
村山由香里
(代表取締役/福岡編集長)メーカーでOLを3年、編集と広告営業を8年経験して34歳で起業。「働く女性を応援するネットワーク型情報誌」をコンセプトに情報誌「アヴァンティ」を出版。誌面やイベントで女性たちの勇気を後押しする企画を展開している。最近では、大学や企業、行政などでの講演も多い。 |
社員旅行から帰りました
躍動する上海に、日本は完全に負けてる、と思った上海だった。
20年くらい前、私がまだ20代のころ、アジア旅行のメッカは香港だった、ように思う。中国返還でその地位はガクッと下がった感があるが。当時の香港のイギリス的なものと中国的な猥雑さが混在する魅力が、いまの上海にある気がした。
近未来の宇宙空間のような建造物、超モダンなインテリアや雑貨、レストラン、スパ…。
いまいちばん新しい中国が上海にある。
そして、驚くのは、若者たちから伝わってくるエネルギー。
自分の可能性を信じられるのは、急激な街の発展を目の当たりにしていることと関係あると思う。ガイドをしてくれた23歳の女性、劉佳さんからも、上海の躍動をビンビン感じた。
日本は、これからどうしたらいいんだろう。
日本はどう進んでいこうとしているのか、そこに生きる私たちは…。
上海のきらめきに、そんなことを考えさせられた。
みんなはどんなことを感じたのかな。
たかまるレポートはアップされてます。
4月20日は、「私が27歳の頃」100回記念パーティ
今日の仕事は、パーティの案内状作成。
このパーティもあっというまの企画。「私が27歳の頃」に出てくださった方のお集まり会をしたいなー、とずーっと前から思っていた。で、ついにやろう、ということになって、大急ぎで会場手配、パーティだけじゃなく、講演も仕込もうとか、講演内容の打ち合わせをアメリカの智子さんとメールでやりとりした。案内状を書きながら、タイトルはどうする、と悩み、「27歳の頃」は何年に始まって、何回やったんだっけ、と調べ、大騒動。
なんと,ラッキーなことに、今月号で100人目じゃないですか!!
じゃあ、「私が27歳の頃」100回記念パーティだ!
やっとこ、案内状ができた。
明日から上海だから、今日中に、ポストに投函しようと、一気に封入。
トークライブをするたびに、出演者のネットワークを作ろうよ、と過去の出演者に言われていた。「私が27歳の頃」に出てくださったみなさまも、取材しただけで終わらず、つながっていきたいし、福岡でがんばっている女性どうし、つながっていただきたいと思っていた。
しかし、思いたつのに、ずいぶん時間がたってしまった。
スタートしたときから、なんとなく考えていたから、9年近くにもなったのね…。
創業12年目で干支も今年で1周する。
新しい気持ちで何かをやれってことかな。
100回記念なんて縁起がいいし。
地震がこわくて、カラダがガチガチ
ここんとこ、ものすごーく、腰と肩と背中が痛い。
たぶん、フローリングの床に寝ているから。
地震以来、ベッドに寝るのがこわくて、リビングの床の上に布団を敷いて寝ている。
「ぜーったい地震なんかくるもんか」と思いながら、ベッドの横にでっかい書棚を置いていた。
「地震がきたらイチコロ」と笑っていたのだが、まさか、ほんとに「イチコロ」状態がくるなんて。
こわくてベッドに寝れない。
移動しようにも、モノが多すぎて、何をどう移動させたらいいのか。
えーん、どうしよう。
会社もぐちゃぐちゃでしたが、全員怪我はなく、なんとか平常に戻りました
昨日は、地震の翌日で、まだ余震もあって、まだまだ、私としては、不安な気持ちだったのだが、なんと、パーティなどが2つ。両方とも、「決行です」と連絡。
1時からの「咲ら化粧品」の森さんの2周年パーティには、アヴァンティを持っていくと約束していたので、最初に会社に寄ったら、
ぎょ!!!!!
