました。
既にNPOや患者会等で活躍されている方々もいて
その多くはご本人やご家族ががん患者さんだったり・・・がんに関する様々な体験や知識をお持ちで
本当に素晴らしい方々ばかりにお会いできて幸せでした。
永い間、利益を追求する仕事に従事してきた私としては、がんという病気に関わっただけでも大変なのに
今回出会えた方々の 「人の役に立つ為の努力と社会貢献への真摯な思い」 を伺い
その活動に心から感動しました。
めちゃめちゃ刺激を受け、ますます頑張って生き抜いていこう!!
なんていう「やる気」が出てきました。

あのまま病気にならず ずーっと同じ仕事を続けていたら関わることもなかった世界
何せ「がん」の知識も関心も何もなかったわけですから
がんにならなかったら、こんな新しい体験できなかったなぁって
 ――― 視野が広がりました
がんになったお陰ですね。。。
☆いっこ☆

<がんに負けない力>

手術まで2週間 あまり泣くこともなかった
行動もわりと冷静で適確だった様におもう ・・・ でも 
心は  虚無感で染まり 無感動を装っているような状態だった

告知の翌日には会社に行き、事情を説明して「長期休暇届」を提出
大好きな後輩たちに、しばしの別れと簡単な引き継ぎをし
抗がん剤で髪が抜けるかもしれないと思って
長かった髪もバッサリ ショウトヘアにした
お金のことも少し心配だった 手術っていくらかかるのか?
がん治療には費用がかなりかかるって聞いたこともあるし・・・
加入保険の内容をチェックしてわかりやすいようにファイリング
念のため緊急連絡先も一覧にしておいた
それから循環器専門病院へ行って手術可能かどうかの許可をもらって
麻酔科で手術のための診察も受けた
入院に必要なものを買い出しに行き 
その帰り母と胃を取ったらしばらくは食べられないだろうと
美味しいケーキセットを食べた
以外にもペロッと完食
毎日それなりに忙しくて、泣いたりふさぎ込んだりする事はなかったけど
何をしていても 空疎な時間を感じていた

そんな中
私のまわりはすさまじい速さで いっこ防衛網 を張り巡らせてくれた

手負いの妹を 四方から堅く守ってくれた家族
母の大きな愛
その母を一人にして入院する事が一番心配だった私に
「安心してていいよ」とパートを辞めることを即断して大阪に来てくれた 義姉
多くは語らないけど「心配するな!」と言ってくれた お兄ちゃん
「お前 ・・・ がんばれよ絶対!」と少し涙声の 兄貴
「絶対大丈夫よ!」と 姉貴
35年来のかけがえのない親友
がんの告知を受けたとき、いつも病気している私だけど「今度はヤバイかも・・・」って メールしたら
「いつも最悪を乗り越えてきたいっこだから今度も絶対大丈夫!」ってReメールがきた
そして、すぐに福岡から親友2人が駆けつけてきてくれた
言葉も要らない 顔を見ただけで すべて理解できるし理解してもらえる
無二の友
近所の人情に厚い大阪のお友達たち
懐の深い笑顔で温かい激励をくれた 「頑張るんやで!」「負けたらあかんよ!」
・・・・・・・・・・・
たくさんの人達の心が支えになり
お陰で 心まで病気にならなかった
みんなの思いは 私を 空しさの中から引き戻してくれた
励まされ 支えられ 見守られながら 沢山の優しさの中で
病気に立ち向かう負けない力をつけた2週間 
病気へのファイティングポーズは今も持ち続けている
感謝してもしきれないほどの『愛』に包まれた
☆いっこ☆

<スキルス胃がん 「告知」>

どれくらい 泣いていただろう・・・
なぜ泣いていたのかも 未だに理由をはっきり言葉にできない
「ショック」という言葉じゃ マッチしないし
「まっ白」でもない
今までの人生が 一瞬にして 白黒になって止まってしまったような
色のない世界に一人ぽつんといるような・・・そんな感じで
周囲の何も見えていなかった
何も受け入れられない 心が置き去りになっていた
そして ただ 泣いていた

旅行から戻りすぐに紹介状を持って消化器内科へ直行
「スキルス胃がんを疑っているから・・・」と言われ
すぐにネットで「スキルス胃がん」を調べてみたけど
その結果があまりにも厳しいことばかりで 検索するのをやめた
自分の思考スピードより速く 色んなことが一気に加速してきた 
その時はそんな感じだった

