
佳奈の在籍する編集部は地元福岡では有名なフリーペーパーだ。
このたびリニューアル企画に伴い、怪談を紙面連載することになる。
その連載が始まってしばらくした頃、佳奈は編集部のある異変に気づいた。
「あ、また」
隣の資料室からの派手な音に、佳奈はキーボードを打つ手を止めて立ち上がる。
扉を開けて音のした部屋に入ると、テープなどを入れた備品入れが、ぶちまけられたように棚から落ちていた。
「どうして、こう何度も物が落ちるんだろう?」
ぶつぶつと文句を言いながら、佳奈は散らばった備品を集める。
先日は、バックナバーが雪崩を起こした。
その前は壁にかけてあったカレンダーが外れた。
「あ、佳奈さん、またですか?」
部屋に入ってきたデザイナーの天野さんが片付けてる私を見て、眉をひそめる。
「そう。また……この部屋……」
「あれですよね。あの連載が始まってからじゃないですか?」
「あれって怪談……?」
「そうですよ。心霊番組をやるときはお祓いするっていうけど、何もしてないでしょ。
だから何かあるのかも!」
その声は心配してるというよりは、何かあったら面白そうというくらいに弾んでいた。
「何かあったら困るでしょ」
たしなめるように言うと、天野さんがぺろりと舌を出す。
「今みたいに物が落ちまくるのも困りますよね」
「そうなのよ。でも、掲載された印刷物の電話番号が間違えてたとかよりは、よっぽどまし」
「しっ」
「な、なに?」
「今の聞かれたら、今度はそれをやられますよ」
「何が?」
「幽霊がですよ。きっと嫌がらせがエスカレートします。落とすだけじゃなくて……」
「電話番号を変更するの? パソコン使って? そんなことしてできるなら、夜の校正でもしてもらいたいわ」
「もしかして、幽霊よりも、この編集部が恐いかも……恐れおののいて逃げ出しますよ」
「願ったり叶ったりだわ」
そんな話をしたせいだろうか……。
残業でひとり残ったオフィス。
佳奈はおかしな音を聞く。
がりがりがりがり。
「まさか、ネズミ!?」
この編集部でネズミが出た話は聞いたことがない。けれど、それは齧っている音に似ていた。
――この音、あの部屋からだ。
佳奈は気にしないようにと思ったが、そう思えば思うほど仕事が手に着かない。
仕事が終わらないは、幽霊よりも怖い。
「もうっ!」
何かいるのなら、今からいきますよとでも言うように大きな音を立てて立ち上がった。
そして、ゆっくりと扉に近づく。その頃には怪しい音は止まっていた。
静かに静かに扉を開けて、電気をつけて、佳奈はしゃがみこんだ。
「このあたりからしたような……」
わずかに扉の下には隙間がある。そのフチを触ってみた。
目ではわからないくらいの細いひっかき傷があるような気がする。
もっとよく見ようと顔を横にして覗き込んだとき――。
「ひっ!」
扉の向こう側に佳奈と見つめ合うように覗き込む真っ赤な目。
それにまぶたがない気がして、慌てて立ち上がった。
がりがりがりがり。
またあの音が大きくなりながら這い上ってくる。
――その後はどうやって帰ったのかわからない。
数日後、扉の下に隙間ができないようにDIYされてある。
誰がしたのか聞かなかったけれど、たぶん同じものを見た人がいるのだろうか……。
私がじっと扉を見つめていると、天野さんが耳打ちしてきた。
「爪が……落ちてたんです。血がついて、剥がれたやつ……」
だから封じたらしい。