女子高は、その昔、良妻賢母を育てるために作られた。
「両親を敬い、夫に仕え、良い子を育てる」のが女性の模範だったし、時代の価値観がそうだった。
ところが、男女平等社会(建前だけでも)の戦後が進むにつれ、昔の価値観と合わなくなってきた。
女子高や女子大の、創立当初の理念が時代に合わなくなってきて、違う理念をもってこなければいけなくなってきたとき、その変化を認め、理念の方向転換をしないまま学校経営をしているから、いまのような女子高生が出現する派目になってきたのではないだろうか。
時代の価値観にピッタリする、よりよい人間像、よりよい女性像を描ききれていないから、教育がうまくいかなくなっているのではないだろうか。
私の高校時代も、女子クラスはすごかった。
夏、汗だらだらの教室では、スカートの裾を腿の近くまであげて、スカートでパタパタと扇ぎ、男の先生は目のやり場がないと言っていたし、机の横のカバンをかけるフックには、トイレットペーパーの巻きがどんと掛かっていて、くるくるしながら、それを使っていた。
「女子クラスは異人種」という目で、私たちは見ていた。
私が卒業した高校は、江戸時代から続く藩校と女子高が合併してできたので、女子クラスがあったのだが、古き良き時代の女子高の卒業生がその光景を見たら、嘆いただろうな、と思う。でも、生徒たちは、おもしろがっていたけど…。
これが、30年も前の出来事なのだ。
いまの女子高生の「制服であぐら」の源流は、ずっと前、少なくとも30年以上前からあるわけだ。
で、私の出した結論は、
時代の価値観に合わなくなった「女子高」そのものを無くして共学にする。
もしくは、いまの時代にあう女性像をきっちり描いて、男女共同参画社会を生きる女性を育てる「女子高」に、再構築する。
その2つに1つしか、女子高の生きる道はないんじゃないかなあ。

村山由香里
(代表取締役/福岡編集長)メーカーでOLを3年、編集と広告営業を8年経験して34歳で起業。「働く女性を応援するネットワーク型情報誌」をコンセプトに情報誌「アヴァンティ」を出版。誌面やイベントで女性たちの勇気を後押しする企画を展開している。最近では、大学や企業、行政などでの講演も多い。 |
女子高生考~女子高の未来は~
2004-11-16 21:52. [ いろいろ ] 村山
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村山由香里
(代表取締役/福岡編集長)
















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