がん拠点病院の「胃がんのプロ」といわれる先生を紹介され
お話するだけで心が温まるような そんな優しい笑顔の先生が
CT ・ 胃透視 ・ そして胃カメラの検査直後の検査室で
「スキルス胃がんで間違いありません」 と あっさり「がん告知」
胃カメラを外したばかりで 少しボーっとしていたけど 
先生は 「早期ですか」   の問いにも 「NO」
    「じゃ 末期ですか」 の問いにも 「NO」 だった
がんの告知って こんなもんなんだ 
もっと仰々しくて重いと思っていたから さらーっと一言で告知されて ちょっと面食らった

診察室に映し出された私の胃の写真 まるで枯れ枝のように細くなっていた
・・・これが 胃なの?! 
私がずーっと感じていたみぞおちのコリコリは
がんに覆われ硬く細くなっていた胃だったんだ 
――― ようやくコリコリの正体がはっきりした
先生がその写真を見ながら 呟いたひとこと
「なんとか 助けてあげたいな・・・」そんなに・・・厳しい状態なの? 
様々な想像が頭の中を一気に駆け巡った

私は細胞検査でもがんは発見されず、腫瘍マーカーも正常値だったけど
胃透視での胃の形やCTでの胃の壁の厚み、胃カメラでの胃の狭窄状態などが
スキルス胃がんを示していた
「スキルス胃がんで間違いない。すぐに手術しましょう」と
もちろんそんな枯れ枝のような胃なんか早く取ってほしいと思ったけど・・・
だんだん 得体のしれない何かに自分自身が包み込まれてしまい
突然大粒の涙が一つ落ちた 
びっくりした 意識外だった 泣くなんて・・・ 
それから 冷静に手術の説明を聞いている私と 
ずーと涙が止まらなくなって泣いている私と
両極端の私がそこにいた
泣きながら「大丈夫ですから 大丈夫ですから ・・・」と先生に言いながらも
涙だけは止まらなかった ずーと ずーと
近くにいた母のことも忘れて  ずーと ずーと 泣いていた
今、その時の母の気持ちを思うと  また 胸が詰まる・・・
☆いっこ☆

<そんな時に 温泉旅行へ>

そんな切迫した状況であったにもかかわらず
翌日から予定していた城崎温泉旅行に母と出かけた
不安がなかったわけじゃないけど、1日や2日遅れてもどうこうなるもんでもないだろうし
なんとなく今行っておかないと もう行けなくなるような気もして・・・
虫の知らせみたいな ―――
もちろんドライブ大好きな私の運転で Let’s GO !
お天気も最高で途中の高速は車も空いててめちゃめちゃ快適
私の車はスピードが出るとイキイキします
本当に気分が良かった
心と身体のモヤモヤしたものが、少しの間吹き飛んだようだった
しかし、サービスエリアでランチした後も、旅館での美味しい懐石料理を食べた後も
やっぱり吐いた
相変わらず 私の身体は食べ物を拒否する状態が続いていて
そんな光景になんとなく慣れてしまっていた私と母
気にはなっていたけど 温泉を満喫し楽しい旅行になりました
予想通り、それからすぐに旅行になんか行けない状況に陥りましたけど。。。
☆いっこ☆

