先日の検査の結果 タキソールが効いてない事がわかった
私から髪の毛を奪い 顔にぶつぶつを作らせたのに
効いてないどころか 卵巣に5㎝の腫瘍がみつかったのだ
4か月前のCTでは無かった
ガン発覚時より 血液検査の腫瘍マーカーに数字が現れない私だから
いつもCT検査がメインになる
去年の夏には膀胱に現れ それは1㎝程の幅で覆っているらしい
メインの胃、そして浸潤先の大腸と肝臓は・・・今は大きな変化は見えないが
不気味な感じだ
昨年の夏より カンプト・タキソールの副作用に 日常を飲み込まれて
その辛さゆえ 物事が予定通り進まなくなってしまっていた
その原因は抗がん剤のせいだけなのか?
それだけではないような気がする
副作用の辛さに 「仕方ない・・・」と
初めっから結論付けていたんじゃないだろうか
どこかで諦めていたんじゃないのか・・・
振り回されっぱなしの自分が悔しくなってきた
そんなんでいいのか? 良いわけがない
ガンだろうが 副作用に苦しもうが
私の人生の主導権は私が握るのだ!
闘いの姿勢が蘇ってきて 力が湧いてきた
☆いっこ☆
2010-03-15 05:30 PM. [
第二章 ~新たながんとの闘い~ ]
コメント(3) いっこ
抗がん剤タキソールの点滴を打った2日後
私は39度以上の熱が出て 緊急入院となった
前日 夜からなんとな~く調子が悪くて
今回は副作用が今までより強いのかな~と思いながら眠った
明け方 寒気と吐き気 そして熱っぽい
グググっと襲ってきた吐き気が止まらず
久々に母に背中をさすってもらったが ・・・なかなか治まらず
顔中が涙でぐしょぐしょになって ようやく吐き気が一段落
すぐに吐き気止めのナゼアをのんだ
タキソールでこんな吐き気が来たのは初めてだった
頭も痛い ・・・既に38度も熱があった
起きる元気もないほどに具合が悪かった
でも 病院に連絡しなきゃヤバイかも
病院? どっちの病院に連絡するか?
がん治療の病院か 難病とその他全般を見てもらっている内科の先生か・・・
・・・あ~ やっぱこのまま寝ていたい 動くなんて無理・・・
しかし寝ていても 楽になるどころか どんどん熱は上がる
抗がん剤の後でもあるし 病院から頂いた資料に
「熱が38度以上出た場合はすぐに連絡してください」とあったので
がん治療の病院へ連絡
「すぐに来てください」とのこと ヘロンヘロンでタクシーに乗った
外来のベッドでずーっと寝てた
途中 車いすに乗って検査に行ったりして
結果 インフルエンザでもなく 肺炎でもなく 膀胱炎でもなく ・・・
でも血液検査で 何かしらの感染症であることは間違いないと・・・
外来のベッドの上で 抗生剤の点滴など2つ程点滴しても
熱は上がる一方で
夕方6時ごろそのまま入院になった
夜 熱は39度を超えていて 頭が熱いのと割れそうに痛かった
母が言うには 触ると頭がやけどしそうに熱かったらしい
解熱剤と氷水を看護師さんが持ってきてくれて
飲むとそれがとてっても冷たくて 身体の熱さが和らぐような感じがした
本当に気持ちよくて 口に含んだ氷が 最高に美味しかった
看護師さんの心使いが とっても嬉しかった
夜10時頃先生がまた来て これから下痢になるかもしれないね・・・って言われた
お腹も全く痛くないし ホントに?お腹にくるのかな~?!
