先月号で、アメリカの子育て環境について少し触れた。子どもを預ける保育費は非常に高く、例えばロサンゼルスエリアでは1カ月平均1192ドル(約12万円)(※1)。おりしも息子を出産したばかりの義理の娘(アメリカ人)は「うちのエリアは1カ月1600ドル(約17万円)よ」と驚愕の金額をさらりと言いつつ、職場復帰もすぐにする予定と言う。お金は働くことで取り戻せるが、キャリアの空洞を取り戻すのは難しい、そんな考えが根底にある。
アメリカにおいて、子持ちの共働き夫婦を支えている最大の „功労者〝 は「フレックスタイム制」だ。現在、企業のフレックスタイム制導入率は80%(日本は49%)(※2)で、子どもの送迎時間に合わせて働けるのはもちろん、用事がある日は時間をずらすこともできる。これだけで親のストレスはぐっと軽減される。アジアの中でもシンガポールが80%、中国が74%という高い導入率を誇り、この2国は出産後の母親の就業率が高い。
そのフレックスタイム制を実現させているのが、「定時退社」である。アメリカではサービス残業は「時間泥棒=犯罪」と見なされる。一昨年、私の友人が勤める会社でもサービス残業訴訟が起こり、訴訟に全く携わっていない彼女にもかなりの賠償金が配られた。訴訟を避けるため、大抵の企業は「サービス残業をさせないマネージメント」にも力を注いでいる。
このように法律に守られていなくとも、キリスト教徒の多いアメリカでは家庭を大切にすることが美徳である。アメリカ人男性と結婚した日本人女性がまず驚くのは、「夫がまっすぐ帰ってくる」ことであり、上司との „飲みニケーション〝 にも出掛けず、逆に心配になるほど。このような時間的余裕から、アメリカにおける「6歳未満の子どもがいる夫」の1日の家事・育児時間はたっぷり193分である(日本では67分)(※3)。
また、「家事の合理化」も重要な要素だ。日本のように毎日掃除機をかけるアメリカ人家庭を、私はいまだ見たことがない。食料品は巨大なカートでたっぷり買って冷凍保存。洗濯は乾燥機を使用し、食後は食器乾燥機に任せて、ゆったりとくつろぐ。
最後にもう一つの大きな鍵は「息抜き」だ。先述の娘夫婦は出産2カ月目から月に1回のデート日を設け、子どもを預けてバーなどに出掛けている。アメリカには「親という自覚がないのか」というような、人の家庭のルールを非難する人がいない(虐待などの場合は逆に厳しい)のもありがたい。
総体的に見たとき、アメリカと日本の違いはフレキシビリティーにあるように思える。好きな時間に働いていい、手抜きしていい、息抜きを楽しんでいい! 「こうあらねば」という硬い枠を柔らかくしたとき、日本でも子育てと仕事の両立がもっと楽しくなるのではないだろうか。
※1 www.kidsdata.orgより。ロサンゼルス、サンフランシスコともに0歳~2歳ぐらいまでの保育の場合。
※2 レガス http://press.regus.com/singapore/flexible-working-is-the-norm-and-no-longer-the-exception
※3 厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/15/backdata/01-01-04-006.html
猪股るー
元アヴァンティ副編集長(1999年まで)。ロサンゼルスの広告代理店「Ru-Communications LLC」取締役。「アメリカに刺さるマーケティング」をキャッチコピーに、全米展開戦略プランニング他、英語によるウェブサイトや広告制作などを行っている。著書に『愛する日本の孫たちへ』(桜の花出版)、韓国で出版された語学テキスト『チョルムン イルボノロ マルハジャ(今どきの日本語で話そう)』(サラミン出版)などがある。