納富 輝子(のうとみ てるこ)さん
有限会社一柳(パティスリー イチリュウ)取締役
Profile/1953年生まれ。大手企業でOLとして勤務後、24歳で結婚。『一柳』で経理など事務全般を担当。26歳で第一子出産を経験。平成2年に夫が社長に就任後、取締役営業部長として創業96年の歴史ある会社の経営中枢で敏腕をふるう。福岡県中小企業家同友会でも役員を務めるなど多方面で活躍。
時代の変化の潮流を感じとり、脱皮する。
創業96 年。約一世紀も続く企業には、必ずやその理由がある。『有限会社一柳』は、福岡の老舗菓子店。飴屋として創業した「まちのお菓子屋さん」は、今やフランスに会社を持ち、県内外に9店舗を運営する、福岡の製菓業界をリードする企業。その『一柳』で、長年経営の中枢に携わるのが、取締役の納富輝子さんだ。
嫁ぎ先は、老舗菓子店
24歳の彼女が嫁いだのは、代々続く老舗菓子店。それはまさに「おしん」の世界だった。「義理の母がとてもきちんとした人でしたから、掃除はもちろん、仕事も家事も細部まで徹底的に教わりました。その時は大変だったけど、夢中で。今思うと、身を以て教えていただいたお陰で今日の私があると本当に感謝しています」。
時代は、高度成長期まっただ中。OLの経験があったものの、携帯電話はもちろん、電卓さえ普及していない時代。そろばんをはじいては、伝票をカーボン紙で写して記入していく。集金も一件ずつ回って集め、食事は職人たちと一緒に食べる…。そんな家族的企業の中で仕事に家庭に奮闘していた。
「ある時、義理の父が、実は外で私のことを褒めていたと耳にしたんです。すごく嬉しくって、自分自身のことは後にしてがんばりましたね。それは義父の作戦だったのかもしれないですけど」と笑う。
出産を経て、仕事も子育ても落ち着いてきた頃、同居していた義両親が体調を崩し、相次いで他界。夫の社長就任とともに、自身も取締役営業部長として、名実ともに社員を引っ張っていく立場になった。
「守・破・離」でアレンジ
見守る義父と厳しい義母に教えられたこと、それは「社員は家族、部下は子ども、会社は家族みんなの幸せのためにある」という経営理念。「お菓子づくりは素材を活かす、会社作りは人材を活かすこと。これが創業の精神なんです」と語る彼女は、各地の勉強会へ参加し、経営や教育について数多く学び努力を重ねた。基本を身につけることで、自分流にアレンジが可能となる「守・破・離」の精神を活かし、社員教育にも力を注いでいる。
「お菓子がいくらおいしくても、サービスまで伴っていないとお客様に満足と感動は味わっていただけません。現場で起こる事象に、自分たちで判断し、お客様のためになるような行動のできる人材になってもらうべく教育プログラムも作りました」。現在約160名、平均年齢27、8 歳の社員を抱える『一柳』では、月に一度は皆が集まり社内勉強会を開催し、コーチング勉強会なども社員が自主的に行っている。「幹部育てがとても大切だと思っています。昔のトップダウン、現在よく言われるボトムアップだけでも足りない。一番大切なのは、幹部クラスのミドルダウン・ミドルアップだと思います」。
変化はチャンス
約百年続く企業の秘訣、それは「変化の潮流を感じ取る」ことにある。「今、とても調子がいいなと思っても、そのよい状態はその時だけ。すべては絶えず変化しています。問題が起こったら、それは何を言わんとしているのか、俯瞰した視点を持つようにしています」と納富さん。問題を課題に変え、向き合わなければ常に起こっている変化に対応できないという。「変化の兆しを読み取ることはとてもおもしろいこと。それがチャンスであり、脱皮するきっかけになるから」。
まっすぐな眼差しで語る彼女の明確なビジョン。これが老舗を受け継ぎ、重責を担ってきた納富さんの確かな歩みだ。