なんて思いながらも 効いてきた解熱剤のお陰で 少し楽になって眠った
明け方4時ごろ 先生の言うように「下痢」になった
それも超~ひどい下痢で でも不思議な事にお腹が痛くなくて ただピーピーが続いた
丸一日何も食べてないうえ 高熱の後のピーピーで ふらふら、、、
かなり長い事トイレを占領していたので ホント個室で良かった^_^;
ようやく熱は下がった
「細菌感染(ウィルス性の腸炎)の疑い」 らしい
副作用も影響して 弱っているところに菌に感染したんだろう
いつもまじめに 手洗い・うがい・マスクを励行して
その上 食事前には必ずアルコールジェルで消毒しているのに
まぁ仕方ないか・・・
5日間入院して家に戻ったが 力が湧かず 約1週間引きこもり状態が続いた
今日 やっとPCの前に座る気になった
いや~参りました。。。
☆いっこ☆
2010-02-25 09:54 PM. [
第二章 ~新たながんとの闘い~ ]
コメント(2) いっこ
抗がん剤タキソールも この2月で3クール目に入った
なので 副作用のパターンも だんだんわかってきた
3年間 シスプラチン・TS-1・カンプト・タキソール という抗がん剤をしてきて
本当に効き方も 副作用の出方も 人それぞれなんだなぁ~とつくづく感じる
ガン患者万人に一発で効く! なんて薬があればいいのに・・・
さて タキソールは案外副作用が楽な方かなって期待してたけど
やっぱり私の場合は 他の抗がん剤と同様 例外なく副作用に苦しめられている
まぁここまでくれば 「体質だ」 と諦めているのだけど
脱毛という副作用は 色々書いてきたので
それ以外の副作用について・・・
抗がん剤タキソールを点滴する前に
吐き気止めの点滴や 副作用を抑える薬を飲む
このお陰で 点滴当日は吐き気を感じる事はないので
今までに比べると いいんだけど・・・
このタキソール 詳しくは知らないが アルコールで割って
食塩水で薄めての点滴らしく (水割り??)
そのアルコール濃度は 中ジョッキ1杯程度とか?
当然 車の運転はだめで 酒気帯びか?飲酒運転での違反になるし
なによりも 危険。。。
飲んだら?・・・いや 打ったら乗るな!なのです
特に 私はお酒が得意な方ではなく
以前 頑張ってやっと小ジョッキ1杯のビールを飲めるようになったぐらいで
それも 2時間ほどかけて やっとその1杯を飲むというような具合で、、、
そんな状況なので 薬と点滴の相乗効果ですごい眠気に襲われる
よろよろになって 点滴中 必ず爆睡状態になってしまうのだ
だからいつも 2時間程の点滴があっと言う間に終わりになっている
そんなんだから 大好きな車の運転はできずに
兄貴が送り迎えをしてくれている (いつもありがとうございますm(__)m)
点滴終了後 私は 酔い?を醒ますべく
病院の1階にあるcafe shop で ソイラテと小さなデニッシュを食べて
カフェインと糖分で ボーっとしている頭の芯を 目覚めさせるようにしている
(この方法が正しいのかどうかわからないけど・・・結構スッキリしてくるのだ)
それぼど順調な点滴当日なのだが 夕方位から必ず動悸が来る
この動悸 始まると約12時間位続く
だから だいたい朝目覚める前くらいまで続いているのだ
特に寝る前ぐらいの時間が一番つらい トイレに行くのも這って行くみたいに
ハアハア言って 息が上がって立ってられないのだ
動悸については以前は怖かったけど
今は眠ってしまえばわからないので あまり気にしていない
そして翌日の夜から3日間は
極度の倦怠感と弱い吐き気が続き 動けない
それから完全復活しないまま 次の点滴の日がやってくる
それともう一つ
顔 特におでこにビッシリぶつぶつができて 治る気配なし
触るとザラザラして ホント 感じ悪い湿疹なのだ
脱毛にぶつぶつ ・・・ 容姿への副作用は精神的ダメージの方が大きい
動悸、倦怠感、吐き気 ・・・ こっちは肉体的ダメージ
今はそんな日々を送っている
毎週水曜日がタキソール点滴の日
唯一 火曜日だけがこうやって やりたい事ちょこちょこできてるって感じで
週1回の点滴を3週やって 1週休みの治療パターン
この1週休みの休薬期間 したい事が山ほどあって 時間が足りない・・・
