
いっこさんのプロフィール
福岡市在住。高校卒業後金融系企業に約30年勤務。一般職から総合職に転換し、仕事中心の充実した時間を過ごす。大阪へ赴任後、‘06年スキルス性胃がん発症。余命3ヵ月と告知され、闘病を期に退職。今出来る社会貢献の一歩として、少し伸びた私の時間を「価値ある人生を生きるために」使いたい。
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手術後6日間休憩してから 抗がん剤治療がスタートした
シスプラチン(点滴)とTS-1(経口剤)
医師に2種類の抗がん剤はどう違うのか尋ねたら
『シスプラチンはがんを殺して
TS-1はがんの成長を抑える ってとこかな・・・ 』
本当はもっと 詳しく 細かく 深い お薬の話があるんだろうけど
私にはこの簡単で端的な説明で十分だった
そして、どちらの薬も「がん」をやっつけるためには欠かせない! って事
相変わらず食欲もなく 身体はひょろひょろ~ってしていたけれど
がんと戦う気は満々 「気合十分」って感じで
もう 死んじゃうのかなぁ なんて思わなくなっていた
まずは TS-1 を毎日朝晩2週間飲み続けて
TS-1を飲み始めて1週間目の中間の日に
シスプラチンを1回だけ点滴
シスプラチンを点滴した後も、TS-1 が1週間分残っているのでそれを飲み続けて
TS-1も飲み終わったら、その後2週間は休薬
この一通りのスケジュールで約1か月かかる
これを1クールとして6クール行うとのこと
これで6か月かかる
しかし 6ヶ月頑張れば社会復帰できる!!と思い込んでいた私は
想像でしかない副作用の事はなんとか乗り切れる!と
その時は 割と自信があった
病室に薬剤師の先生が「TS-1の服用の手引」を持ってきて
「わからないことや不安な事があったら何でも聞いて下さいね」って
抗がん剤の詳しい説明と様々な副作用のお話など丁寧に説明してくれた
手引には そりゃもうびっくりするような様々な副作用が書いてあって ・・・
副作用の事を案外軽く考えていた私は ちょっと不安になって緊張してきたけど
まあ なんとかなる!だろう と思った
どこの病院もそうなのだろうか?
本当にこの病院の医師や看護師、そして薬剤師の方々は すごく患者の立場で考えてくれる
そして関西気質なのか いつもとても明るくて ――― それに私には関西弁が心地よかった
私はそんな病院の雰囲気のお陰で 辛い闘病生活がどれだけ救われたかわからない
この病院内の文化・風土は 私を前向きにさせてくれたひとつの要因でもあると思う
いよいよTS-1スタート
その副作用はすぐにあらわれた
最初は様々な匂いが私を苦しめ 病室に居られなくなった
特に食事の時間なんか最悪だった
私は食べなくても 同部屋の人達のごはんの匂いがたまらなくて 息もするのも嫌になった
匂いだけでなく みんなが食べていることを想像するだけでも イライラして
そんな中に居させられていることが 拷問のように感じてきた
おまけに次は吐き気が襲ってきた それも絶え間なく嫌な感じの吐き気が続く
そんな状況に たった2日で根をあげてしまい
看護師長さんに「我慢できないので 個室に替えてください」とお願いした
個室は一杯だったので 替わるのに2日もかかった
たった2日なのに その時の私にとっては 2日も だった
それくらい 辛かった ・・・
本当に副作用の事を甘く考えていた
人間 経験のない事は軽く考えるもんだと 改めて思い知らされた
だって、今まで飲んでいた薬は その症状を和らげて楽になるという経験しかなかったから
薬を飲んで具合が悪くなるなんて それもこんなにも嫌な思いをさせられるなんて
考えられなかったのだ
それでもそれはまだまだ序の口で
まだまだ ものすご~い苦しみが 私を待っていた。。。
☆いっこ☆
2008-09-25 07:19 PM. [
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コメント(10) いっこ
病室に戻った翌日から もう5分粥での食事開始と歩行開始
今は術後すぐに歩いたりする事で 傷の治りが早いとのこと・・・
・・・と言われても・・・どうにも身体がだるくてとてもそんな気になれず
ベッドでごろごろ
斜め前の大腸がんを手術したおばあちゃんは 医師の言うとおりに
朝早くから歩行を開始し 食欲も旺盛でどんどん元気になっていく
私ときたら まったく食欲も戻らず 体も動かす元気も気力も出なかった
抗がん剤をできるだけ早く始めようとの話だったけど
先生にわがまま言って とりあえず日曜日までゆっくりさせてもらい
翌週月曜日から抗がん剤治療となった
それにしても まだ抗がん剤も飲んでないのに なぜ食欲がもどらないのか?・・・
結局 手術ではなく試験開腹だったのだから
手術前と違うのはおなかに傷があるだけで おなかの中は全て前のまま残っているのに・・・
まったく食欲が出ないのは ・・・ なぜ? ・・・
そんな様子を心配して医師が「なぜ食欲が戻らないのかなー?・・・」
「手術前は少しは食べられていたのにね・・・」 ってことで
栄養剤の点滴が始ってしまった
体力がないと抗がん剤治療もできなくなるから・・・
私はそんな状態の自分が とても不安になった
『このままごはんも食べられなくなってしまうのか・・・』
『ごはん食べられないということは・・・死んでしまうんじゃ・・・』