<スキルス胃がん自覚症状③忍び寄る真実>

みぞおちあたりの コリコリ  消えることなく触るたびに嫌な思いがしていました
不安が増す中、グッドタイミング~で会社の成人病健診があったので
「この コリコリ は何でしょうか?」って聞いてみて、エコー検査もしてもらったけど
「心配ないです」ってことで、後日手元に届いた検診結果にも「問題なし」の表示
でも全く安心できなかった
だって毎日外食でランチしていたのが、その頃はほんの少ししか食べられなくなっていて、母の作ってくれる小さなお弁当でランチするようになっていたし、食後のコーヒーとか飲んだりすると、そのコーヒーを噴水のように吐いてしまい、食後に水分が取れない状態になっていたから。。。
何もないはずがないじゃない! 心の中は疑いの渦だらけ
そのコリコリはだんだん私の中で不安が膨らみ 常に気になる嫌な存在になっていた
10月に入って、持病の件で月に1度診てもらっていた日本でも有名な循環器専門病院の
担当医に にちょっと聞いてみた
循環器専門なので胃の事を聞くのもなんとなく気が引けるムードだったけど
「先生、食事もあまり取れなくてすぐ吐いてしまうし、ここにコリコリがあるんですけど・・・」
いつもクールで余計な事は話さないタイプの担当医が
「体重は減ってるの?」
「はい・・・それにこの前駅で倒れて・・・貧血だったみたいで・・・」
私も本当のところが知りたいのと
このまま聞かずにいようかという思いが交差して
なんだか らしくもなく・・・モゴモゴと担当医に説明していたら
先生が私のコリコリを触った途端 顔色が変わった
何やら院内専用の携帯で連絡をとり、すぐにエコー検査を受けることになった
エコーの先生は女性で私のコリコリの画像を見ながら
ボソっと 「こんなに胃の壁が厚いかな??」 って小さく呟いて担当医に連絡
2人の先生は画像を見ながら、結論に達したみたいで
診察室に呼ばれた私は担当医から
「すぐに消化器専門の病院で再検査してもらって下さい。紹介状書くから」
私の不安はどうも現実のものになりそうな予感 ひたひたと真実が忍び寄ってきていた

――― っていうか
8月の胃カメラではストレスでしょうと言われ
9月の成人病検診では「問題なし」だったのに ――― 今さら ―――
と、急に「問題なし」を正当化してほしいような すがりたいような
半信半疑・・・・いや 分が悪いのはある意味確信していて・・・
そんな心模様でした。
☆いっこ☆

<余談 その時母は・・・>

ちょっと話はそれますが・・・
私が駅で倒れたことを上司が母に電話で連絡してくれた時の事
「お嬢さんが駅で倒れられて・・・」みたいな連絡だったのでしょうか?
男の人から電話があるなんてほとんどない我が家。
元気に朝家を出た娘が倒れた?!
信用できない・・・
これはもしかしたら 「振り込め詐欺?!!」
って思ったらしく。
瞬間的に悪人だと思い込んで 最悪の応対に出た母。
「あなた!どなたざます!!」 とは言っていないと思いますが
相手を「悪い人」と判断した応対は 相当のものだったと想像がつきます。
後で平謝りの母でした。
上司は「振り込め詐欺に間違えられちゃったよ~」て、事務所は大爆笑だったとか。
後期高齢者の母!!アッパレ! それ位慎重で良いのです!!
☆いっこ☆

<スキルス胃がん自覚症状②>

会社で倒れてからも普段の生活は何も変わらず、「一病息災」な生活。
毎日地下鉄御堂筋線の“恐怖のラッシュアワー”を好きな音楽聴きながら乗り切り
片道1時間40分かけて通勤。
休日には私の唯一のストレス解消法「ドライブ」でいろんなところに行きました。
真赤な愛車で 三都物語を含め あちこちと・・・
淡路島から四国に渡って、鳴門の渦を観光船でみたり
ゴールデンウイークには超渋滞の中、伊勢志摩まで 等々
上司に「休みの日は休養とれよ!」と心配される位、よく出かけました。
助手席にはいつも「ママ」を乗せて。(趣味と親孝行を兼ねて)
ストレス解消のドライブは快調でしたが、胃の調子は相変わらずで
チームのみんなで食べに行った「トマトラーメン」激うま!だったのに半分も食べられず
・・・今でも少し心残りです(福岡にもあるんでしょうか?)
そんな具合だったので、大阪に付いてきてくれていた母がすごく心配して
「お願いだから病院で一度診てもらって」と毎日のように言うもんですから
近所の消化器内科で生まれて初めて鼻からの胃カメラ検査を受けました。
いざ検査となると なんだか不安の波が押し寄せて・・・ よくない結果を想像したり・・・
鼻からカメラは口からより楽と言われましたが 比べたこともないし ――
なんとも??評価し難く   ただ、思ったより苦しくなかったです。
結果「胃の機能障害で胃が動いていない」との診断。
先生に冗談半分で「 がん じゃなくてよかった~」って ―― 
内心ほっとしました。
「転勤や業務の変化など、ストレスが原因でしょう」と言われ漢方薬を処方してくれ
血液検査の結果で「貧血」を示す数字もでていたので、鉄剤の注射を受けて少し楽に。 
身体がだるいのはそのせいもあるとのことでした。
食べるものもろくに食べられず、そのうえ貧血なんだから、キツイのも当たり前か。
しかし、その後も食事量はますます減っていたので、いつも業務終了後の「おやつタイム」で
ぎりぎり栄養補給してたって感じです。

