今村 嘉太郎(いまむらよしたろう)さん
能楽師 観世流シテ方
福岡市生まれ。能楽師の祖父・今村誠氏、父・今村嘉伸氏(ともに重要無形文化財保持者)に師事、2歳半で初舞台を踏む。2003年東京藝術大学卒業後、大阪の大西智久氏の内弟子に。2010年独立、2011年独立披露能。大濠公園能楽堂を中心に舞台に出演の他、能の稽古や能を広める活動も精力的に行う。12月23日に行われるクリスマス能では「舎利」の主役を舞う。この公演に先立ち、12月8日・16日には見所などを説明する能講座を開催。
詳細はhttp://yoshitarou.com
今村さんへ3つの質問
Q.この仕事に向いている人は?
A.「好きこそものの上手なれ」で能が好きであることが第一。歴史に興味があれば、より楽しめるかも。
Q.あなたのバイブルは?
A.夢枕獏さんの『神々の山嶺』。僕は登山が好きで、自然の中で昔の生活や人に思いを馳せたりします。
Q.あなたのメンターは?
A.特にいません。能は100%役になり切らず、どこか自分の風(ふう)を出す。己の道があると考えています。
能楽は、知的でオシャレな伝統芸能。気軽に楽しむ “能ガール” を福岡から増やしたい。
祖父と父は重要無形文化財保持者。代々続く能楽師の家に生まれ、福岡を拠点に活躍する今村嘉太郎さん。能舞台を模した立派な稽古場を訪ねると、凛とした着物姿で迎えてくれた。
子どものときから能に魅せられて
2歳半の初舞台を皮切りに、35歳にして芸歴かつ職歴は33年。「小さな頃はご褒美につられ、100円持って駄菓子屋へ行くのがうれしくて。稽古も舞台も楽しいなあと思っていました」と穏やかな笑顔で話す。将来の道を迷うことなく、東京藝術大学で能楽を専攻。卒業後は、大阪の大西智久氏に8年間弟子入りした。能楽堂に住み込み、早朝の掃除から師匠の下着の準備までしながら芸を磨く日々。修業生活は自由がなく、やめてしまう人も多いとか。だが、今村さんは「平気でした」とあっけらかん。
「覚悟できていたので。でも振り返ると、少し病んでいたかも。本来はキレイ好きなのに、その期間は整理整頓に無頓着だった」と打ち明ける。独立するには毎年の試験に5回パスしなければならない。能楽界の錚々たる30人ほどが並ぶ前で、ひとり謡と舞を披露。極度の緊張感が張りつめ、酷評されたこともあると苦笑いする。
試練を乗り越え30歳で独立、福岡へ戻った。「独立はうれしい反面、不安と戸惑いも。自分で稼ぎ生活していかなければなりませんから」。
能をもっと身近に感じてほしい
700年ほど前に誕生した能楽。今なお継承される演劇としては世界最古とされる。だが、公演数も能楽師も減る一方で、福岡の若手は30代3人のみという厳しい現状がある。そんな中、この春に独立5周年で大作「道成寺」に挑んだ。「チラシ作りからお金の管理まですべて自分でしたのは初めて。本当に大変で勉強になり、やればできるという自信もつきました」。これが転機となり「能は封鎖的な世界で、一般の人には敷居が高く難解と思われがち。能をもっと身近に感じてもらう活動をしようと決意しました」。
今年10月、能について語るイベント「能のカタチ」を開催。30人定員の会場には主に30~40代の女性が集まった。「能は知的でお洒落な伝統芸能。動きや道具などの無駄を極限までそぎ落とし、見る者の想像力をかきたてるエンタテインメントです。確かに簡単に理解できるものではありませんが、だからこそ面白い。ぜひ一緒に学んで、心地よい非日常の世界を味わってほしい」。
能への思いを語るとき、今村さんの表情はより一層いきいきと輝き、熱がこもる。大好きな能を多くの人に知ってほしい―そのシンプルな情熱が今村さんを突き動かしている。「能の未来のためなんて言うと大げさだけど、日本の美学を昇華した能を次世代へ継承していくことが僕の使命。知的好奇心が旺盛な女性が多い福岡から “能ガール” を増やしたい」。長い歴史を刻んできた能の魅力を伝えるべく、今村さんは軽やかに様々な挑戦を続けるだろう。