と、なんだか急に怖くなってきた
夜、歯を磨いていた時 鏡に映った痩せっぽっちの自分を見て 泣けてきた
なんだか このまま終わってしまうような 思いが膨らんで
不安で 不安で
そんな状態に抵抗できない自分が悲しくて 涙がぽろぽろ落ちてきた
そこに、いつもは夕方に顔を見せてくれる主治医のT医師が夜ひょっこり来られた
先生の顔を見た途端 涙はもっと溢れてきた
素直に今の思いを伝えたら いつもの優しい笑顔で
「手術したばっかりなんだから、食欲ないって焦らなくても大丈夫。ひとつひとつの現象に一喜一憂しないようにね。」って
グッドタイミングで先生が来てくれたので 私はグーっと深く思い詰める前に
落ち着きを取り戻すことができた
おなかを切ったことでも かなり体力消耗するのは当たり前だもんねって
思えてきた
身体が弱っていると 心も相当へこんで後ろ向きになる
心が後ろ向きになると 身体も力が無くなってくる
「負の連鎖」
しっかり心を強くして 負けずに前に進んで行かなければ―――
それからは少し開き直ることができて
ごはんが食べられなくても 点滴で栄養は入っているから 「大丈夫!」 だし
そのうち体力も戻ってくるだろうって ――― 楽観できた
そうしたら 沢山届いていたみんなからのメールにも やっと目を通すことができて
みんなの思いや言葉にも勇気をもらい
少しずつ元気を取り戻していった
抗がん剤治療がスタートするまでの何日かは
心と体が安定するための大切な時間だった
☆いっこ☆
2008-09-16 10:34 PM. [
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コメント(8) いっこ
ICUから病室に戻り、同部屋のおばちゃん達に 「おかえり!」 って迎えられた
なんだか嬉しかった
でも、病室には戻ったけど とにかく疲れていて
身体もとてもだるくて ただベッドでおとなしく寝ていた
私の右肩には小さいペットボトルみたいなものが
不安定にゴロンゴロンしていて・・・??
切ったおなかが痛くないように 背中に入れられた細いチューブに繋がっている麻酔らしい
お陰で切ったところは じーっとしている時は あまり痛くなかった
でも、なんだか外側の皮膚より 内側の方がキューっと絞まった感じがして
おなかの中がつっぱっていた
先生に聞いてみたら 「腹膜はしっかり縫っているからね」 とのこと なるほど
思った程痛くないとはいえ 咳・くしゃみなんかとてもできたもんじゃない
”術後の咳などの仕方” という紙をもらっていたので
喉が “イガイガ” して どうしても 咳が我慢できないときは
両手でおなかの右と左を中心に向けて押さえて
傷が開かないように 「へふぉっ へふぉっ」 って力を抜いた情けな~い咳をした
くしゃみは鼻をつまんで、絶対に阻止した
痛さを想像しただけで「絶対くしゃみ出来ない!」って思ったから
手術はできなかったとはいえ おなかを切った証拠はしっかり残っている
それを 見たいような 見たくないような 怖いような ・・・
パジャマの首元から そーっとのぞいてみた
「わっ!うそっ!!マジで!!!」
みぞおちからおへその下まで 銀色のホッチキスの大きな針がびっしり続いていた
・・・ こんなに ・・・ それに糸じゃないんだ・・・
その針はおなかのお肉をしっかり噛んでいて 超グロテスク
ホッチキスの方が傷跡がきれいらしい が その姿からはとても信じ難かった
だって醜すぎる
まるでおなかの真ん中を占領する銀色の大きなムカデみたいで
「あ~ぁ もう ビキニは着れないなぁ・・・」なんて
今まで一度も着たことないのに ―――
ほんの少しだけど ションボリ した
これから色んな意味であきらめること増えるのかな ・・・・・・・・
命の事考えたら ――― そんな事 どうでもいいことなのに・・・。。。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
傷口がつきにくい私は
抜糸まで2週間ぐらいそのムカデと付き合うことになった
☆いっこ☆
2008-09-09 08:53 PM. [
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コメント(5) いっこ
「私は負けない!!」って強い決意をした事を書きながら・・・
現実のがんとの闘いは まさに挫折と挑戦の繰り返し
いや 精神力との闘いかーーー
抗がん剤 なんとかならないものだろうか
飲むと苦しむとわかっているので トラウマになって
心身共に私を蝕んでいく 副作用は本当に辛い
昨夜またすごい動悸に襲われた
毎度のことなのに 怖かった ・・・ 本当に
でも 『え~いもうこれで死ぬなら死んでもいいや!!ある意味楽になるんだからー・・・』
なんて思って寝たら ぐっすり爆睡
生きていた 皮肉なもんだ
苦しい 痛い と感じていることが 「生きている証拠」と自分を励ます
副作用との辛くて長い2週間 そして 休薬期間の短い2週間
1ヶ月の中の天国と地獄
辛いトンネルに入ったり抜けたり 病との共存
それでも
「生きている事が嬉しい」 と思えるのは
今、まさに私は生きているのだから
ファイト!!!!!!!!!!
☆いっこ☆
2008-09-04 10:06 PM. [
いろいろ ]
コメント(13) いっこ