怪異が続く編集部ではお祓いを決行することになる。
やり方は実際、とても単純だった。
人型に切った白い紙で自分の体を三回撫でる。
それを3人でまわしてやって、近くの川に流してくるというもの。
この編集部からなら、那珂川が妥当だろう。
「ただし、人型を流すまで絶対に振り返っちゃいけないし、声を出してもいけない」
最後に告げられた条件に、佳奈はめまいがしそうだった。
とても簡単そうに見えて、実際は簡単ではないことが明白だ。きっと邪魔されるだろう。
「……やるしかないんですよね」
佳奈の言葉に編集長は苦笑を浮かべて頷く。
「黙って川に流せば終わりでしょ。簡単じゃない」
天野さんが嬉しそうに言った。
「じゃあ、早速始めましょう」
編集長がパンと手を叩いたのを合図に、私たちは動きだす。
三越側からイムズ側へと道路を渡り、中央公園へ。
イルミネーションが街を着飾っている。
まさかその真ん中をお祓いをする一行が、人ごみにまぎれて進んでいるとは誰も思わないだろう。
恋人たちが散在する公園を突き抜けて、洋館の前を通り過ぎれば、もうすぐ冷たい風が吹く川辺だ。
みんなを代表して佳奈が白い人型を持っている。
もちろん川が見えるところまで、誰もしゃべっていない。
誰の心の中にも、あと少しあと少しという思いがあった。自然と急ぎ足になる。
ようやく腕を伸ばせば川へと届く距離の淵まで来た。
ここまで後ろを振り返ることはなかったはずだ。
誰も一言も言葉を発していない。後は人型の紙を流せば、すべてが終わる。
この一連の流れの中でも、耳鳴りのようにあの鼻歌は耳元で常に鳴っていた。
ふと佳奈は、この鼻歌の主は誰だろう……と思い立つ。
今までただの怪異現象と思っていたから、誰の者だなんて考えたことはなかった。
けれど、ここに来て、知っている人の声に思えてきたのだ。
後少しなんだから考えないようにしないとと、佳奈は必死に歩くことに集中する。
そして、いよいよ人型を川に流そうとしたとき、いきなりぐいっと肩を掴まれたのだ。
その細い指先には爪が一つもついていない。
振り返ったときに佳奈の目に飛び込んできたのは、ガリガリに痩せた女の青白い顔。
「……雪原さん……」
インターンを途中で止めた彼女は、とても嬉しそうに声をあげてゲラゲラと笑う。
――こうしてお祓いは失敗に終わった。
その後、霊能者の指導により、何とか編集部は存続している。
とりたくなかったもう一つの方法を選択したのだ。
それは、打ち捨てられた稲荷社を他の会社の屋上へと、こっそり運ぶこと。
同じようにガラクタが積み上げられているようなビルが選ばれ、そこへと移動させた。
それでも災いは残るそうなので、霊能者から時限つきの結界を貼ってもらう。
後二年で引っ越さないと保障はないらしい。
こうして二年の間の約束ごととして、編集部には新たなルールが設けられた。
決して鼻歌を歌わないこと。
それが呪歌となり、移動させたお狐様にこの場所を見つけだされてしまうそうだ。
とりあえず新人が入ったら伝えることが増えた。
「ひとりごとを言わないことと、鼻歌を歌わないこと」
あなたの会社には、おかしなルールがありませんか?
もしかしたら、それは……。