今日から編集部には大学からのインターンさんが入ることになった。
佳奈は彼女の教育係になって、社内を案内し終わったところだ。
緊張にまだ頬を強張らせている彼女……雪原さんに、佳奈は最後の注意事項を伝える。
「それから、これは……守って欲しいことだけど……とても大事なことだから、よく聞いて。
絶対に、ひとりごとを言わないでね」
佳奈の言葉に、雪原さんが目をぱちぱちとさせた。
「……努力します」
「結構、言う方?」
「ひとり暮らししているうちに、だんだん……」
「うーん。気をつけて欲しいの。できるだけ、というか……絶対に」
念押しする佳奈に雪原さんは考えるように視線をさまよわせる。
「それは他の人の編集の邪魔になるからですよね」
「……どちらかと言うと、ひとりのときほど気をつけて欲しいかな」
毎度新しく入った人に、これを言うのは苦痛だった。
大体、こんな風におかしな顔をされるのだ。
けれど、これも社内ルールなので徹底させなければいけない。
「最初は溜息だと思うから、それに反応しないでね。エスカレートするから」
「もしかして、幽霊ですか?」
「さあ……よくわからない。死んだ子なんていないし……」
説明に困っていると雪原さんはフォローするように微笑んだ。
「同じ話を知ってます。実家が八女の奥なんですけど、廃校になる学校で女の人の溜息が聞こえるって」
「へー。似た話があるのね。まあ、そういうことだから」
優しい子だ。だから、よけい心配だ。
インターンの子はとても頑張りやで、ひとり残って仕事をすることも多かった。
だから、少し心配してたのだが、それが現実のものとなる。
最初は物が移動していた。
次に勝手にテキストのファイルができていたりする。
中身は意味不明の文字の羅列。文字化けしてるのかと思った。
朝来て、資料が適当にホッチキスされてるのを見て、ようやく気づく。
「雪原さん、ひとりごとを言ったでしょ」
別室に呼びだした彼女を追求すると泣きそうな顔をされた。
「ひとりごとじゃありません。声が聞こえるから、答えていたんです。つい寂しくて……」
「それがひとりごとなのよ。答えるとエスカレートするって言ったでしょ」
佳奈は首を振って続けた。
「返事すればするほど、あれは実体化するから姿が見えないうちにしゃべらないようにして」
聞けば、すでに淡く白っぽいもやまでにはなっていた。
その後、雪原さんがひとりになるのを避け、口をとざし続けたおかげで、気配は薄くなる。
雪原さん自身も仕事に慣れて、寂しさもまぎれてきたのかもしれない。
あれは……人の寂しさを食べて濃くなるもの……。