楠元 珠代さん
『JR九州ドラッグイレブン株式会社』取締役常務執行役員
1976年宮崎県出身。東京の大学を卒業後、九州旅客鉄道株式会社に入社。佐賀駅勤務を皮切りに人事、サービス、駅設備、経営企画などの業務に従事。仕事の傍ら、九州大学ビジネス・スクールに通いMBAを取得。2013年10月から2年間休職し、JICAボランティア・青年海外協力隊としてエチオピアで活動。復職後、本社を経て、2016年4月現職。
やりたいならまず動く!30代でMBAを取得、休職してエチオピアへ
JR九州のグループ会社として、九州・沖縄地域でドラッグストア203店舗を展開する『ドラッグイレブン』。この4月、39歳で取締役に抜擢された楠元珠代さんは、とても気さくで明るくチャーミングだ。
社内外で様々な経験を積む
JR九州に就職したのは「自分のやりたいことが定まらず、多様な事業をしている会社がいいと思って。当時はすごい赤字経営でしたが、JR九州をなんとかしようとする熱い先輩方の話を聞き、私もその無謀な挑戦の仲間になりたい、やるべきことがあると勝手に使命感を感じたんです」。
佐賀駅でのきっぷ切りから人事部を経て、5年目でサービス戦略の部署に。根強く残っていた社員の “国鉄風土” を変えるプロジェクトに取り組んだ。「『新・感・動・作戦』と銘打ち、お客様に感謝する気持ちを社員に浸透させるため社内マニュアルを一新。サービスに関する覆面調査を行い、駅ごとにランキングをつけるなど徹底していました」。その後は駅の設備担当として、九州の工事現場を飛び回った。
30代前半は経営企画部へ。この時、ドラッグイレブンの担当になり「管理側にいるのが歯がゆくて。経営陣の話を聞くだけでなく、自分が現場で動きたいと思っていました」。そんな中、経営を学ぶべく九州大学ビジネス・スクールに入学。昼は仕事、夜と週末は大学で、早朝や昼休みも授業の課題と格闘した。
「印象深かったのは起業家の話。それまで別世界の人と思っていたけど、意外に自分と違わないと気付きました」。ここで「MBAの知識だけでなく、ハードな2年間をやり切った自信と仲間を得ました」と胸を張る。
さらに「成長するマーケットを見てみたい」と、37歳で青年海外協力隊のエチオピア派遣に応募。会社に相談すると、2年間の休職を認めてくれた。楠元さんのミッションはエチオピアの貧困女性が作った布製品の製造・販売を支援すること。
「現地は中国企業の進出が著しく、私も欧米人でさえもよく中国人に間違えられました(笑)。最初は同僚の女性たちに警戒され、現地語でのコミュニケーションも上手くできず辛かった。けれど必死に言葉を覚え、一歩ずつ関係を築きました」。商品を整理して店舗を改善し、路上バザーなども行い、膨大な在庫を完売。さらにオーダーメイドも提案して、充実感の中で帰国した。
新しいことに果敢に挑む
今年4月、取締役に就任した。ドラッグイレブンと聞いて小さくガッツポーズしたそう。「取締役というポジションには驚きましたが、健康と美は万人の永遠のテーマ。エチオピアでコーラを買うお金がない女性でも化粧品は工面していたから」。
競争が激化する業界で「健康と美容の専門店として、お客様の想いに応える商品とサービスを展開し、新しい業態やマーケットにも挑戦したい」と情熱的に語る。
「好きなようにさせてもらった」と会社に感謝する一方、「辞めようと思ったことは日常茶飯事で…でも次の日には続けようと思える。2・3年で異動し、いつも面白い仕事をぶら下げてもらえて幸運でした」と振り返る。
「やりたいことがあれば、動いて反応をみる。ダメなら引くのもありだし、その時々の自分の心に従う」のが楠元さんのスタイル。「これからも変化を楽しみながら新しいビジネスを生み出したい」。