今回の入院・・・はっきり言って・・・もうダメかと思った
何故って 腹水で息が苦しく食事も出来ず
お腹だけがドンドン膨らんで 体は衰えていくばかりで・・・
私の父が肝硬変で亡くなった時
お腹が腹水でパンパンになってから そんなに時を待たずして逝ってしまった事を
幼いながらも鮮明に覚えていたから・・・特にそう思ったんだと思う
抗がん剤治療の為の入院だったが
そんな状態だったので
「まずは腹水の治療をして 体力を少し戻して抗がん剤治療に入りましょう」
と主治医が言ってくれて 内心ほっとした
こんなに辛いのに そこに抗がん剤は無理!って思っていたから
でも 腹水を抜いて抗がん剤の治療が始まるまで
私は真剣にベッドの上で
『・・・やばいかも・・・、年越せるのかな?・・・もうちょっと生きていたい・・・』
などと考えて
自分の身の回りの段取りを急がなければ・・・とか、そんな事はもういいや・・・とか
やたらと自分の死が現実に迫ってきた事に 冷静だったり浮足立ったりしながら
心がざわざわしていた
腹水を抜いてもすぐまた溜まる と聞いたこともあるし・・・
そんな事を繰り返して だんだんこの闘いフェイドアウトしていくのか・・・なんて
悪い方向に心が向いていた
でも先生に「抗がん剤が効けば腹水も減ってくるよ」と言われ
単純な私は希望が持てた
ただシスプラチンはもう嫌だった 辛いし卵巣に転移したがんも大きくなっていたから
次の手はあるのか?
そこで医師からの提案は「TS-1とドセタキセル(タキソテール)」だった
ドセタキセルは以前使ったことのあるパクリタキセル(タキソール)の
親戚みたいな薬だけど
まだ使ったことのない抗がん剤だし 今回はTS-1との合わせ技
それに副作用はシスプラチンよりは軽いらしい
まぁこればっかりは人それぞれなので 私も楽とは言い切れない
だっていつもどの抗がん剤も 人一倍副作用が強く出る私なのだから
それと主治医が「また髪の毛が抜けるよ」と言い辛そうに教えてくれた
そう、私は何よりも前回髪が抜けことにものすごくショックを受けていたから
しかし 人間追い詰められたらそんな事はもうどうでもよかった
確かに髪が抜けるのとはショックだけど
そのかわりに 腹水も溜まらず がんも大人しくなってくれるなら
せっかく生え揃った髪だけど 抜けて結構!!って思った
ということで これからの抗がん剤治療が TS-1とドセタキセルに決まった
とにかく今回のTS-1とドセタキセルの合わせ技が
功を奏してくれる事を祈るばかりだった
ドセタキセルの点滴前に 薬剤師の方から様々な副作用の状況を伺い
心の準備万端で受けた
その日の夜中 手足全体にジンジンとしたしびれがきたり 胸が締め付けられたり
少し不安な症状がでたけど トータルするとシスプラチンより副作用は軽いみたいだった
4日後一旦退院し クリスマス頃に再入院の予定だったが
一週間後の外来での血液検査の結果や腹水も安定しているとのことで
年内の入院はなくなり 来年1月4日に再入院となった
腹水は落ち着いているが
卵巣に転移して11㎝にまで成長しているがんは
先生曰く 赤ちゃんの頭ぐらいになっているらしい
具体的な例を出され 少し驚いた
11㎝と聞いた時は 状態を面で想像していたので ・・・
でも幸いなことに 全く痛みがない
この転移した卵巣の癌は 私の場合手術で取る事は出来ないらしい
なぜなら既に腸や膀胱などに癒着していてるから
よっぽどその癌が出血しだして 輸血しても貧血が止まらない場合など
どうしてもという場合を除いては・・・とのこと
納得。。。
今回 入院時出血も続いていた私は 入院中に婦人科の検診も受けることになり
久々の婦人科検診は やっぱり恥ずかしかった
この話は また次の機会に書くことにします
ということで 抗がん剤が功を奏し 間違いなく年を越せるという自信が持てた私は
退院後 免許の更新に行き 年賀状を書き
例のごとく家族が集まって誕生日のお祝いをしてくれ
それも 大阪の大好きなケーキ屋さんに無理にお願いして
バースデイケーキを取り寄せてくれるというサプライズ付きで
そして先日は すき焼き忘年会
元気になった途端に 忙しく手帳にスケジュールを埋めていく・・・
しかし また無理して腹水が溜まったりしたら元も子もないので
必ず1日動いたら翌日は休むという 隔日スケジュールにしている
来年11月には丸5年を迎える 迎えられるかどうか・・・態勢は不利な状況
しかし もともとスタート時点から 年単位なんて考えられなかったんだから・・・
闘いは厳しさを増しているけど
負けるわけにはいかない
☆いっこ☆