
いっこさんのプロフィール
福岡市在住。高校卒業後金融系企業に約30年勤務。一般職から総合職に転換し、仕事中心の充実した時間を過ごす。大阪へ赴任後、‘06年スキルス性胃がん発症。余命3ヵ月と告知され、闘病を期に退職。今出来る社会貢献の一歩として、少し伸びた私の時間を「価値ある人生を生きるために」使いたい。
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抗がん剤の副作用に叩きのめされ
ようやくその苦しさから解放されつつあった私
相変わらず 食欲が戻らなかった
母は心配して 自宅から 私が食べられそうなものを
いつも持ってきてくれていたけど
期待にこたえられず 食べられなかった
心配した母 何とか少しでも食べてほしかった母
食べないと死んでしまうんじゃないかと 不安な母
副作用で苦しんでいる姿を ずーと見守っていた母
色んな思いが 母の中で飽和状態になっていたんだと思う
ある日 何も食べない私にこう一言
「もう少し 頑張って 食べたら?!」 って
スキルス胃がんを告知されてから
人生が一変し 次から次に色んな事が起こって
現実を受け止めるのも必至なくらい目まぐるしくて
身体も心も すべてがぎりぎりの状態だった
そして初めての抗がん剤に
その副作用に叩きのめされ 必至で頑張って闘っていた私
精神状態はピークに達していた
私に起こった すべての事を 受け入れ
立ち向かうことしか選択肢がなかった私
とにかく いっぱいいっぱい だった
そんな時の
その母の一言に
我慢していたものが 洪水のように溢れてきた
「頑張って・・・って・・・これ以上 どう頑張れって言うのよ!!!」
「食べなきゃいけないってわかっていても 食べられないんだから!」
「無理しても・・・ 食べようとしても・・・ 食べられないんだから ・・・・・・・・」
「頑張っても 自分ではどうしようもできなくて・・・」
「自分が一番 情けなくて くやしいのに ・・・ 」
「これ以上頑張れないよ!!・・・」
と 大声あげて 泣きだした 泣きじゃくった
もう涙も止まらず 悲しくて 辛くて オイオイ泣いた
個室中響き渡る程の声で
それほど辛かった・・・
今、思えば ――― ママも辛かったのに ―――
「頑張って!」の言葉に 傷つくなんて 思った事もなかった
元気な時は 「頑張って!」の言葉が 力にもなった
人を勇気づける言葉だと思っていた
でも 弱っている時は違う
病と闘い続けることを 強いられた日々を送るしかなかった私に
そして 頑張り続けるしかなかった私に
闘い疲れて弱っていた私に
そんな時の 「頑張って」 って言葉は酷だった
母はそれ以来 一度も「頑張って」とは言わない
泣き言をいっても
いつも 「あなたは本当に よく 頑張ってるね えらい!えらい!」
と 褒めることしか言わないし
変われるものなら変わってあげたいと・・・
そしていつも 私の事を 「肯定」 してくれている
「頑張って」と「頑張ってるね」じゃ 天と地ほどに違う
病気になって 初めて知った
「頑張って」に 傷つくこともあることを・・・
☆いっこ☆
2008-11-23 10:54 PM. [
いろいろ ]
コメント(6) いっこ
強烈な副作用がでる3日間
この3日間
頭も痛いし 熱っぽいし
とにかく 経験したことがないくらい 身体がだるい
四六時中むにゅむにゅと 胃の中が「吐き気信号」をだす
この吐き気信号 食べ物の匂いがしたら 突然 強烈になる
かろうじて 嘔吐までいかなくなったのは
吐き気止めの ナゼアとデカドロンのお陰かも・・・
自分ではどうしようもない とにかく寝れるときは寝て
ベッドの上でじーっとして テレビ見たり 外を眺めたりして 時を過ごした
この3日間 本当に 薬以外 ほとんど口にできていない
水分と栄養剤の点滴だけと言っていい・・・
口から食べられないんだから 点滴はありがたかったけど
朝と夕 各2~3時間かかるので
私の細い血管がすぐ悲鳴を上げて 新しい血管探すのが大変だった
この点滴の針は 医師にしか認められていないようで
私の主治医はすご腕で 一度も失敗がなく いつも一発で決まる すごい!!
針の刺し直しがないのが 精神的にとても楽だった
看護師さんが言った 「一番辛いのは3日間」 を信じて
様々な副作用に苦しめながらも 「3日・3日 とにかく3日の我慢」 と言い聞かせ
毎日 ただ24時間が早く進むことを願った
ただ、本当に3日経ったら楽になるのか とても信じ難かった
ようやく 3日経って
確かに少し昨日までとは 身体の感じ方が違ってきた
どう違うかって言うと 何となく折り返し点を回った感じ?