今度は副作用が少し楽かも・・・って 毎回 希望的観測なんだけど
希望を捨てないで治療に向かっている
☆いっこ☆
2010-02-09 08:00 PM. [
第二章 ~新たながんとの闘い~ ]
コメント(5) いっこ
多少 自虐的表現だけど
現在の私の髪の毛は
「みだれ髪」ならぬ「すだれ髪」状態だ
一気に抜けて ツルツルになるのか・・・と思いきや
スカスカ状態で脱毛が一旦休止
それはそれは 情けないものである
しかし そんな状態にも関わらず
やっと 髪の毛の事を書けるようになった
ここまで来るには 結構時間がかかったと思う
もっと早く 潔く受け入れられるものかと思っていたが
案外 傷ついた ・・・ 髪は女の命?とまでは言わないけど
外見がかもしだす風体 ・・・ 髪って結構重要ポイントだって思い知らされた
この状況を受け入れがたかった私は
事前にウィッグを購入に行った時も 駄々っ子みたいだった
ロングヘアーの私は 当然 ロングのウィッグを想定していたのだが
お店の人も母も 言外にそれを反対する態度をとる
勿論 私を思っての事なのだが・・・
それでも私はロングに執着があった
毎日毎日 ドンドン髪が抜けて 心が辛くなっていて 我慢して・・・
見た目だけでも 早く前に時間を戻したかったのだ
でも 所詮ウィッグ 自前ではない 様々な条件で折り合いをつけなければいけない
「・・・ ここでもあきらめるのか!」 と突然呟いて 黙り込んでしまった
がんになって 色んな事妥協してきた事が急に一杯溢れてきて こぼれた言葉
もうどうでもよくなって 手入れや顔映りや髪質やらの総合的判断で
ショートヘアに落ち着いた (正直 ヤケクソ どうでもよくなってた)
50歳を過ぎた大人の女がする態度ではない
子供かっ!! って突っ込みたいぐらいだ 今思えばとても恥ずかしい
だが、その時は・・・ とても悲しかったのだ
なによりも とっても心が後ろ向きだった
何でウィッグをかぶるはめになるのか!何で! 何で! 何で! って
抵抗したって現実が変わるわけでもないのに これが本当の無駄な抵抗
だから ウイッグを使い始めた頃は イライラしてたし 本当に嫌だった
ショートヘアーは好評だったが ロングへの未練がひっかかっていた
その未練を解消するには ロングをGetするしかない
そう ロングのウイッグも購入した
私は小さなこだわりがとれて 母に 照れた笑顔を見せた
母は 私の笑顔にホッとしていたようだ
なぜなら そんな私の頭を 「代ってあげたい」と撫でてくれていたから
母には 娘の姿が悲しくて 居たたまれなかったのだ
とりあえず この二つのウィッグをその日の雰囲気で使い分ける事にした
ある日
主治医に 「今日がウィッグの病院デビューですよ!」 とショートヘアで挨拶し
次に会った時に 「今日はロングヘアーにしました(^v^)」 と挨拶をしたら
先生から 「そうやって楽しんでいるんだね」 って笑顔を返された
ハッとした そんなつもりではなかったが
楽しむ ・・・なるほど 楽しめるんだ こんな状況でも
目からうろこだった
そう思えたら 急に
こんな機会 そうそうあるものではない 楽しんでみようか
そう思えた
抗がん剤にやられてばかりでもない
何があっても どんな時でも 道はある 楽しむ事もできるのだ
今は ショートとロングを 帽子など組み合わせながら
バリエーションを楽しんでいる
☆いっこ☆
2010-01-24 05:41 PM. [
第二章 ~新たながんとの闘い~ ]
コメント(5) いっこ
スキルス胃がんで余命宣告されてから
毎年 欠かさず
年末に近い私のお誕生日に
お祝いセレモニー? をしてもらっている
最初は2006年だった
退院した翌日に 義姉が準備してくれた
いちごのバースディケーキ
クッキーの上に チョコで「お誕生日おめでとう」の文字
48歳分のローソクの光り
そして わざわざ福岡から大阪まで来てくれた 姪たちと一緒に
みんなで ♪ハッピーバースデイ♪ を歌い
私が ローソクを吹き消す
家族や医師の大方の予想では
そんな誕生日のお祝いは その年で終了のはずだったけど・・・
良い意味での 大どんでん返しが続く
この行事 予想を裏切り
その後も
2007年 2008年 2009年 と
4回 も 続いている
すごい!!!