暫く経って夏の終わり頃
今度は地下鉄の駅で乗り換える途中に倒れてしまった。

さすがにこれは何か変だな~ ちょっと良くないのかなあ~? とか思いながら
優しい駅員さんが運んでくれた駅長室のベッドの上で、ぼんやりしながら眠りの中へ。
今度は前より不安が増しましたね。
その日は病院で点滴打ってもらい、次の日も普通に出勤しましたが
「休日は休養取ろう」と少し反省。

その頃位からか?異変が。。。
みぞおちあたりに コリコリするものが出現!
「何?これ???」 ――――
                                          ☆いっこ☆

<気分はブルー>

あ~ぁ あ~ぁ 今日はため息の日
がん細胞をやっつけるための抗がん剤
正常な細胞までダメージを受けてしまうせいでしょうか・・・何でも治りにくい!
去年11月頃引いた鼻風邪も未だすっきりしないし、ちょっとできた湿疹も・・・ 
そしてまた右目に「ものもらい」ができた。 ――― もうっっ!!
退院直後から右目だけに出来るようになって、できちゃつぶれ、できちゃつぶれを繰り返し
1年も付き合ってます。
病気の優先順位からいえば「ものもらい」なんて取るに足らないものですし
命にくらべりゃなんてことないですけど・・・ 今日は溜息がでます。
抗がん剤を飲んでいる2週間の中で時々そんな些細なことがとても嫌になり
気分がグーっと落ち込んでブルーになる日があるんです。
今日がまさにその日ですかね。
まぁ普段の生活でもそんな気分の日もあった様に思いますが
薬のせいにしておくと なんとなく気も楽に 
(命を繋いでいる薬なのに・・・悪役にしてしまって少し気が引けますが・・・)
あと1日の我慢です。ファイトp(^-^)q
☆いっこ☆

<スキルス胃がん自覚症状①と持病の難病>

今から思うと もっと前からサインは出ていたのかもしれませんが
最初に気がついたのは、大阪に転勤してから約1年が経った2006年3月 後輩の送別会。
ハイアットホテルの中華料理をパクついていたら、突然胃がパンパンでゲップも出ない“満杯”状態。
このままじゃ胃が破裂するんじゃないか?と思うほど・・・
身体はゲップを出そうとするのに、胃の入り口あたりで詰まって
ウグゥ ウグゥ みたいな音のような 妙な上下運動が胃と食道あたりで起こって・・・
出ようとするゲップが、何かに阻まれまったく出ない。
もう苦しくて苦しくて  トイレで無理やり吐いた。
吐くと楽になった・・・「何だ?食べすぎか?こんな事もあるかな?」 とその時は軽く処理。
ところが、それから食べる度に同じことを繰り返し、だんだん食べることが苦痛になり
疲れが取れないだるい日が続くようになった。

胃が破裂しそうでゲップが出ないという経験がない人には想像できないでしょうが
本当に辛いのです。
生汗は出てくるし、お腹が破裂寸前の風船のような感じで苦しいのなんのって・・・
食べる度にそんな思いをしたくなかったので、当然食べる量も目に見えて減って、体重も減ってきて

   ある日、会議中に倒れてしまった・・・。

右の奥歯の奥がグーと押し込むような痛さが来たかと思うと 
胸が重苦しいような息苦しさに襲われ ・・・ ダウン 
 
ちょっと横になったら楽になると思っていたけど・・・
全身脱力って感じで・・・ 復活の兆しなく そのままタクシーで帰宅。
念のためかかりつけの病院で診てもらったら 「狭心症」の疑いでニトロを処方されました。
(がんの直接的な症状ではなく、それまでの症状で全身が弱っていたのだと思います)
ニトロってちょっと怖い感じですが、まぁ気にしなかったというのがほんとのところ。
「普通は相当気にするでしょうが!!」 ってチームのみんなもカナリ心配してくれて。。。
普通なら大慌てでしょうが、病気屋さんの私はあまり感じなくなっていたみたいです。
こんなところが危険なんですよね。
なぜそこまで重く受け取らなかったか 
私は『大動脈炎症候群』という厚労省認定の特定疾患(難病)とも付き合っていたからです。
まさか、それから8ヵ月後にスキルス胃がんと言われるなんて 想像もしなかった。。。
☆いっこ☆

