いよいよまずいとなって、編集部でお祓いをしてもらうことにした。
むしろ今まで何故しなかったかと思うが、これを平常時バイアスと言うのだろう。
お呼びしたのは久留米の方では有名な霊媒師の先生だ。
ところが――。
「来られないそうよ」
編集長が眉を寄せて続ける。
「だから私が代表して話を聞いてきたけど……。屋上に何かあるみたい……」
屋上の言葉に、ひそひそと編集スタッフが顔を見合わせてざわめきだした。
もう何年も屋上は閉鎖されているのだ。
編集部がこのビルに越してきたときから、扉には鍵がかけられている。
管理会社は転落の危険があるからとだけ言っていた。
「鍵は管理会社からもらいうけてきたから、後は私と一緒に上へ確かめにいってくれる人を」
ためらいがちに編集長がみんなの顔を見渡す。
誰もが指名されないようにと下を向いていた。
「ごめんなさい。もう指定を受けてるの」
吐息混じりの編集長の言葉に、佳奈は固唾を飲んで理由を聞く。
「ここに来たことがないのに、どうやって指定するんですか?」
「鼻歌が……聞こえた人を選べって言われたのよ」
鼻歌は数日前から、編集部内の数人に起きている怪異だ。
ん~という声のこもった感じの歌を、誰もいない部屋で耳にする。
それが話題になっていた矢先のことだ。
結局、佳奈、デザイナーの天野さん、編集長の3人で屋上へと向かうことになる。
古びて長く開けられることのなかった屋上への扉は悲鳴のような声をあげて動いた。
転落防止の柵がない屋上には、いくつか棚や机、椅子などの古い事務用品が雨ざらしで放置されている。
「気味が悪いですよね」
天野さんが震えた声で言うと、その声をさらうように強い風が3人に吹きつけた。
耳の傍で、ゴーッと風が唸るように鳴る。
それにまぎれて聞こえてきたのは、あのくぐもった鼻歌だ。
「今……」
佳奈が聞こえたと言おうとしたが、みんなの顔色を見て止める。
尋ねなくても皆に聞こえているとわかった。
「行きましょう。何かあるはずなのよ」
そう言った編集長に続いて歩いた佳奈たちが数分後に見つけたのは……。
「これって、お稲荷さんの社ですよね」
天野さんはそう言ったっきり絶句する。
「どうして、こんなところに打ち捨てられているのよ」
目に入ってきた光景の寒々しさに佳奈も呟きながら、肌が粟立った。
机や棚が横倒しに積まれた一角に、まるで事務用品の仲間とでも言うように真っ赤な屋根の小ぶりな社が横倒しになっている。
「原因は……これね……」
編集長が大きく肩から息を吐く。
みんなも無言でそれに答えた。
打ち捨てられた稲荷の社は神様の引っ越しに失敗した残骸だったらしい。
神様を新しい社に移したつもりでも、引っ越しを担当した能力者に力がなければ移らない。
そうなると、社にいたままのお狐様が自分を見捨てたと怒りをためるのだ。
そこへ稲荷社の怪談を連載したので、矛先がこちらに向いたのだろうと言うこと。
「それじゃあ、稲荷社を建てなおせばいいんですか?」
部屋に戻った佳奈が編集長に問うと、虚しく首を振られる。
「手遅れ……だそうよ。だからお祓いをしないと……」
「でも、当の本人はこれないんですよね」
久留米から来るはずだった霊能者は怯えて来ないのだ。
神様にまつわるものは、命を取られかねないらしい。
「そうよ。だから、私たちでやるしかないわ。やり方は教わったから。とても簡単よ」
わざと明るい声で言われても、とても信じられるものではない。
それでもやるしかないのだ。今の佳奈たちには他に方法がない。