先月 お祝いしてくれた4回目のとき
本当に つくづく すごいな~って思った
しみじみ 「生きてて良かった」 って
これまでの 幸せな時間に あらためて心から感謝した
いまや この行事は生き続ける 「プラスのジンクス」 と化し
毎年 義姉が使命のように 段取りしてくれている
年一回のお誕生日が
歩いてきた一年とこれからの一年を しっかり繋いでくれているようだ
この一年も生き抜くぞ~!
年頭に掲げた 今年の目標達成のために
『決して負けない!』
ファイト~ オーーー!! p(^o^)q
☆いっこ☆
2010-01-12 09:27 PM. [
第二章 ~新たながんとの闘い~ ]
コメント(2) いっこ
体が痛めつけられると それを心で支えるって本当に大変
副作用で辛かった事で 相当 体がへにょへにょになり
そして 同調するように 心もへにょへにょになってしまった
まだまだ 鍛え方が甘いってこと? かな・・・
しかし ようやく 自分をしっかり持てるようになった
ここのところの私は 苦しみから逃れたい一心だったように思う
それほど体が悲鳴をあげた という事なのだ
何せ あれ程元気に動けていたのに
副作用で思うように動けなくなり
具合が悪くて 寝ている事が多くなってしまったから・・・
結果 弱音と愚痴にまみれた
全く 情けない話
『逃げれば苦痛が追いかけてくる
でも 立ち向かえば それが 乗り越える目標になる』
何度も何度も そんな経験をしているのに
弱いな~ 築いていたと思った強さも なんともろいものか
しかし 心は前を向き 立ち向かう力を失くしてはいなかったし
思うほど 弱虫でもなかった
苦しんだ分 また前より強く踏み出せる力を養えたと思う
こんなウジウジしている時間なんかないのに!!!
って イライラしてたけど
もがいてもダメだったから 状況に身を任せたって感じかな~??
頭じゃなく 心を落ち着かせようと ・・・
自分の本当の思いは何なのか?
包み隠さない心の思いは何なのか?
どうしたいのか?
何度も問いかけた―――
そして それは
『私自身 納得のいく生き方を貫く事なんだ!!』 と
つっかえてた心がそう叫んだ時 心のブレが止まった
髪が抜ける事も あんなにしょんぼりしてたのに
今は バッサバッサ抜け落ちる髪の毛の束も ・・・ 見慣れた
準備していたウイッグをかぶった方が 暖かいし若く見えるもん(^^)v
なんて 毎日平気でかぶってる
体のコントロールがきかなくなっても
心をしっかり支えて 励まし続けていく
心がぶれない事で 私自身を守る事が出来る
今回の苦悩の経験は もう一つの山を乗り越えるために
心を鍛える訓練となった
負けない人生を生きるために 必要な時間だった
☆いっこ☆
2009-12-20 02:58 PM. [
第二章 ~新たながんとの闘い~ ]
コメント(4) いっこ
どうしてしまったんだろう・・・?
自分の心が うまくコントロールできない
新しい抗がん剤タキソールの副作用は
覚悟していたより 吐き気も弱く
日帰りで 治療できるようになった
でも 確実に以前の私に比べて 体は弱っている
家に引きこもっている時間も多い
体調のせいで 必然的にそうなっているんだけど・・・
動けない自分にイライラする
髪が抜ける事も 現実として受け止めてはいるけど
心が受け入れきれていないようだ
新たに顔を出した「がん」も 私を毎日苦しめる
そう・・・ 今の一番の副作用は 元気が出ない事だ
3年の山を越えたのに
その次の山はもっと険しいのか・・・
心がマイナスの渦に落ち込んでしまったようだ
どうやって 反転攻勢をかけようか―――
☆いっこ☆
2009-12-05 06:43 PM. [
第二章 ~新たながんとの闘い~ ]
コメント(5) いっこ
3年生きるという事は
当時の私には夢のまた夢で 大き過ぎる目標だった
3年前の11月 私の命の期限は 医学的な常識では 2~3カ月だった
直前まで バリバリ仕事していたのに ・・・ 本当に 人生何が起こるかわからない
晴天の霹靂だ
そして手術のために開腹・・・
しかし私のスキルス胃がんは ステージⅣ
既に腹膜播種で 肝臓と大腸にも浸潤していた
だから 何も手を付けずにお腹を閉じた
後日談だけど 手術に立ちあわれた医師が
私のお腹の中をみて 「半年は生きられないだろう・・・」と思った と言ってた
その後 とても辛かった抗がん剤治療
私は絶対治る!復活する!と信じて 頑張った
結果 抗がん剤は劇的な効めを発揮してくれて 胃に膨らみを蘇らせ
医師をおどろかずほどになった
それでも医師は 「私の様な状態で 3年生きている人を見た事がない」と言われた
そこから 3年生きる事が目標のようになっていった
そんな状態だからというわけだったのか・・・?