少し だるさが和らいだ
しかし相変わらず 食べられない
いくら点滴打ってても さすがに食欲が戻らない事に 医師が心配して
大動脈炎症候群という難病治療で飲んでるプレドニンという薬を
2倍の10mgにするこという事になった
数日前から プレドニンを増やそうという話はあったんだけど
私はこのプレドニン 増えると元気にはなるけど
以前 減らす時に身体にダメージがきて
その時のイメージが強くて 少し拒んでいた・・・
でも そんなこと言ってられない状況になって 主治医が決断
プレドニン増量になった
難病になった時 「プレドニンは魔法の薬」って誰かに言われ 未だに信じている
顔が丸くなったり お腹が太ったり ニキビができたり 免疫力が低下したりetc
沢山副作用があるけど
大動脈炎症候群で 血管の炎症のせいなのか
微熱やめまいに合わせて 毎日 腰や足の激痛に悩まされ 痛さで眠れない事もしばしば
でもこの薬で炎症も治まり 痛みもなくなり
40kgを切っていた体重は半年ぐらいで元に戻った
そんな経験があったので プレドニン増えたら元気になるかな~って期待もあった
ひどい副作用の峠を越えたら 今度は激しい下痢の応酬
ママは 「抗がん剤の悪いものはどんどん外に出した方がいい!」 って言うけど
確かにそうなんだけど 一日に3,4回も下痢で もうヘロヘロ
だけど ヘロヘロなんだけど だんだん身体は快方へ向かっているのが感じられた
ある意味「毒」は早く外へ出した方がいいみたい
少しずつ強い副作用から解放されつつあったけど
はじめてのこの経験は
必死で抗がん剤と闘った分
身体も 心も かなりダメージを受けていた
☆いっこ☆
2008-11-18 04:35 PM. [
いろいろ ]
コメント(4) いっこ
朝から身体がどろ~ってして だるくて仕方がない
その上 吐き気がたまらない
なんと表現したらいいのか ぐにゅぐにゅと焼けつく
まるで焼けた火鉢にさした棒で かき回されているよう
これが 看護師さんが言っていた 強い副作用の始まりなのか?
朝 検温と血圧を計るため看護師さんがきて
「おはよう!どう?」って聞かれた
史上最悪な顔で 「しんどい・・・」 と一言
既に昨夜 私は強烈パンチの嘔吐に見舞われているうえ
今は 治まることのない吐き気と倦怠感
ベッドに吸い込まれていくようなだるさ だるいの最上級 を味わされている
いったい これ以上どんなことが起こるのか 不安だけど考えるのもきつい
吐き気止め デカドロン ナゼア プリンぺランの注射 といろいろ対応してくれた
でも プリンぺランの注射は最悪で
打ったあと ベッドの中でのたうち回った
胃が もっと暴れだした感じで 私には合わない薬だった
どれも すごく効いたものはないけど その中でナゼアがわりと良かった
でも 服用の量や期間が決められていて 何度も飲めなかったので
一番辛い時間を見計らって ナゼアを大事に飲むようにした
ベッドの中で 副作用にすっぽり覆われた私
為す術がない
水も飲めない 食事が運ばれてきたら その匂いで 死にそうなくらい吐き気が襲ってくる
だから すぐに片付けてもらった
何も口にできない
医師に 食事もとれないし水飲むのも必至で 大丈夫かな・・・?
って 気持も弱って情けな~く聞いたら
「点滴で 水分とカロリ-とれているから 食べれなくても大丈夫よ!!
でも水分は出来るだけ取るようにしてね」と言われた
私には TS-1を飲み始めてから食事がろくにとれなくなっていたので
毎日 水分と栄養剤の点滴が 朝夕続けられていた
確かに口からは摂取できないけど 体には点滴で栄養が入っているから
何とかなるか・・・
なんか少し心が納得して落ち着いた気分になった
そして 食事の事で悩むのはやめにして
少しでも 心の負担を少なくすることにした
そんな状態でも 決められた薬だけは 飲んだ もちろんTS-1も
薬を飲む事が その時唯一 私が がんを攻撃できた術 だったから
負けたくなかった
こんなに苦しいのも 抗がん剤が「がん」をやっつけているからだ と思って
薬が 硬く胃を覆っているスキルス胃がんを叩きのめしていくイメージを強く持って
自分を励ました
・・・ こんなんが 3日も続くって?? いや 本当に3日でこの苦しみが和らぐの?
とても信じられないほどだった
☆いっこ☆
2008-11-08 12:41 AM. [
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コメント(0) いっこ