<会社辞めた~い・・・!?>

今朝、目が覚める直前だったと思うけど 「会社やめた~い」 と言ってる夢を見た。
はぁ? 既に退職済みですけど・・・ 私のどこの潜在意識が そう 言わせているのか?
まったく不明?
しかし、この “キーワード” 30年間会社人間だった私が、何度口にしたことか。
本当に辞める時は、「辞めた~い」とはこれっぽっちも思わず   
「辞めるのか・・・」という感じで   ――― 今日はお勤め時代のお話を。。。

お勤めしていると 辞めたい! 辞めたい! と何度でも言ってしまうけど
在籍中 一度本気で上司に「辞めます!!」と 腹決めて言ったことがあります。
もちろん 超 本気で。  23歳か頃だったかなぁ?
新しくできた小人数の営業所で物凄く忙しい上、まだまだ未熟なのに リーダーとかで
みんなをまとめたり、段取りしたり、スケジュール作ったり、上司や営業マンや女子の意見や
取引先やお客様の声やら・・・
一生懸命ひっしで頑張っているのに 憎まれ役って感じで 私はもう抱えきれず耐えきれず
毎日愚痴しかでなくて  そんな自分も嫌になって 
「こんなことじゃ私の大事な20代が駄目になる!!」と思って、勢いづいた気持ちのまま
上司を会議室に呼んで「辞めます!!」 (身体中から興奮した湯気をだしながら・・・)
しかし、この上司(春ちゃん)の対応が びっくりものでした。
にこにこしながら、まず『とんかつランチ』を食べに・・・ 人間満腹になると落ち着くから??
そしておもむろに
「結婚するの?」 
「いいえ!」 
「再就職先決まっているの?」 
「いいえ!!」 
「じゃ なんで?」
「とにかく 今すぐ辞めたいんです。辞めてゆっくりして、先のことはそれから考えますから。」
「だったら行先決めてからにしなさい。そうやって辞めてその後大変だった人をいっぱい知っているからね。
決まったら承諾するよ。」
以後、何度いっても、微笑みながら「NO
私はみんなに辞めるからって宣言もしたし、仲間内で送別会もしてもらったのに・・・
「辞めます!」と言ってから2か月も経って、私の勢いづいた気持ちも冷静さを取り戻し
送別会でみんなの優しさに触れたりして だんだん心の叫びも
 辞めてやる! 辞めるんだから 辞めます・・・
こんな感じになってきた時、春ちゃんが
「辞めること止めても、全然恥ずかしくないよ~」っと一言
――― っと言うことで 結果30年も勤めることになりました。

私はこの経験を「辞めたい」と相談してきた後輩にいつもお話します。
落ち着いて自分を冷静に見つめる時間を持つことで、前のめりだった自分が少し後ろに引けて、目の前の大きな岩のような障害物が、それがちっちゃな石ころだったり、横に通り道が見えたり、その先に新しい景色が見えたり・・・するもんです。 
気づかせてくれた春ちゃんに感謝しています。

回りは何も変わってないのに、自分の気持ちが少し変わることで、心が大きく変わった経験でした。
煮詰まったときの“深呼吸”大事ですよ(^―^)
今日は病気の話ではなく、仕事編でした。
                             ☆いっこ☆

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Referer
6: Google [ わかりやすい病気の話 胃がん ]
2:わかりやすい病気の話 胃がん のウェブ検索結果 @search:@n
2: Google [ みぞおちのコリコリ ]
1: Google [ スキルス まさ%8 ]
1: Google [ 腫瘍マーカー 検査値 余命%8 ]
1: Google [ スキルス胃がん 人数 ]
1:search.live.com /results.aspx
1: Google [ 胃が動いていない  ゲップ ]
1:search.live.com /results.aspx
1: Google [ ゲップが出ない感じ  ]