「したい事をし 食べたい物を食べ 好きなように生きなさい」 ってよく言われた
私はこの主治医が大好きで とても信頼していたので
素直に
この3年 したい事をし 食べたい物を食べ 本当に好きなように生きてきた
ただでさえ治療にストレスを感じるので
それ以外にストレスを感じるような事は できるだけ生活から排除していった
しかし どんな時も 『生』について・・・頭から離れる事はなかった
そして 逆を言えば それは『死』についても同じだったのかもしれない
それから あっと言う間の3年
月単位の将来だって リアルではなかったあの日から
いつの間にか 生きているこの状態が当たり前になり 現実のものとなっている
この結果は 到底私一人では叶わなかった
その日々を支えてくれた 医師や家族や友人達やーーー
全の人々のお陰で 生き抜く事が出来たのだ
この感謝の思いをどう表せばいいのか ・・・
・・・ これからも生き抜く事で それに応えたい
本当に 全ての方々に 心から感謝しています
この3年の月日は とても辛いことも多かった
でも 何故かそれ以上に 今は楽しく充実した日々ばかりを思い出す
先日 親友と3人でランチした時
「いっこは 本当にがんと共存してるって実感するね・・・」って呟いていた
確かに 私の体から 私を苦しめる「スキルス胃がん」は排除できないが
共存してきたこの3年は
とてもかけがえのないものを 私に与えてくれて
結果として 良い形での共存を図る事ができた
現在 私の体の中のがんは
当初の状態に 新たに膀胱にまで浸潤を来してきた
先日の検査の結果は
がんは小さくはなっていないけど 大きくもなってないとのことで
じーっとしているらしい
抗がん剤が効いているという事だ
まだまだ がんとの闘いの試練は続くけど
とにかくこの3年は
新しい価値観を持ち 新しい人生を歩けた
これからも 価値ある人生を生き抜くために
前を向いて 負けずにチャレンジし続けたい
3年の山を越えて 次の目標に向けて 新たに決意する
☆いっこ☆
2009-11-18 12:28 AM. [
第二章 ~新たながんとの闘い~ ]
コメント(4) いっこ
退院して10日位過ぎてから ようやく復活してきた
副作用で心身共に苦しめられ 抑圧された状態が続いた
そこから這い出さんがための反動だろうか・・・?
「食べて」 「買い物」して そして 「ドライブ」と
その状態を打破すべく カレンダーを埋めていった
しばらく 何も美味しく感じなかったことへの反動
まずはランチウィークになった
福岡市内が一望できる 油山の中腹にあるレストランmoriでランチ
七隈の日本料理一水で すき焼きランチ
平和1丁目の長崎阿蘭陀珈琲館で 名物ちゃんぽんランチ
西中洲の季楽で 焼き肉ランチ 等々
立て続けに 1週間のうち5日もランチに出かけた
それから 買い物もした
動けず寝てばかりの時は テレビ通販でワンピをget
動けるようになってからは 岩田屋で帽子 大丸でブーツ
近所にできたg・uで スキニーパンツ
どれも すごく欲しかったわけでもなかったけど
物ではなく 「買う行為」そのものが目的のような・・・
食べて 買い物して まだまだな感じだった
どうせまた抗がん剤に苦しめられる
そう思うと 動けるうちに!!