棚は倒れ、観葉植物も全部見事に倒れ、コーヒーメーカーは床に飛び散り、お酒のビンが壊れ、書類が床中に散乱し、もう…、足の踏み場もない状態。
書庫でアヴァンティを探そうにも、そこまで行けず、たぶん、書庫はぐちゃぐちゃ。
自分の席まで行こうにも行けない。放心状態で、そのままパーティ会場へ行った。
そこは、なんと、うって変わったように「パーティ」。
ドレス姿の女性もいっぱいいて、さっきの惨状が目の前にちらちらしながら、入っていった。
すごいね。
みんな、それぞれに被害にあってるのに、たぶん、70人くらい入っていたんじゃないかな。ちゃーんと来てくれるんだからね。森さんはみんなに愛されてるなー、と思った。
森さんは去年のトークライブの実行委員長だったので、実行委員のメンバーが受け付けしたり、大活躍だった。
天神からの帰り、大名は、ビルの倒壊キケンだということで、何ヶ所も通行止め。帰りつくまでに、すっかり腰が痛くなってしまった。
足浴をして、落ちついて、上の階のライターの吉田まりこさんに電話。
彼女の家族がきていて、「弟は内装工事をしてるから、電話して」と言われていた。
プロはすごい。あっという間に、ぶらさがったエアコンも、移動したピアノも、棚を地震対策するのも、お風呂の電気もぜーんぶ、直してくれた。
しかし、1つ忘れてた。クローゼットと、飛び散ったスイッチ…。どうしよ。
夕方は、ステップの会。トークライブ実行委員卒業生の集まり。昼間のメンバーも何人も参集。
お世話役の愛ちゃんが転勤だということで、最後なんて、寂しい、と参加。
人材教育の高木奈穂さんの話を聞いて、お食事。誰かの話を聞いてそのあとだと、みんな、自分のことをしゃべりやすい。それぞれの会社のそれぞれの悩みや問題などを次から次に話し、高木さんに質問し、とっても楽しくて建設的な時間だった。
会社は、今日、8時に出社して、みんなで片付け。
9時半には、なんとか平常に戻った。
せっかく去年改装したばかりなのに、床も汚れちゃった。真っ白な棚も、なんだかかわいそう…。
たかまるちゃんが、レポートしてくれてます。
http://www.e-avanti.com/fukuoka/diary/001338.html#comments
今週は、金曜から上海へ社員旅行。
今月の仕事がちょっと心配である。
地震、ほんとにこわかったー!!
先週は、ずっと風邪具合が悪く、「熱もないのに、元気がない」というワガママ状態で、気弱になっていたとき、突然、地震!!!!
朝遅く、やっと起き出したところで、ぐらぐらぐらーっ!!
メガネを探して、リビングルームをふらふら、つかまろうにも、ものは落ちてくるし、なにがなんだかわからないで、心臓はバクバク。とにかく着替えなきゃ、とふらふらしながら洋服に着替えた。
怖かったー!!
携帯で友人たちに電話しようにも、全然かからない。
テレビをつけると、地震があったとは言ってるけど、これからどうしたらいいか、なんにも言ってくれない。
何が不安かって、このままマンションにいていいのか、外に出たほうがいいのか、これからも大きな地震がくるのかこないのか、なんにもわからない、ってこと。
電話も通じないから、ひとりでほんとに不安で不安で…。
台所は、シンクも床も割れた食器がてんこ盛り。
洗面所の棚は倒れこみ、中へ入れない。水への道が分断されてしまって、おなかはすいてくるし、もう、どうしていいかわからない。
玄関に置いていた、タイから持って帰ったでっかい阿部ちゃんの絵は無残にガラスが割れ(ガーン!ショック!)、ベッドの部屋は、エアコンは外れてぶら下がり、オーディオも上から落っこちてころがってる。
地震なんて、ない、ってタカをくくっていたから、地震対策ゼロで、ごろごろモノを置いてた。
でっかいクローゼットやピアノや仏壇まで、すべて20センチくらい動いてる。
スリッパはいてても、ガラスがざくざく突き刺さる感じ。
ひとりで家にいるのは不安でたまらないから、次の余震でもう家なんかなくなっちゃうかもしれない、と思い、飛び出した時、持っていたのは、ママの指輪2個と、いちばん好きなパパとママの写真、それにサイフ。エレベーターは止まったらこわいから、階段を降りて、外に出たとき、「私の大事なものって、なーんだ、これだけか」と、おかしくなった。
外には、けっこう人が出ていて、不安そうにしていた。
会社の前まで行ったけど、エレベーターに乗るのはこわいし、階段は4階が閉ってて途中で締め出されたらおそろしいから、上がらなかった。
コンビニもどこもあいておらず、唯一あいていたのが、アペティート。
中は暗かったけど、外の椅子とテーブルで朝ご飯を食べた。
明治通りは車がいっぱいで、バスにもぎっしり。
街には、途方にくれたように人がいっぱいいた。
今日の「国際女性の日」記念フォーラム
今日のフォーラム「災害後の復興に向けて」の記事が西日本新聞に載っていた。
「女性の視点を生かしたまちづくり」について、どんなふうな意見がきけるのか、楽しみ。
スリランカ、飯塚、島原と、地域は違っても、きっと、共通点はあるはず。
ネットは便利でコワイ
最近、ドキッとすること。
講演依頼をしてこられる方のほとんどが、この日記をくまなく読んでいらっしゃること。
それと、取材にこられる記者さんも。
オソロシイ…。
そのときそのときの気分で、ほんとに「きままに」書いてるから、とんでもないこと書いてたりする。恥ずかしいというか、なんというか…。
そうよね、私も今日のパネルディスカッションの出演者の方がどんな方か、ネットで検索してみたもんね。
しかし…、今月は、講演がやけに多い。
時差ボケ…
今日の夕方は、国連ハビタットとアミカスとアヴァンティの共催でスマトラ沖津波被害復興報告とパネルディスカッションをする。
タイ帰りで、けっこう、元気ない。
朝からずーっとぼーっとしてる。
いまごろ時差ボケだろうか。
まずいなあ。

村山由香里
(代表取締役/福岡編集長)