ネットで宿泊先をさっさと決めて
2日後には由布院温泉へGO! ―――
露天風呂から見える由布岳 優しいツルツルのお湯 美味しい食べ物
秋の温かな日差しを受ける金鱗湖
偶然見る事が出来た 幻想的な朝霧
ちょっとの間 現実を忘れていた
行き帰りの高速は お天気も良く最高だった
道路をがっちりつかんで走る時の 車が風を切る感じ スピード感
そのスピードが出た時に変化するエンジン音
そんな中を ただ運転する
それが大好き
運転は下手だけど 運転する事が大好きな私
心が少し軽くなった
食べて お買い物して 温泉に入って ドライブして
かなり楽しめたけど・・・ すっごく満足っていう感じでもない
それに 当然だけど相当疲れた、、、
なんだか・・・こう・・・なんて言うか・・・刹那的な行動だからか??
まぁ
これだけ動けたら 十分じゃないって感じで 一応納得
私の反動行動は なんとか終息した
この治療 体もだけど かなり心にダメージ受けたのかなぁ?
本当に じたばたしながらなんだけど
なんとか 這い出して納まりをつけた
じたばたしたっていい!
簡単に 負の状態に飲み込まれたりしないんだから!
抵抗してやる!
たじろぐな!!
と気合を入れて ちょっと落ち着きます^_^;
☆いっこ☆
2009-11-09 06:56 PM. [
第二章 ~新たながんとの闘い~ ]
コメント(7) いっこ
7月から始めた 抗がん剤カンプトの治療
10月の入院で4回目を受けた
副作用・・・特に吐き気がひどかった私に
処方していただいた薬が 今回はよかった
しかし 副作用は吐き気だけではない
吐き気が抑えられても 体のだるさや下痢や動悸や
様々な辛い症状が私を襲う
その真っ只中にいるときは もう嫌だ!っていつも思う
そして体がだんだん回復してくると
また 次頑張るか・・・って
辛いトラウマを打ち消しながら 自分を励ます
ただ・・・今回は少し違う
はたして この抗がん剤は続けられるのか???
正直言って 自信がない
今まで私が経験してきた抗がん剤の中で
一番辛かったのは シスプラチンだった
でも、これは6クールという期限付き
精神的にも 6回我慢すれば・・・という区切りを持てた
今回のカンプトはシスプラチンよりはマシだけど 期限がない
要は カンプトが効かなくなるまでが 一応の目安
区切りが有る様な無いような ・・・
肉体と精神の闘いだ
カンプトだって 日帰りでできる人もいれば
私のように 毎回入院しなければならない人もいる
同じ抗がん剤でも 効き方も 副作用も 人それぞれ
本当に 千差万別なのだ
先日の外来で 主治医も心配してくれていた
カンプトの継続は厳しいだろうと・・・
私も そう思う ――― そう伝えようと思っていた
だから 先生が言ってくれて ホッとした
副作用が辛いのは QOL(生活の質)の低下を招く
私のように手術できなかった状態の場合
治療は基本的に 根治ではなく 『延命』
だから できる限り生活の質を保つことのできる治療が一番なのだ
CTの検査結果を見て 次の抗がん剤に変更予定だ
命には限りがある
今やりたい事を棒にふって 苦しめられるのは本意ではない
しかし苦しくても 薬の効果によって その期間が延びるのであれば 気持も変わる
事実 シスプラチン+TS1は 辛い抗がん剤治療だったけど
2~3カ月の命と言われた私に
食欲と元気と 日常を取り戻させてくれた
そして その日々はもうすぐ3年になる
(以前 私の様な状態で3年生きている人は見た事がないと言われた)
延命治療 ・・・ 本当に考えさせられる
最終的に どうしたいのか・・・決めるのは私自身
色々悩む時は 「何のために・・・」と
気持ちを 最初の頃の思い 「原点」 に立ち返るように仕向けている
崖っぷちじゃない!崖の下に落ちている状態!!だから這い上がるしかない!!!
『価値ある人生を生きるために』 そう決意したあの日に ―――
☆いっこ☆
2009-10-31 09:38 PM. [
第二章 ~新たながんとの闘い~ ]
コメント(13) いっこ